53.【ナギ視点 3】_冒険者パーティー白翼のリーダー
僥倖に恵まれる、という言葉があるが、今日セイ君と知り合えたことは、まさにそれだ。
いや、足りないかも知れない。もっと幸運であることを、強く、深く、重く、魂からの叫び的な言葉で表現できないものか……。
つい先程まで──マディワ湖村の冒険者ギルドを出たその時まで、失望で心が折れ、目の前が真っ暗になるとはこの事か、という気持ちでいた。それが嘘のように晴れている。セイ君は俺の心の暗闇へと差し込んだ、まさに希望の光と言っていいだろう。
◇ ◇ ◇
俺たちの冒険者としての仕事は基本的には、依頼に出ている植物や鉱石の採取、その途中で遭遇した魔獣の討伐と納品になる。
しかし俺の真の目的は、“神気を帯びた物の入手”だ。
神気を内包した物に触れると、魔瘴気で侵された左腕の痛みがマシになる。ということは、アリスの左足にも有効に違いない。俺は鎮痛薬を飲めばいいが、アリスに人間の薬を飲ませるのは怖いからな、神気の強い物を渡し続けたい。
それに、神気のより強い物を探していけば、いずれは魔瘴気を浄化できるような物もみつかる可能性がある。それらが理由だ。
キリィやヴァンもアリスの為に頑張ってくれている面もあるが、それとは別に、神気の気配があるところには幻獣もいることが多い、というのがあるだろう。ついでに魔獣も多い。幻獣を捕獲など出来るものでは無いが、魔獣を倒し助けることは出来る。
且つ、稀にだが幻獣の羽などの落し物を拾うこともある。二人はそれらも目的だ。ちなみに拾った物は売れば高値が付くはずだが、そのまま二人の宝物として大事に保管されている。
そうして俺たちは魔獣の蔓延る山へと日々入っているわけだが、神気を帯びたものなど、そう簡単に見つかるものでは無い。更に漸く見つかったとて、触れているとどれも神気がどんどん減っていき、長持ちしない。アリスの事を思えば早め多めに用意しておきたいが、空振りも多く、焦りと疲労が募っていた。
そんな中、今回ようやく神気の非常に強い“白い玉”を見つけた。小さいくせに、鮮やかで眩しいくらいの神気を放つ玉。
拾って手に持てば痛いくらいだった。……なんて事だ、これではアリスには渡せない。
だが、もしこれが【神虹珠】だったら──?
貴重ではあるものの昔はそれなりの数があったと言われているが、今では全くみつからない【神気の塊】。
教会本部最奥で、神気が抜け透明になった殻だけが保管されているという。だから、“神気が強く小さい珠”であるとしか俺たちは知らない。伝説の神珠だ。
もしかすると、これがそうなのではないか? ヴァンの鑑定でも“植物、鉱石、どちらでも無い”という謎の結果になった玉だ、期待するなというほうが無理があるだろう。
もしこれが神虹珠ならば、アリスに直接使えなくても、教会相手に神浄水と交換するよう交渉できるかもしれない、と。
だがマディワ湖村の冒険者ギルドの鑑定は「正体不明ではあるものの神虹珠では無い」という微妙な判定に終わった。
しかも、玉を発見した時は暴力的なまでの強さで放っていた神気まで綺麗さっぱり消えていて、左手で握っても何も感じられなくなっていた。
一体何なんだ……と、それまでの苦労もあり正直泣きたいくらいだった。山へ入る度、魔獣との戦闘ばかりが上手くなっていく。魔獣の素材は金にはなるが、俺が求めているのは神気だ。
それに、ガズルサッドの知人に預けてきたアリスのことが心配で。心配で、心配で心配で仕方がないというのに、道が倒木で塞がれているせいで帰れない。そんな状況だったので、俺は顔面に相当力を入れて歩いていた。
セイ君と出会えたのは、そんなひどい精神状態の時だった。
宿屋へと向かう道の端に、しゃがんでいる少年の姿が見えた。この時は、随分と猫に懐かれているな、羨ましい限りだ、ぐらいにしか思わなかった。しかし、ここで僅かでも意識を向けていなければ、彼の真価に気付かずに通り過ぎてしまっていただろう。今から思えば恐ろしいことだ。
俺は彼との出会いからの出来事を、また頭の中で再現し始めた──。
◇ ◇ ◇
──村の少年から、うっすら神気の気配がする……?
最初に感じたのは不審だった。
道端で猫を撫でている田舎の少年。こんな、見るからに普通の子供が何故神気を帯びた物を持っている? 知らずに持っているのか?
神気が視えるのは俺の特殊能力だ。
ほぼ全ての人間は、神気を視ることも、感じ取ることも出来ない。
ならばこの子も自覚のないまま持っている可能性はある。だとするとこの近辺に、知られていないだけで神気のする何かがあるのか……?
思考は一瞬だった。前を歩くキリィの背中へと視線を投げてから、少年へとその視線を流す。それだけでキリィは気配を察して目も向けずに少年に向かって指を微かに動かし【印】を付けた。ふざけた性格になってしまったが、仕事は相変わらず出来る男だ。
宿屋に入ると通常ならまずは部屋へ行くが、少年を目で追う為に食堂へ。そして窓から外を窺う。
二人に、あの子供から微かだが神気の気配がしたと言えば、すぐさま打ち合わせを始めた。
キリィが、あの少年は食堂へ来る可能性が高いという。「俺たちに“ただの好奇心”以上の強い意識を向けてきてたッスからね、追いかけてくるんじゃねぇかな」だそうだ。この男が言うのなら、そうなんだろう。
俺はそれで納得したが、根は真面目なキリィは状況的根拠も並べていった。気配で探っておいたが、少年の持っていた大きな荷物のほうに未開封の食べ物が沢山入っていた、教会住みなら必要の無い物だからおそらくは旅をする仕事のはず。陽が沈むこのタイミングで食料を買った理由は理解できないが、日没後に村唯一の宿屋であるここへ入ってくることはほぼ間違いない、所持している食料も運搬用だから食堂へも来るだろう、だそうだ。ということは、あの小ささで成人しているのか……。
なんにせよ、少年が来るならば隣りの席を空けておきたい。他の客が座りかける度に殺気を飛ばして追い払う。
二人が、とりあえず名前と所在教会名、職業は押さえたいところだが、小柄で大人しそうな少年相手に自分たちなような体格の良い冒険者複数で近付いても怯えさせるだけだ、今日は挨拶程度にして顔を繋ぐことを目標にしたほうが良い、などと悠長なことを言っている。
「連れがいるかもしれねぇし、慎重にいくべきッスね。いざとなりゃー少年の身元が分からなくても【印】で跡をつけて回ればそのうち神気の元へは行けるッスから、ガツガツいくより警戒されないよう気をつける方向でいきましょう」
少年の跡を無断でつけて行き、本来なら秘匿しておくべき神気の場を暴くのか……。
「そのやり方は、誠意が無いのではないか?」
俺の言葉を聞いてキリィが目をむいた。「隊長、何言ってんスか? んなの今更っしょ……」と、困惑している。
──確かにそうだな。俺たちは幻獣に対しては最大限配慮するが、山賊だの他の冒険者だの相手だと褒められたことでは無い行為をそれなりにしてきた。ヴァンも幻獣と動物相手でなければ、“ただの優しい男”などでは決して無い。
俺自身何故、少年に知られたら嫌われるのではないか、などという恐れに似た感情を抱いたのか分からん。
そのまま打ち合わせを続け──途中、少年がどこかへ離れて行くのを見て、慌てて追いかけようとしキリィに止められ説教されるというアクシデントはあったものの──無事に食堂の隣のテーブルに少年を誘導することができた。満席ありがとう。
謎のままの白い玉を手で遊びながら、気配で隣の少年のことを探る。
見た目はどこまでも普通の、のほほんとした雰囲気の素朴な少年だ。……本当に成人してるのか? 教会育ちならどうしてそこまで細い? 肉や甘い物を食べさせて少し太らせたい。普段接しているのが暑苦しい筋肉バカばかりのせいか、不安になる細さだ。
ふと、少年の意識もこちらへ一瞬向いた。すぐに逸れたが……なんだ? もしかしてこの白い玉が気になったのか?
分からんが良い機会でもある。このまま少年を観察することにする。キリィが足で俺の足を突ついてくる。なんだ、邪魔だ。
それにしても視れば視るほどこの少年の神気は──異常だ。
俺は体内に魔瘴気が入ってしまってから一年か二年ほどした頃、神気がぼんやりとした光りとして視えるようになった。
実は、この能力が教会にバレるとまずい。本部の大神官以上でなければ視えないはずのものだからだ。
スキルチェックの仕様が、各能力名が詳細に提示されるものだったなら、俺はとっくに王都へ拉致監禁され、神官になる為の修行を強要されていただろう。そんな事は断固拒否する、アリスを“ただの素材”としか見ていない奴らの所へなど、誰が行くものか。
それはさておき、初期の頃はぼんやりとした光りだったが、数年間毎日この【神気認識】の能力を鍛えてきたおかげで、今では色や香り、雰囲気なども感じ取れるようになっている。勿論、光りの流れ方や範囲もだ。
この能力で改めて視た少年の神気だが、まず、範囲の広さがおかしい。
神気を帯びた物を持っているなら荷物か服のポケットからしか出ないはずだ、なのに少年全体から清浄な神気を感じる。なんだこれは?
まるで、聖浄水を全身に浴びてきたばかり、のような──。
……馬鹿な。聖浄水がいくらすると思っている。コップ一杯で一万イェンだぞ。俺たち三人が食事と酒を散々飲み食いしたのとほぼ同じ金でたったのコップ一杯分、だ。全身に被るなど昔の王族でもない限り無理だ。
範囲もおかしいが、流れもおかしい。
神気の視え方は今の俺には二種類。神気を帯びた物なら、その周囲を光りで照らしているかのようで、動きはほぼ無い。そしてもう一つは、“幻獣が力を使う時”及び、“その力の跡筋”だ。
そしてどちらも所謂、残滓、でしかない。
この子の神気の流れ方は、どちらとも違う。
新しい神気が流出し続けているように視える。だがそんな筈はない。なんなんだ、これは。
これじゃまるで……まるで?
……この子自身から、神気が作り出されている……?
──は、と息が漏れた。馬鹿馬鹿しくて笑うこともできない。人間が神気を作り出すことは不可能だ。
人が新鮮な空気を体から出せないのと同じだ。神気を内包している物や生き物は多数存在するが、新たに作り出せるのは神樹のみとされている。
……正確には歴史上ただ一人だけ存在したと、王都の騎士訓練校時代の座学で習ったが、内容は所詮昔話の作り話しだ。やはり有り得ない。
それでは、これは一体なんだ? と初めに戻ってしまう。
じっと観察していると、少年が不意にこちらを見た。目が合った。しかし怯えたようにすぐ顔を背けられてしまった。俺はそんなに怖そうな外見をしているんだろうか……。
密かにショックを受けていると、入り口に新しい客の姿……親子か。珍しいといえば珍しい。子供は全て教会が育てるとはいっても、両親が他地方への異動を命じられた場合、十歳未満の実子は連れて行っていい事になっている。結局は行った先の教会に入れるわけだが、全く会えなくなるのは嫌だという親はそれなりにいる。勿論連れて行かなくても良いし、兄弟中一人だけを、ということもある。村の人口調整で子供の方が異動のメインの場合もある。マディワ湖村への異動ならここの教会へ行く筈だから、他村への移動の途中だろう。
ふむ、満席だな。ちょうど良い。
「少年、君が良ければ俺たちと相席しよう。移ってきなさい」
少年の顔が、上官に呼び出された新兵のような表情になった。……だから、俺はそんなに怖い顔をしているのか? 俺のほうこそ泣きそうなんだが。
ところでキリィ、何故俺の足を思い切り踏んだ?
キリィの心の声「隊長! 言い方ァッ……!!」
※ イェン=円 みたいなものですが貨幣の単位が単一というだけで、日本とは物価が違う為、1万イェンが1万円相当というわけではありません(作中国は食べ物が安くて陶器がめちゃくちゃ高い、とかそういう違いがありまして……)




