50.宿屋の部屋_子白トカゲ
僕の手のひらの上で、木の実に似た形の玉が解けて、中からトカゲみたいな顔が出てきた。
ちょ、幻獣ってコレか!!
“硬い、冷たい、まん丸い”で生き物感なんて全く無かったじゃないか、しかもこんなに小さいなんて思わなかったよ!
あ、でもそのおかげで冒険者たちにはこの子が幻獣だって気付かれてないっぽい?
って、あああ、尻尾をぴょこぴょこ動かすのやめてくれ。待って、この子もう一回玉になってくれないかな!?
両手で上下に包むように挟んで、丸くなれ丸くなれと念じながらやさしく捏ねる。
痛くないかな? 『あふぅ、気持ちいーです、おにいさあああん』って聞こえてるから大丈夫かな。丸くなれー、丸くなれー。
「セイくん、なにやってんスか?」
「あのっ、質感の確認をですね、あのっ、これシロコウジュに似てますけど違ってて、とても気になるので譲っていただけないでしょうかっ?」
冒険者たちは顔を見合わせた。咄嗟に頼んでしまったけど、やっぱりダメかな。この人たちも貴重な木の実を集めてるなら断られるよね、どうしたら……。
「いいだろう。譲ろう。代わりにこの木の実を受け取っても? これが今は問題あるようならば」
「譲ります!」
意外なほど早くリーダーさんからオーケーが出たので僕もすぐさま応じる。手の中で幻獣くんがモゾモゾ動いてるから、ゆっくり考えてる余裕なんてない。子熊くんたち、せっかく僕にくれた木の実なのに、ごめんね!!
「では契約成立だ。契約書を用意するから君の【籍証】を今すぐ見せ……」
「だからッ、隊長ォ!」
キリィさんがリーダーさんにイッと歯をむき出して威嚇し、僕の椅子を自分の正面に向くよう動かした。なんなん……。
「セイくん! 本当なら契約書交わしたいんスけどね? つってもお互いに物品名が不明ッスからね。そっちも許可取る相手がいるみてぇだし後日改めてということで、どうッスかね?」
「それでお願いします」
籍証を出さずにすむのは助かる、キリィさんありがとう。僕の名前と年齢、出生教会名、現在所在している教会名、あと職業がね、書いてある木札なんだ。僕はまだ職業が空欄のままだから、籍証を見せるとさっき嘘をついたことが即バレる。
「……まあ、今はいいだろう。ではセイ君と言ったね、契約成立だ。これからも、出来る限り早く、よろしく頼む」
リーダーさんが立ち上がって僕のそばまで来て、手を伸ばしてきた。
この手はなに……。あっ、握手か。
慌てて立ち上がったせいで椅子がガタゴト鳴った、ちょっと恥ずかしい。
幻獣くんをササッとポケットに入れて、手のひらを服で拭いてから急いでリーダーさんの手を握る。
うわー、握手とか初めてしたよ。握ったのはいいけど、これからどうすればいいんだ? 振るんだっけ?
──ふ、と。力が抜ける感覚が、突然あった。
今のなんだろ。立ちくらみかな。いや、まだ続いてるな、僕の中のなにかがスゥーと抜けるように減っていってる……ような……。
リーダーさんが僕の手を強く握ってきたから思考が止まった。あれ、握手ってこんなに強く握るもの?
戸惑って見たら、驚いた顔をしてた。何に驚いたんだろう。不安になって手を引くと、もっと強い力で握って止められた。
そして、警戒心を解こうとするかのように、目元にシワが寄るくしゃっとした人懐こい笑顔を見せてきた。
うーわ、この人やっぱり無駄に顔が良いな。でも外見はカッコ良くても、中身が変で残念な人だからなー。ところで握手ってこんなに長く握り続けるものなのか?
「……隊長、セイくんが困ってるんで手ェ離してあげてくれませんかね……」
「そうだな」
そうだなと言いながら、ゴツゴツした大きな手は僕の手を握ったまま。それどころか左手まで添えて両手で握ってきたんですけど、これなんですか?
リーダーさんの右手は素肌で、左手は手袋をしたままだ。
……あれ、手袋と服の袖口との間、手首のはずだよな。こんな真っ黒って……。
魔瘴気──?
急に僕の中のなにかが、ゴソッと減った感覚がして、頭がくらりと揺れた。
◇ ◇ ◇
宿屋の狭い一人部屋のベッドに腰かけて、僕は「はぁ────……」と長く長いため息をついた。
「セイくんのため息が重くて、魂が抜けそうですぅ」
キナコくんが僕の足に両手を乗せて、心配そうに顔を覗き込んでくる。ちょこんと揃えたおててが可愛い。
僕は大丈夫だよ。精神的にとてもとても疲れたけど、体と魂は大丈夫。
握手中に一瞬目眩がしたものの、部屋で神浄水を一口飲んだらすぐに平気になった。神浄水って本当にすごいね。
幻獣くんはその万能神浄水を入れた深皿の中で、ちゃぷちゃぷ楽しそうに泳いでる。
『っはぁー! 神浄水最高ですぅ。でもでもっ、おにいさんの神気も大好きですっ』
「……ありがとう?」
幻獣くんが赤いおめめをキラキラさせながら言ったそれに、息のような小声で返事をした。キナコくんが「盗聴される可能性があります」なんて怖いことを言うので。部屋には僕たちしかいないのにキナコくんは姿を消したまま、シマくんとミーくんは服の中に入ったままという警戒っぷりだ。
まあね、冒険者たち……というかあのリーダーの行動は不審だったもんねぇ。
悪い人ではない、と思う。僕の体調が悪い感じになったらすぐ手を離してめちゃくちゃ心配してくれた。
「すまん! 大丈夫だろうか、気分が悪いのか? 吐くか? 倒れるか? そうだ、部屋は取ってあるのか? まだならすぐに取ってくるから俺と一緒に部屋へ行こう、抱き上げるから俺の首に手を回しなさい」
僕は“すみません、ありがとうございます、しかしお断りです”という気持ちになっただけだったんだけど、何故か周りの人たちはリーダーさんへの態度が悪くなった。
キリィさんが「こんな子供の体調不良につけ込むなんて……、見損なったッス!」と罵った。
岩みたいに大きい、ヴァンさんだったかな、無口なあの人まで「隊長、個人の趣味嗜好をとやかく言うつもりはありませんが、残念ながら時と場合と相手の同意というものがあります。この子は諦めたほうがいいかと」と諭すように語りかけた。
キナコくんはじとーっとした目でリーダーさんを睨みながら「これ以上セイくんに触るようなら切り落としますぅ」と、何故か背筋が寒くなるようなことを言ってた。僕にしか聞こえてなくて良かったような、僕も聞きたくなかったような。
リーダーさんは「お前たちは一体なにを言って……、違う! 違うからな!」と顔を真っ赤にしてた。
意味は分からないけど、キリィさんが横を向いて笑いを堪えてたから、からかって遊んでたんだろう。
しかし食堂で立って騒ぐのはどうかと思うんだ。人目が気になったから、自分で部屋取ってあるので! と挨拶もそこそこに逃げるように去ってしまった。
『ふんふーん、るららるんらんるー』
きゅるるるっとご機嫌な声をあげてる幻獣くんを見ながら、“幻獣の対価”として木の実三個はいくらなんでも酷かったんじゃないだろうか……としばらく悩んだ。でもこの子の正体を言うわけにもいかないしなー。うーん。
キナコくんは軽く、次に会った時に多めに木の実渡せばそれでいいですよと小声で言って、さらに声を落として「もう二度と会わないかもしれませんけどねぇ」と低く笑った。こわい。
「それより無事に救出できて良かったですね。この子はなんていう幻獣なんでしょうねー。コテンくんなら知ってますかね」
「コテンくん詳しいしね」
幻獣くんの大きさは中指を二本縦に並べたくらいで、細長い体をうねうね動かして泳いでる。ちっちゃい手足が付いてるから子ヘビじゃなく、胴の長い白トカゲちゃんかな。
御師様の家の庭で見た白トカゲの子供かと思ったけど、あっちは全身短いフサ毛で覆われてたのに対し、この子は硬い鱗で背中が覆われてる。よく見ると、頭にちっちゃい木の枝みたいなツノが付いてて、尻尾の先は薄平べったく丸い不思議な形をしてる。初めて見る形の生き物だ。
──特殊個体の気配しかしない。
「…………セイくん。【龍】って知ってますか……」
「竜族は知ってるよ、絵で見たことあるからね。この子とは姿が全然違う。……違うよね?」
「この国の竜って、西洋ドラゴンタイプですよね。この子、東洋龍っぽ……、いえ、コテンくんに聞くまでは考えるのやめておきましょう」
うん、そうしよう。なんだか恐ろしい予感がする。
キナコくんは怯えながらも好奇心は抑えられないらしく、近くで観察して「わー、鱗の光沢が真珠みたい」だの「わー、五本爪」だの呟いては、「すごいですー……」と体を震わせていた。どうすごいんだろうなぁああ。
この子についての詳しい事は、家に帰ってからみんなで聞いたほうがいい、ここで聞いて僕が大声だすのもマズい、ということで、子白トカゲちゃん……うーん、呼びにくいな。
「シロちゃん、体調はどうかな?」
『……もしかして、名前付けてくれたです? どうしようっ、うれしいですぅうううう!』
えっ、名前付けたつもりは無かっ……はい、それでいいのならドウゾ。子白トカゲちゃんがきゅるるきゅるると鳴きながら僕の指に抱きついて喜んでるのに、違うなんて言えない。キナコくんの目線がやや冷たい……センスの無さを無言で責められている……。
んっ、みんな心配してるだろうから、そろそろ家へ帰ろうか、ねっ!
宿屋の部屋は一応取ったけど、もちろんここに泊まるつもりなんてない。シロちゃんももう動いて大丈夫ってことだし、荷物担いでみんなで姿を消して。
さあ、秘境へ帰ろう!
ロウサンくんはどこかなー!




