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54.【ナギ視点 4】_冒険者パーティー白翼のリーダー


 席の向かい側で、ちまちまとした食べ方をしている少年を眺めながら、真剣に考える。


 「俺が奢るから遠慮せずにどんどん食べなさい、肉を食べなさい」、ここまでは良かったはずだ。何故かうちの二人が驚いていたが。

 次に、「ところで君の名前と所在教会名は?」と聞こうとした直前でキリィに邪魔をされた。気配で「隊長は黙ってろっつっといたでしょうが!」と怒りの感情を伝えてきたが、ならお前が早く聞け。


 それからずっとキリィが少年と会話しているのに、肝心の個人情報については何一つ聞き出せていない。お前は何をしている。


 苛立ってきたが、奴が探りを入れていたのは一応知っている。しかし……。「どこから来たんスか?」と尋ねられ、少年が困ったような顔をした。その一度であっさり退いて、以降は俺たちが今日ここへ来た理由を一方的にしゃべっているというのは、どういう心算なんだ。お前は一度の拒絶で挫けるような奴じゃないだろう。俺たちのことなど心底どうでもいい、さっさとその子の名前と所在教会名と職業を聞き出せ。


 打ち合わせの時にキリィから「隊長は交渉事がド下手クソなんで絶対に黙っててください」と真っ直ぐな瞳で実質命令をされた。そんな事は無いだろうと反論はしたが「言い寄られるばっかで自分から女一人まともに口説いた事ねぇ口下手は黙ってろっつってんですよ」と凄まれた。

 勢いに押されその時は了承したが、このままでは俺も黙ってなどいられん。

 神気の視えないお前には分からんから、余裕ぶっていられるんだろうが……。


 こんなにも豊潤な神気を持った存在など、ここで逃せば二度と出会えんぞ!!


 少年が俺の顔を見て、ビクッと肩を震わせた。いかん、眉間に力を入れ過ぎていたか。


 仕方がない。甘い物でも食べて気持ちを落ち着かせよう。

 ──む、これ美味いな。王春モモカのクリームケーキ、なるほど。王春モモカはこちらの特産品だったか。アリスにもこの果物を食わせてやりたい。


 ……アリスは今どうしているだろうか。


 長く飛ぶ事の出来なくなったアリスを今回のような山奥への遠征に連れて行くわけにもいかず、信頼できる知人とその護衛に、くれぐれも、くれぐれも! アリスのことを頼む、契約幻獣の足輪はしてあるし、東地方へ来てから俺たちとアリスにちょっかいをかければどうなるかを徹底した制裁を加える事で周知させてきたが、それでも馬鹿な奴というのはどこにでもいる、どうかアリスを守ってくれ、出来るだけ早く帰ってくるが心配だ、どうかアリスを──!! と頼みに頼みに頼んで預け、最後はアリスに早く出ろとばかりにクチバシで突かれて出発したのだが、まさかここまで長引くとは思っていなかった。

 寂しく留守番をしているアリスのことを思うと、内臓が引き絞られるように痛む。


 視線を感じて顔を上げると、少年が俺とケーキを交互に見ていた。

 食べ足りないが遠慮をして言い出せない、といったところか? よし、太れ。メニューを見ていた時の目線の動きで推測した、少年が迷い諦めたほうのケーキをさっさと注文する。……お前たちは何にいちいち驚いてるんだ。この子に不審に思われるだろうが、ちゃんとやれ。


 追加のケーキを食べ終えた頃、突然、少年の挙動が不審になった。こちらとの会話でおかしな所は無かったように思うが。

 ……何かに意識を向けている? 口が微かに動いた。何かと会話……【思念話】か? 姿は見えんが、誰かいるのか。


 やはり、こんな少年が一人のわけがない、か。


 とうとう「ちょっと!」などと不自然に声を上げ、堅かったガードが崩れ始めた少年に、ここが攻め時とばかりキリィが「酒を飲め」だのなんだと絡み出した。だが、そういうやり方はやめろ、困っているだろうが可哀想に。

 庇うつもりでキリィの名を呼んで止めたにも関わらず、怯えて固まったのは少年の方だった。何故だ? 今のは俺への好感度が上がる場面じゃないのか。何故下がった? おかしくないか?


 このままではいけない。なんとか好感度を上げなければ……、そうだ、ケーキを食べなさい。子供は甘い物が好きだろう。

 そう思い勧めたが、何故か俺よりジュースを勧めたヴァンのほうへと少年は懐いていった。……何故だ!?


 というかだな、いつまで“少年”なんだ。未だに名前すら聞き出せていないとはどういうことだ。俺は随分と我慢したぞ、もう我慢ならん!


「君、あー、いつまでも“君”では呼びにくいな。差し支えなければ……君の名前と職業、所在する教会名を教えていただきたい」


 下手したてに出て聞いたつもりだったが、少年は怯えた表情で硬直した。待て。

 待て待て、おかしい。何がいけなかった? ……しまった、名乗り忘れていた。それか! 慌てて続けた。


「ああ、すまない、こちらから先に名乗るべきだった。俺はナギという。職業は冒険者で【白翼】というパーティーのリーダーをしている。では君の名前と職業、籍と所在教会名を嘘偽り無く速やかに答えなさい」


 少年はますます固まった。引きつった表情に「何言ってんのこの人」と書いてある。待て待て待て、何がいけない、何故だ、待て。

 挽回しなければと焦る俺の事を笑いながら、気配では「隊長は黙ってろ」と指示を寄越し、キリィが少年を独占するかのような姿勢で話しかけた。

 貴様……、そもそもお前がグズグズしているのがいけないんだろうが! しかも少年に向かって「名前を言いたくなかったら言わなくてもいい」だと!? お前の頭にはおが屑が詰まってるのか、ふざけるな!


 頭に血が上りかけたが、息を吐いて落ち着かせる。緊張度の高い時ほど冷静に、だ。護衛騎士と冒険者を何年やってきたと思っている。それが出来なければとっくに死んでいた。そもそも、ここまで焦る必要がどこにある。落ち着け。落ち着け。──……よし。


 短い時間で冷静になった意識を表へ戻すと、キリィが神虹珠を知っているかなどと尋ね、シロコウジュがどうのと聞いたことのない名前を少年が答えていたところだった。


 それはともかく、少年がポケットから出した木の実──あれから、神気が視える。

 見せてもらえないかと要求したところ、向こうからも俺が持っていた例の白い玉を貸して欲しいと言われた。神気が完全に消失した玉だ、いくらでも見るといい。


 預かった木の実はヴァンに持たせた。鑑定の意味もあるし、俺が左手で触ればせっかくの神気が減ってしまう。

 横からよくよく観察してみたが、木の実自体から神気が出ているわけでは無さそうだな。殻の周りから浄化の色……聖浄水で洗った……? まさか、何の為に。


 俺はもしやこの木の実の神気に反応していたのか? と考えたが、今も少年の身体全体から同じ量の神気が流れ続けている。


 やはり少年との繋がりは、何を犠牲にしてでも得なければならない。


 この木の実は良いキッカケになる、これを譲って欲しいと交渉することで、少年の個人情報を何がなんでも手に入れる──!!


「君、この木の実を譲ってもらえないか。譲ってもらえるまで何度でも頼みに行くから名前と所在教会名を教えて欲しい」


 意気込んで少年のことを聞き出そうと努力している俺を、キリィが気配で訴えても効果が無いと判断したのか、足で蹴るという物理で邪魔してきた。お前が尋ねないからだろうが! むっ、セイ君が逃げる態勢になっている、何故だ。


 俺と奴とでどう違いがあるというのか、キリィの謎の話術により、……名前はようやく聞けたか、よし!

 好感度を上げようと「セイ君というのか、良い名だ」と言おうとしたが、そんな事まで足で蹴って邪魔をしてきた。今のはさすがに痛かったぞ。ヴァンも同情的な目で見るくらいなら奴を止めろ。


 水面下での俺たちの攻防に気が付いているのかいないのか、セイ君は渡した白い玉に夢中なようだった。そして必死な様子で「譲って欲しい」と頼んできた。


 この瞬間の俺の心の動きが、自分の事だというのに、よく分からない。



 ──この方の望みならば、全て叶えて差し上げたい。



 咄嗟に強く思ったのは、それだ。……そんな風に思った理由が分からない。こんな普通の子供に、一度食事をしただけで特に何があったわけでもない相手に、俺が忠誠心を持つわけが……無い、はずだ。


 やや戸惑いながらも気持ちを切り替える。

 正体不明だが神気も無ければ害も無い──ギルドの鑑定を信じるならば──白い玉の一つや二つ、代わりにこの子の連絡先が手に入るならば安いものだと思い、了承した。キリィが一瞬渋るような素振りを見せたものの、明確に反対してこなかったので渡すことにする。だが、勿論そのままというわけにはいかない、この浄化の神気を放つ木の実はアリスに是非渡したい。交換を申し出れば、あっさりと成立。


 では本題。……さあ契約だ、君の【籍証】を見せてもらおうか。


 俺のこの目論見をまたしてもキリィが妨害した。「だからッ、隊長ォ!」と歯をむき出してきたが、だから! と言いたいのは俺のほうだ。しかも勝手に契約の話しをまとめやがった。


 ……頭の冷静な部分では、キリィに任せるべきだと分かってはいる。俺が何か言う度にセイ君に怯えられたからな……。

 だが、どうしても焦ってしまう。この細い糸のような繋がりを決して絶ってはいけないのだと。


 神気が視える者になら、俺の気持ちを理解してもらえるだろうに。……いや、大神官共に見つかるほうがまずいんだが。まあ通常、神気が視えるような人間は特権意識の塊だ、王都本部から出てくるわけがない。大丈夫だろう。


 ため息を吐きたいのを我慢する。キリィに目をやると軽く目線で頷いてきた。強めの【印】を付けられたのなら、今は良しとするしかないな。

 セイ君のほうも俺たちと繋がりを持とうとするような気配があった。ならば連絡はして来るだろう。確信はない故、出来るだけ情報が欲しくて足掻いたもののこれ以上は無理だと、さすがに俺にも分かる。


 名残惜しいが一旦お別れだ。挨拶の為にセイ君に近付き握手を求めた。


 ぎこちない動きで手を握り返してきたセイ君を微笑ましく……。

 ────なんだこれは。



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