51.【ナギ視点 1】_冒険者パーティー白翼のリーダー
お読み頂きありがとうございます。
別キャラ視点の話になりますので、一気に投稿したいと思います。全部で5話と長いですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
ナギ(26歳・男性)視点です。
「うげぇ。平凡そうに見えて、あの少年とんでもねぇな……」
宿屋の窓から外を探りながら、キリィが顔を青くしている。
少年──セイ君に付けさせていたキリィの能力の一つである【マーカー】の【印】が、陽が完全に沈んだこんな時間に宿屋から外へ出て行ったらしい。
どこへ向かうのかと窓から見てみれば、【印】は確実に表の通りを移動しているにも関わらず、姿は一切見えず、気配まで完全に絶たれているという。
セイ君は姿隠しの能力を持っているのか? ……いや、ならば教会が放っておくはずない。神気の気配を持っている事といい、あの子には謎が多過ぎる。
なんにせよ、キリィが移動していると言うのなら間違いない、事実だ。
「分かった、追う。行くぞ」
窓枠に足をかけ、すぐさま飛び降りようとした俺をヴァンとキリィが羽交い締めにして止めた。何故止める。
「隊長、三階です、手ぶらです」
「なにやってんスか! 今日の隊長マジでおかしいッスよ!? いつでもどこでもいつかなる時も腹立つくらい沈着冷静なくせに、どうしちまったんスか」
「離せ、こんな事をしている間にセイ君が消えてしまったら……」
「落ち着いてくださいって! 威力強めの【印】に付け直し済みなんで一カ月は保ちます! 距離も山一つ分向こうまで追えるッスから」
……そうか。そうだな、確かに冷静に考えればここまで焦る必要などない。椅子に座り深呼吸をする。そうだとも、常識的に考えてあの非力そうな少年の足で山を越えることなど不可能だ、見失うはずがない。
が、一カ月あれば山を越える可能性も……。
「だから! 窓から飛び降りようとすんのマジでやめてください隊長ッ。ヴァン、殴っていい止めろ!」
無意識に窓枠に足をかけていたらしい。ヴァンに肩を抑えられ運ばれ、その隙にキリィが窓を閉めた。
眉間を指で解しながらため息をつく。そうだ、落ち着け……。今、俺がすべきことは闇雲に跡を追うことではなく、状況を整理し今後の対策を練ることだ。
姿を消しているのに追いかければ、かえって警戒される。そのせいで完全に手の届かない所へ逃げられては意味がない。
今すぐ飛び出して行きたい気持ちを歯を食いしばって耐える。落ち着け、冷静に考えれば追うことは悪手だ、落ち着け、キリィの【印】がある、落ち着け。
「すまん。……報告の途中だったな。キリィ、続けてくれ」
「ほんと勘弁してくださいよ。今日の隊長の言動、変過ぎて笑えないッスよ?」
充分笑っていたように思うが。
キリィは俺のじっとりとした視線を無視して、報告の続きを始めた。
「えー、セイ少年についてッスけどね、地域猫が懐いていた事と宿屋の受け付けと顔見知りらしい態度から、このマディワ湖村の子供かと推測しましたが、実際はヨディーサン村といってこの村の西門から山を登った先の小さな農村出身のようです。年齢は十六歳、今年成人で間違いないかと。西門を今日の夕輝き始まりくらいに通るのを門番が確認してます」
「一人でか?」
「はい、そのようです。西門門番の話しによると、ここへは仕事で来たと言ったそうですが、仕事の内容は知らないとのことです」
「ここより田舎の出身なのか。近年、街から異動してきた可能性は?」
「門番が幼少の頃を知っているようでした。確実な年数は不明ですが十年以上はヨディーサン村から動いてないでしょうね」
「……そうか。ヴァン、そっちはどうだ?」
セイ君から譲り受けた木の実を、能力の一つである【植物鑑定】で調べていたヴァンが、珍しく困ったような表情でこちらを見た。
「まず最初に。この木の実は三種類ともここドゴナル東地方では採れない樹木のものになります。まずこちら。ドゴナル国北地方の北部と、北のレカヴォノーン国の森林に植生しているドント樹の実です。分布は広範囲ですが食用として運ばれるようなものではありません。次にこちらはレカヴォノーン国で販売用として栽培もされているシカガグリの実です。殻の中身が菓子やパンの具材として使われていますから、行商人の取り扱いはあります。しかし保存が難しく、せいぜい王都と首都、あとはドゴナル国西北部までかと」
「どちらもレカヴォノーン国か。少し前に神の怒りに触れた国では無かったか」
「凄まじい速さで衰退、荒廃したそうッスよ。もはや、滅んだ、と言っていい状態でしょうねぇ」
俺たちの言葉に一つ頷き、ヴァンは机に並べた白い木の実を震える手で指し、「問題はこれです」と言った。
「これもレカヴォノーン国のもので……っと、先にすみません、これから言うこの実の樹の名前はセイ君が言っていた名前とは違いますが、植物の名前というのは研究者たちが付けたものとは別に俗称が多くあり、国や地域、集落、年代によって変わります。成長の程度でも変わる場合があります。あの子が嘘を言っていたとは限りません」
なるほど、そういう事もあるだろう。セイ君の追加注文の時の露骨な誤魔化しっぷりを見れば嘘だった可能性のほうが高いが。
だが嘘だったとしても構わない。馬鹿正直になんでも喋る馬鹿より、よほど好感が持てる。
ヴァンは俺たちが頷いたのを見て続けた。
「それでは。これはレカヴォノーン国のセルドアッドナカン山、通称【白山】の中腹から山頂部にしか生えていないサザトーバ樹の実になります。白山の中でならば広範囲に群生しています。食用できるかは不明です」
……セルドアッドナカン山ときたか。キリィも「げぇ」と呻いてしかめっ面になった。
ドゴナル国の【黒山】に匹敵する“人を拒む山”だ。
黒山は大型魔獣が生息する山林に囲まれ近寄ることすら難しい場所にあるが、白山は山裾までなら到達可能らしい。
だが、あの山には【古龍】が棲息し、縄張りにして人間の侵入を殺戮によって拒絶していると聞いている。
中腹より先にどれだけ生えていようが入手は困難を極めるだろう。
田舎の少年が持つには異常な品だ。
「首都の植物研究棟と薬草学研究棟の奴らが見れば、この小さな実一つを巡って決闘騒ぎを起こすだろうな」
「多分ッスけどね、セイくんもう一つ持ってましたよ。ポケットからチラッと見えたッス」
「……不用心だな。俺らに見せる事にもそれほど抵抗は無かったようだ。価値を知らずに運んでいるのか……」
「知らされずにただ運ばされている可能性もあるッスよ。後ろに誰かがいるのは確実ッス」
間違いなく、あの子には後ろが付いている。人か、組織か。俺たちと食事を共にしていた時でさえ、姿の無い何かと意見を交換していた気配すらあった。
だが、成人したての田舎の純朴そうな少年が、どうすればそんな謎の組織に入れるというんだ。
あの子がガズルサッド以上の街の人間であるならば、なにかの伝手で違法な集団と知り合う機会も無くはない。だが山の中の小さな田舎村から出たことがない、大人しそうな“子供”だ。無理がある。
組織が違法な集団であれ、普通の行商関係であれ、木の実を運ばせる意図も不明だ。この地方で珍しくはあっても、前の二種類は行くところへ行けば手に入る普通の無害な木の実だ。そんなものをひとつふたつ、しかもポケットへ入れて運ばせる理由が分からん。
移動自体、非力そうな少年たった一人にさせているなど理解に苦しむどころじゃない。危険だろうが! 腹立たしい事この上無い。見つけ次第厳重に抗議したいところだ。
冷酷なやり方の組織に思えるが、その後ろに許可を取らずにセイ君の判断だけで俺たちに木の実を譲った行為は、更に理解不能だ。困惑というより不気味ですらある。
なんなんだ、一体。
眉間を指先で円を描くように揉んで解す。この程度では解れないほどくっきりとシワが寄っている。なんとかしなければ。セイ君は俺の眉間あたりをチラチラと怖そうに見ていた。怯えられたくない。次に会う時までに解消し、出来れば笑いかけて欲しい。
──セイ君が放っていた【神気】。あれは俺の全てを変える可能性が……。
「その白い実もヤベェッスけど、もっとヤベェもんを価値を知らされず持ってそうなのが怖いッスよね。隊長から見て、セイくんってそんなに強い神気の気配してたんスか?」
キリィに質問され、内へと向かっていた意識が戻る。
「強い神気というよりは……。形容が難しい。そうだな。……もしかすると、なんだが」
正直なところ、神気自体はさほど強く無い。道でお互いすれ違っただけならば気付かず見過ごしたかもしれん、その程度だ。
だが、食堂でしばらく側にいたその間、彼からは絶えず、清浄な神気が緩やかに流れ続けていた。爽やかで且つ柔らかく、優しく、微かに花の香りのような甘やかさもあり、そして控えめで慎ましい美しい神気が。
今までに見てきた神気を帯びた植物なり鉱石なりとは、違う。あれらは強い気配を持っていても長くは続かない。
セイ君のは例えるならば、静謐な森の中の小さな泉から涼やかな音を立て澄んだ水が湧き出ているかのような……、常に新しく生まれ流れているかのような──そう、“神気が生きている”、そんな感覚だった。
あれでは、まるで……。
「セイ君はもしかしたら、人の姿をした幻獣、なのかも知れん」
キリィとヴァンが無表情になった。




