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56.秘境の建物_シロちゃん



 この日、僕たちは流れ星になった。



 ……どれだけ世界が広くても、生身で突風になったり流星になった人間は僕ぐらいじゃないかな……。

 それぐらい、帰りのロウサンくんもすごかった。


『夜は魔獣の動きが活発になるからね。危ないから急いで帰るよ。しっかり掴まってて欲しい』


 出発前にそう言ってたから、あの速さはロウサンくんの優しさなんだ……文句なんて言えない。

 少しは慣れてきたけど、どうしてもまだ恐怖心がある僕とは違って、キナコくんは「ジェットコースターみたいでちょっと楽しいですよね」って平気そうにしてた。アズキくんも似たようなこと言って興奮してたなぁ。僕もいつかは楽しめる日が来る……よね、きっと……。


 マディワ湖村を出た時にはもう陽が完全に沈んでたから、お師様の家の庭は真っ暗だ。ロウサンくんの背中にまたがったまま建物まで進んでると、中からアズキくんたちが「おかえり!!」って言って迎えに出てきてくれた。ただ今帰ったよー、みんなも何事も無かったかな? 大丈夫そうだね、良かった。


 建物の中に入ると、だだっ広い部屋全体が柔らかい光りで明るくなってた。壁の上部や天井一面にある草と花型の飾りが全部が光ってる。うそ、あれ広灯具だったんだ、変わってるなー。綺麗だけど、こんな広い範囲の広灯具を灯すのにどれだけの幻果ゲンカを消費するんだろうとか考えて、他人事なのにソワソワする……。無駄に灯りを点けっぱしにしてると、教会の職員さんに「幻果がもったいないだろう!」って、すぐに怒られたからね。

 あ、でもこの建物の幻動家具は、幻果じゃなくて神虹珠で動かしてるのかも。


 アズキくんが「ちょお待て」と言って地面に置いてあった四角い板を前足で押した。するとピロンッピロンッと聞いたことのない不思議な音がして、フワーッとした変化で僕たちの回りだけ広灯具の光が更に明るくなった。……え、何が起きたの?

 ぽかんとしてる僕の周りをアズキくんがグルグル走り回ってる。


「なあなあ、どやった? 怪我は無さそうやな。結局なんやったんや? おっ? もしかして虫カゴに入っとるソレか? なんやこれ、まっ黒くろす──」

「アズキくん、それ以上はいけません」


 僕の足をよじ登って、手に持ってたカゴの中の【真っ黒でフサフサした物体二つ】に遠慮無しに触ろうとしたアズキくんをキナコくんが止めた。危ないからね、ちょっと待ってね。


 っていうか、()()()()()説明すればいいのかな。


 うーん……と悩みつつ、とりあえず手に持っていた黒フサ二つが入っている“木の檻”を地面に置いて、そのまま床に座る。サッと、父熊さんが熊毛の入ったカゴを差し出してくれた。ありがとうございます、じゃこの上に檻を……え? これ僕が座る用ですか? すみません、ありがとうございます。わー、やっぱり快適ですね、寝そう……。


 まだ寝るわけにはいかない。おでこをぺちぺち叩いてると、母熊さんがロウサンくんの抜け毛入りのカゴを持ってきてくれた。あ、これちょうど良いですね。快適だけど元気も出てきました。ありがとうございます。せっかくなので父熊さんが渡してくれたカゴの上には、改めて木の檻を置く。


「えーとね、この真っ黒フサフサ二匹は、帰る時に村の外で会って、神浄水が欲しくて暴れた子たちっていうか……。多分幻獣、だと思う。生きてる生き物だよ」


 生きてる生き物って変な言い方になっちゃったな、なんて笑ったのは僕だけで、留守番組だったみんなが一斉に殺気を出した。

 警戒はして欲しいけど殺気は減らしてねー。なんか僕、“殺気”に慣れてきた気がするな……。


「今は寝てるから大丈夫だよ。でも起きるとまた暴れるかもしれないから、触るのはもう少し後にしてね」


 顔をめちゃくちゃ近付けて中を覗き込んでるアズキくんと子熊三兄弟、君たちに言ってるんだよ。

 ハイ、じゃ次ー。胸ポケットの中にシロちゃんが……あ、珠状態になってる。手のひらの上に乗せると、ころんと転がった。


「この黒フサに会ったのは偶然だと思うんだ。神様の指示があったのは花びらの動き的に、こっちの白い珠のほうだと思う。今は小石みたいになってるけど、この子も生き物で、実際は小さいトカゲちゃんなんだ」


 どう考えても絶対に“トカゲ”じゃないんだけどね……。でも他になんて言えばいいのか分からないから、とりあえず。


 アズキくんが今度は僕の手のひらの上にギリギリまで顔を近付けて、「トカゲには見えんなー。コイツどうやったらトカゲになるんや? なんか棒ないかな」って、棒でつつくのはやめようか。後で精神的ダメージ食らうのはアズキくんな気がする。


「シロちゃん、着いたよ。起きられるかな?」


 シュルリと珠がほどけて顔が出てきた。『ふぁあああ。うむむむぅ』とアクビをしてから、僕の指先に顔を擦り付けてくる。これは、僕の指で顔を拭いてるね……?


「この子なんだけど。コテンくん、種族……分かるかな?」


 カッとコテンくんが目を見開いた。耳の大きい子犬か子狐のようなコテンくんの顔が、驚愕! って感じで引きつってる。尻尾も耳もピーン! と立ってるし、口も開いちゃってるよ。前足がちょっと浮いてるのは、体が仰け反ってるからだね。


 ……そんなに? そんなになのか?


 みんなに食い入るように見つめられてるシロちゃんは、暢気に僕の指を『あぐんぐ……んむぅー』なんて言いながら甘噛みしてる。君、僕の指で歯を磨いてるね……?


「……ッ、セッ、イ、セ? えっ? は?」


 コテンくんが言葉を忘れた。

 アズキくんは手を伸ばした姿勢で固まったまま動かなくなった。キラキラさんは床に落ちた。

 父熊さんと、何があってもおっとりしてるはずの母熊さんまでもが、落ち着きなくウロウロと動き回り始めた。

 子熊くんたちだけが『ちっちゃい!』『マズそう』『うねうねちてる……』って無邪気な感想言ってて可愛い。癒し。


 やっぱり黒フサより、シロちゃんの事を先に説明したほうが良さそうだなー。


 マディワ湖村で花びらの案内について行ったら冒険者パーティーがいたこと。その人たちから幻獣の声が聞こえて、情報収集しようと跡をつけたら、食堂が満席で一緒に食事をすることになったこと。そして、これをただの白い珠だと思っていた冒険者パーティーから、子熊くんたちにもらった木の実三個と交換して譲り受けてきたことなんかを、キナコくんにアシストされながら説明した。


「……すごいな。ツッコミ所しか無いやんけ」

「だいぶ端折ってコレですからね……」


 アズキくんとキナコくんが揃って、手でアゴの下をぐいっと拭いてるけど、君たち顔に汗かかないでしょ。なんだっけ、イタチじゃなくてコツメカワウソだっけ。それはモデルにした動物の名前? へー。正確にはハジンノタチね、うん。


「何から……どこから……どうして……」


 コテンくんは未だに衝撃から復帰できてない。

 どこからどうしてって言えば、僕もまだシロちゃんがどういう経緯いきさつで冒険者パーティーの所に居たのか聞いてないんだよな。どうせならみんなと一緒に聞こうと思ってたから。


「シロちゃんは、どうしてあそこに居たのか、分かるかな?」

『シロはですね、もっと寒くて地面が白いところで生まれたですっ。でもそこに居ても神気がどんどん少なくなってくからって、大きくなるまで違うところにいなさいって、(ぬし)様に尻尾でべいん! って飛ばされたです』

「ぬし様……」


 どちら様なのか知らないけど、なんて乱暴な。


『主様はものすごく大きいさんなのです。だからシロは雲の向こうまでべいーんって飛びましたです』

「えええ……、怪我はしなかった?」

『シロはとってもがんじょうなので大丈夫なのです。それにシロはお空を飛べるのです! でもお空ですることなんて何もないです。おヒマだったので、雲の中で雷にぶつかって遊んでたら、打ちどころが悪くて地面に落ちちゃったです』

「ええええええ、怪我は?」

『シロはとってもとってもがんじょうなのです。でもさすがに痛かったです。しかも落ちたとこに神気が全然無くて、実はシロ、ちょっと泣いちゃったです……』

「痛かったし、怖かったよね。可哀想に」


 シロちゃんの頭……は、小さくて角があるから、首から背中にかけて指先でなでなでする。きゅるるるっとご機嫌に鳴いて、僕の手のひらに巻きついてきた。よしよし、大変だったね。


『あふぅん、おにいさんのなでなでサイコーですぅ。あの魔獣混じりに握られた時とは正反対なのです』

「魔獣混じりって言うと、あの……」


 冒険者パーティーのリーダーさんの左手が真っ黒で、魔瘴気っぽかった、アレの事かな?


『さっきまでシロを握ってたヤツです、サイアクだったのです。気持ち悪くて死ぬかと思ったです!』

「死ぬーって叫んでたね……」

『はい、ほんとに死にそうだったので、閉じこもって死んだフリしてたです。そしたら神浄水の気配がしたので、少なくなってた力を振り絞って叫んだです!』

「ちゃんと聞こえたよ、頑張ったね、偉かったよシロちゃん」


 シロちゃんはきゅるるるん!と嬉しそうな声をあげて、僕の手のひらに更に巻き付いてきた。おおう、締まる締まる、ストップ。


 ちょーっと離すよーって事で、シロちゃんの首のあたりを掴んで、巻き付いてるのとは逆方向にクルクル回す。


 直後、コテンくんと親熊さん、キラキラさんから、ヒッ……! っていう悲鳴が聞こえた。え、そんなに力入れてないし、シロちゃんは楽しそうにしてるから大丈夫だと思うんだけど。

 みんなにはきゅるきゅるって鳴き声でしか聞こえてないから分かりにくいのかな。僕にはキャッキャッと子供の笑い声のように聞こえてるんだよね。……と思ったけど、みんなが悲鳴を上げた理由は別だったらしい。


「セイっ、くん! その、その子……はマズイな……その御方は、その、神様、の可能性がある、かなぁ?」

「……えっ」


 びっくりして咄嗟にシロちゃんをぽいっとみんなのほうへ放り投げてしまった。

 誰も受け止めてくれなくて、シロちゃんは床に背中からぼとりと落下。


「────ッ!!!」


 あ、みんなの時が止まった……。 


『きゃーう! うふふ、おにいさん、今の楽しかったですっ、もう一回っ』


 おおお、良かったー、この子本当に頑丈なんだ。


 でももう一回やったりなんかしたら、みんなが倒れてしまうからね。やめとこうねー。


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