5話 『何も見えない未来への運命』。。
5話 『何も見えない未来への運命』。。
里楽は相変わらずアルバイトと週末はライブハウス通いをしていた。
だが、里楽にとって合格点を与えられるバンドはいなかった。
しいていえば、アキラのバンド『クラウド』だけだった。
しかしそれでも満足いくバンドではない。
里楽は店長と同じシフトの時は、なるべく近寄らないようにしていた。どうしてもトラッシュライドの事を聞いてしまいそうだったからだ。
一緒のシフトの日、店長はDVDやCDの入荷があり店頭に並べる準備をしていた。
そこに先輩の亜希子が里楽に話しかける。少し焦りながら。
「あ、やばい!私が入荷の当番だ。ごめんだけど里楽ちゃん店長の所に行って手伝ってあげて!」
亜希子は、新しく入会になった会員情報をパソコンに入力していて、入荷の仕事まで手が回らなかった。
「え?あ、はい…」
里楽は多少驚きながらも、入荷作業をしている店長の所に向かった。
「あー、あの…亜希子ちゃんの代わりに入荷をやれと…」
里楽は少し遠慮気味に話す。
店長は、
「おー助かるわ。」
とだけ言った。少し微笑んだようにも見えた。
入荷してきたCDやDVDを段ボールから出す店長。
あまり会話がなかったまま一緒に作業をする二人。
里楽は気まずくなり作業をしながら店長に話しかけた。
「店長っていくつなんですか?」
店長は入荷の作業の手を緩める事なく答える。
「ん?俺に興味あるのか?」
思いもがけない答えに里楽は余計と気まずくなった。
「私、おじさんには興味ないので。」
里楽は男性から言い寄られるのは慣れっこだった為適当にあしらう。店長は少し微笑みながら、
「お前は面白い奴だな。」と答えた後に、
「35歳だよ。」
と答えた。
『35歳か…』
里楽は心の中で呟いた後、
『そうなると、トラッシュライドを解散したのは3年前とか聞いたから32歳でバンドを引退したのか…』
と思った。
「天谷って歌が好きなのか?」
!!
里楽は驚いたがチャンスだと思った。
「はい!ボーカリスト志望なんで!」
履歴書に書いてあるのを見たのだろう。店長は里楽の答えを聞いた後こう言った。
「きっと上手いんだろうな。」
里楽はまた驚いた。何でそう思ったのか。
「え?何でですか?」
「ん?まあ知らんけど、話す声がはってるからな。」
はってる?里楽は意味が分からなかったが、聞くなら今だと思った。
………。
『何を聞こう…』
んーと、、んーーと、、
里楽は一生懸命考える。
すると店長から話してきた。
「ボーカル志望ならバンド組んでるのか?」
里楽は心の中で叫んだ。
『おーーー!ラッキー!』
「いえいえ、中々私のお目にかかるバンドはいなくて。ライブハウスに通ってメンバー探してるけど、いいと思えたバンドは一つぐらいでしたね。」
店長は作業の手を休む事もなく里楽の話しを聞いている。
里楽は畳み掛ける。
「そのいいと思ったバンドの名前は、、んーーと、確か、、、
クラウドってバンド名でしたね。」
里楽はアキラのバンド名を出した。
店長とアキラは知り合いだ。当然アキラのバンド名も知っている。
どんな反応するか…。里楽はドキドキしていた。
「クラウド?雲か。変な名前だな。」
あれ?
意外と反応が薄い。
『もしかしてアキラ君のバンド名を忘れたのかしら?』
里楽は話題を何とかバンドの話のまま引っ張りたかった。
すると、また店長から質問が来る。
「天谷はどんな音楽が好きなんだ?」
おーーー!
『それは普通の質問だ。ボーカルやってるって聞いたらジャンルは普通に聞く。…』
『普通?』
少し疑問に思う。
『本当にこの人、トラッシュライドの人かしら?』
多少疑問に思いながら里楽は答える。
「まあ私は洋楽、邦楽、ロック、ポップス何でも聴きますよ。アイドルの曲とかも。ボーカルですから。」
里楽は自信満々に答えた。間髪入れずに逆に質問をする。
「店長はどんな音楽が好きなんですか?」
上出来な質問だ。と里楽は思った。
「ん?音楽は聴かないなー。」
!!!
里楽は驚いた。
『本当にトラッシュライドのケンヤ?』
答えに迷っている里楽だったが、店長は事務員から電話が入ったと呼ばれて事務所に戻る。
里楽はトイレに走った。更衣室のロッカーから携帯を持って。
トイレに入るとアキラにメールをした。
〜ねえ、トラッシュライドのケンヤって、アキラ君のバンド名知らないの?〜
すぐに返事があった。
〜そんな訳ないよ。だってケンヤ君が付けてくれたんだから。クラウドって〜
!!
不思議がるアキラのメールに、里楽は自分がアルバイトをしている店長がトラッシュライドのケンヤかもしれない事をメールした。そして、
〜そっか…じゃあやっぱり隠してるだ。バンドやってたの…。〜
とメールを打つ里楽。
〜ちょっとその店長さんの写真、写メ撮って送ってみ?〜
!!
アキラからの思いもがけないメールが来た。
よし!
里楽はトイレから出て事務所に戻った。
更衣室は事務所の中にある。
店長はまだ電話をしていた。他は誰もいない。
チャンス!
座って電話をしている店長の斜め後ろから素早く写真を撮った!
すぐにアキラにメールをする。
〜おー間違いない。トラッシュライドのケンヤ君だよ!〜
アキラからのメールで里楽は安堵した。
『そっか…やっぱり本物…』
するとアキラからメールがまた来た。
〜リラちゃん、悪いんだけどケンヤ君の左手の指先を見てくれないかな、、まだギターを弾いているのか、、ギタリストは指先がカチカチになって指紋がなくなるぐらいになっているからさ。〜
里楽はびっくりした。
〜どんなハードル高いミッション!?〜
とメールをした。
アキラは出来ればでいいよ。と笑顔の絵文字付きで返事をくれた。
里楽は思った。
『やっぱり過去を隠したいんだ。忘れたいのか…そんな私が色々聞いたり…したら迷惑かなやっぱり…本当はアドバイスとかして欲しかったけど…』
何せ田舎出身の里楽だ。バンドを組む方法も知らない。もっというと曲作りや練習の仕方、事務所への所属の道…何も知らない。そこにこんな近くにインディーズ界では有名だった人がいる。里楽は正直嬉しくて仕方なかった。
だが…。
里楽はもう色々詮索するのは辞めようかと思った。
しかし、ここでミラクルが起こる!
遅番のシフトの大学生の男子が、早目に事務所に入ってきた。
その大学生の肩にはギターが入ったソフトケースが!
里楽は、
「あっ!ギターだ!」
と叫ぶ。
少し驚く大学生。
見せて欲しいと頼む里楽。
店長は電話を終わっていた。
「お、エレキか!どんなん買ったんだ?」
店長も興味があるのか近くに来た。
大学生は照れ臭そうにソフトケースからギターを取り出す。
何か弾いてとせがむ里楽。
じゃあ…と言って照れ臭そうに大学生は弾こうとする。
が…。
「チューナーがないからチューニングができないや。」
と大学生。
そこで店長が、
「どれどれ貸してみ?」
と言いながら大学生からギターを取り上げる。
!!!
チューナーなしでパッパとチューニングをする店長。
その姿を見て里楽は驚きながらも感動していた。
??
感動…。?
そう。なぜか感動していた。
きっと里楽はこの時、
『何も見えない未来への運命』を感じ取っていたのだろう。
そう思えて仕方がなかった。
試し弾きをする店長。
カッティング、速弾き、どれもが里楽の見たことのないレベルだった。
大学生の男子も尊敬の眼差しでギターを弾いている店長を見ていた。
店長は弾き終わると、
「アイバニーズか。中々弾きやすいな。頑張れよ。」
とギターを大学生に渡して店内に行こうとして席を立った。
ドアを開けて店内に行く廊下で、里楽は店長の歩く後ろ姿を追いかけた。
そしてこう叫んだ。
「店長!」
後ろから声がした店長は振り向いて立ち止まる。
里楽は質問をした。
「店長って、トラッシュライドのケンヤさんですよね!?」
『何も見えない未来への運命』が動き出そうとしていた。