52.【ナギ視点 2】_冒険者パーティー白翼のリーダー
幻獣の可能性を示唆しただけで、二人の顔付きが変わった。
「さすがにそれは……、絶対にねぇとは言えねぇッスけど、しかし……。いや、やっぱりおかしい。もし幻獣だったら教会に十年以上住んでてバレない筈がない。でももしも……」
キリィは無表情になった後、一度笑おうとしてやめ、途中からブツブツ呟きながら考え込み始めた。
「人型になれる幻獣……神獣というべきか、我が国では竜人族だけのはず。他国では神仕となり修行を重ねて人型になれる幻獣もいると聞いた事があるが、いずれにせよ彼らには幻獣としての外見的な特徴が残されたままであり、髪や瞳の色も異質で、人型になっても一目で違う種族だと判断できるはず。セイ君は外見的には人間にしか見えなかった。しかし隊長がそう思う何かがあった、ということであるからして……」
ヴァンは目を見開いて一点を見つめ、早口で思考を全て口に出してしまっている。
今までも真面目にやってはいたんだろうが、真剣さが違う。それも当然の事だろう。
何故ならば彼らは……いや、俺たちは、幻獣を愛し、幻獣を守る為に、冒険者として活動を続けているのだから──。
◇ ◇ ◇ ◇
俺には相棒がいる。
鷹型の中位幻獣【ドウキメハクゲン鳥】で、名前はアリス。昔の言葉で“白色”という意味だ。俺が名付けた。
教会住みの未成年の時に、偶然森で拾った雛鳥がまさかの幻獣だった。本来なら教会で個人的に動物を飼う事は許されていないが、相手は幻獣で、自覚のないまま契約を済ませてしまっていたので特別に許可された。
それからはずっと一緒で、俺が【守る為にあらゆるものと剣で戦う】スキルでフォーライソー教中央教会本部巡回視察団の護衛騎士になった後も相棒として共に旅をし、共に戦ってきた。
しかし五年ほど前、俺とアリスは本来の任務外の要請を受け山へ入った際に、魔獣と戦闘になり怪我を負った。
怪我自体は軽かったものの、傷口から魔瘴気が体内に入ったせいで俺は左腕が、アリスは左足の動きが悪くなった。
俺は護衛騎士から首都の警備隊への異動を命じられた。降格だったが、元々なりたくてなった騎士でもない、それは構わなかった。
だが教会の奴らはアリスの目の前で「飛べない鳥は長くは保たないでしょう、貴重な幻獣ですからそのまま教会へ献上しなさい」などと、クソふざけた寝言をほざき腐りやがったのだ。
当然拒否した。
アリスは動きが鈍くなっただけで完全に飛べなくなった訳じゃない。それどころか、王都の教会本部最奥で管理している【神浄水】を分けてもらえれば治る可能性があると訴えた。
しかし、一週間かけて小さな水瓶一つ分しか溜まらない貴重かつ希少かつ高価な神浄水を、入団五年未満の小隊隊長ごときであった俺と、人と契約済みの中位幻獣に分け与えてもらえるわけもなく。物別れに終わった。
悔しかったが、アリスを強引に奪われなかっただけ良かったんだと、自分に言い聞かせた。ひと昔前ならば、ただの一騎士が本部の命令を拒否する事など認められなかっただろうが、今はそこまで教会の横暴は許されていない。俺の職業についてもそうだ。
教会が信用出来ず、「警備隊は断る、いっそ籍落ちする」と言えば、ならばと冒険者を指定された。
その後しばらく監視がついていたが一年ほどで無くなった。奴らが考えるよりも、アリスが長生きしていたからだろう。
◇ ◇ ◇
キリィは当時俺が隊長をしていた小隊で副隊長をしていた男だ。年齢は一つ下。
俺が、冒険者になる事になった、と報告した直後「では私も冒険者になります」と言い切った愚か者だ。なります、じゃないだろうと呆れた。職業は自分で決められるものじゃない。
希望の職業に就く為に神官を買収する者がいるから基本的にスキルチェックは公衆の面前で行われるし、出来る事を出来ない、出来ない事を出来ると虚偽申告する者がいるから、【真偽チェッカー】で常時発言を見られている。不正防止対策は他にも幾つもなされている……にも関わらず、その次のスキルチェック後に奴は「私も冒険者になることになりました。これからもよろしくお願い致します」と挨拶に来た。一体何をしたんだ、あいつは……。
そこまでして付いて来たがった理由は俺では無い。アリスだ。
俺の相棒なのだからアリスも当然退団する。キリィはアリスと一緒に居たいが為に、上級職の騎士を即座に辞める決意したのだ。
俺に言われるのは心外かもしれないが、奴の幻獣愛は異常だ。
飲み会をすれば毎回、一晩で最低三十回は「私はいつか幻獣を家族に迎えるのが夢で」と語っていた。他隊との合同練習後の飲み会中に、「幻獣なら“飼う”だろうが、なんだ家族って」と嘲笑し絡んできたどこぞの隊の酔っぱらいの顔面を、警告無し躊躇い無しに裏拳でぶっ叩いて鼻の骨を折った事もあった。気持ちは分かるが、やり過ぎだ。俺が後日そこの隊長の所まで謝りに行った。
幻獣が絡むと異常者だったが、他は真面目過ぎるほど真面目で、言動も堅苦しい男……のはずだった。髪は清潔に短く整えられ、団服は少しも崩さすキッチリ着こなし、常に背筋が伸びていた。だというのに、どうしてこうなった。
転職前の準備期間に入るなり「冒険者としての業務を滞りなく遂行する為、しばらく研究して参ります」と不思議な事を言って失踪し、次に会った時には髪はボサボサ、だらしなく服を着崩して姿勢も猫背、それで口を開けば「久しぶりッス隊長、いつ出発するんスか? さっさと中央から離れた方が良いんじゃねぇッスかね」と、下町のチンピラかと思うような喋り方になっていた。魔魂憑きになったのかと内心恐怖した。そこまでしなくてもいいんじゃないか……? と言いかけたが、どう見ても手遅れだったから黙っていた。
無理をしているのでは無いかと心配していたが、人をからかって楽しそうにしているところをみると、実はこっちの方が素の性格なのかもしれん。アリスに対して赤ちゃん言葉になるのは今も昔も変わらないが。
◇ ◇ ◇
ヴァンはキリィとは違った方向で、幻獣愛の重い男だ。
俺の三歳下で、南地方の冒険者ギルドで偶然出会った。ヴァンは、俺より数年早くから冒険者ギルドに入っていたものの、何度もパーティーをクビになり、ずっと“見習い”を卒業できていない状態だった。
俺たちが初めて会ったのは、ちょうどお前なんぞクビだなんだとギルドで大騒ぎしていた時だった。見習いをクビになり、次に拾ってもらえるパーティーも見つからず、ギルドの片隅の椅子に腰かけ大きな体を丸めてうなだれていたヴァンに、キリィが声を掛けたのがきっかけだ。
すぐにクビになる理由は簡単だ。“戦えない”のだ、この男は。恵まれた体格と優れた反射神経をしているから、能力がないわけじゃない。気持ちの問題だ。事実、魔獣や人を襲う野生動物が相手なら、なんとか戦うことが出来ている。
しかし、冒険者という仕事は“善行”ばかりではない。
例えば、【スイバリオオネズミの討伐または捕獲】という、ギルドの掲示板に常時提示されている依頼内容がある。オオネズミとは言っても両手サイズ、温和な性格。元の毛並みは薄灰色だが染色しやすく、色を入れると鮮やかに輝く。なので装飾品の素材として毛皮が求められる。逆に言えば毛皮にしか用が無い。
危険が少なく、新人を連れて行くのに最適な依頼だが、ヴァンはそれをこなすことが、どうしても出来なかった。
食べる為でも、生活に必要なものでも無く、ただの“装飾”の為に何十匹も乱獲し、しかも狩り方が荒ければすぐに傷が付く為、これじゃあ毛皮が使い物にならないと言われあっさりと半分近くがゴミとして捨てられる。動物好きのヴァンには耐えられない残酷な所業だが、指導の冒険者からすれば「ネズミ相手に可哀想ってバカか。頭おかしいんじゃねぇのか」となり、クビ、だ。
他にも、村まで襲ってくる害獣の駆除の手伝いはできるが、森の中にあるただ美味いだけの蜜を採るために、蜜を集めたオオビ鳥を殺すことが出来ない、など様々。
俺やキリィにのように見習い期間中の──俺たちは騎士の称号を取得していた為、通常より期間そのものも短く、あらゆる面で優遇されてはいたが──心情的に抵抗のある指導依頼を上手く躱すことの出来ない不器用な男だ、真面目に失敗し続けていた。
そして、俺たちが出会った時にクビになっていた理由は、見習い指導パーティーの冒険者たちに怪我を負わせたから、だ。戦うことが苦手なヴァンが何故そんな事をしたのかというと……。
幻獣というのは、山や森を探し回っても早々見つかるものじゃない。それが、なんの奇跡か他の依頼で森の中に入っている時に、鳥型の幻獣【シマワタリドリ】を見かけたそうだ。普通ならただの野生動物と見分けなどつかないものだが、幻獣に詳しい冒険者がいた事が──ヴァンにとっては──災いした。
一斉に攻撃を始めたのだ。
捕獲を狙って逃げられるよりは、一部でも……いっそ羽の一枚でも確実に持ち帰りたいということだったらしい。
ヴァンはそれを妨害し、確実に冒険者たちを止める為に一人をどつき倒し、次の一人を担ぎ上げて放り投げ、最後に、残った三人まとめてあの巨体で押し潰したそうだ。森の中で。軽傷で済むよう調整はしたらしいが、やり過ぎだ。
それを聞いたキリィが「めっちゃ分かるッス!」と言って、握手を求め、ヴァンとガッシリ手を組み合わせていた。分かってしまったのか……。「良い仕事したッスね!」とまで言っていた。ヴァン、そこは照れるところじゃない。
ここまでくれば後の流れは決まったようなものだ。握手してしまっている。
実際、彼は俺たちの作ったばかりのパーティー【白翼】のメンバーとして理想的だった。うちの入会第一条件、“幻獣を愛し、幻獣を慈しみ、幻獣を何よりも優先すること”をこの上無くクリアしていた。
なんと言ってもヴァンは、“幻獣の観察研究と保護に、一生涯を捧げる”と神に誓った男だ。
能力面でも、他では役立たずと言われていたヴァンの【植物鑑定】が、採取活動メインの俺たちには非常に有用だった。
今日び必要な薬草類は専門の施設で栽培されていることもあって、採取依頼は討伐依頼のついでに見つけたら一応やる、その程度の扱いにしてる冒険者パーティーが殆どだ。
それで見過ごされてきたヴァンの能力が、俺たちと出会った事により輝きに輝いて、本人も研鑽を重ね、恐ろしい精度にまで成長した。まだ伸び続けている。触っただけで、見た事も聞いた事も無い植物の名前や植生が分かるようになった。それ、首都の研究塔の奴らに見つかれば即拉致されるぞ。【鉱石鑑定】まで出来るようになった。それは既に別の能力じゃないのか?
キリィにしろヴァンにしろ、根が真面目な人間というのは程度を知らない。
キリィが幻獣を近くで愛でたいタイプなのに対し、ヴァンは色々な種類の幻獣を見たい、だが遠くで良い、とにかく健やかに繁殖してて欲しい、という……どう表現すればいいのかよく分からない幻獣の愛し方をしている。
俺は幻獣は勿論好きだが、アリスへの愛が突き抜けている。
そんな風に微妙な違いはあれどそれぞれが幻獣を愛し、幻獣を基準に冒険者活動をしていて、そのために東地方へと拠点を移しこちらの山へとやって来た。
そして、あの謎だらけの少年、セイ君と出会った。
俺は、神に心からの感謝を捧げた──。




