48.マディワ湖村_宿屋の食堂
冒険者の男の人三人が宿屋へ入っていくのを、チラチラ見ながら猫さんたちを撫で続ける。最後の一人が入って、扉も閉まった……よね。よし。
「キナコくん、さっきの冒険者の肩に花びらがくっ付いてったの、見えた? あの人たちから子供の声で“神浄水”、それと“助けて”って聞こえたんだ。多分幻獣が捕まってるんだと思う」
小声で話しかけると、キナコくんはすぐに「分かりました」と言って、続けて変な指示を出してきた。
「セイくんは猫ちゃんを撫でることに集中して、あの人たちを意識するのを今すぐやめてください」
「……ん?」
それは、どういう……?
「あの人たち、通り抜けざまに一瞬しか視線は寄越しませんでしたけど、セイくんのことを気配で長めに探ってました。おそらく先頭にいたのが斥候、もしくはシーフの役割で気配系のスキルも持っていると思われます」
「……ん?」
「見た目明らかに高ランクの冒険者パーティーですから、彼らは注目されること自体には慣れてるはずです。なので横を通った時に見てた程度ならそこまで警戒されないでしょうけども、宿屋に入ってからもこちらが意識を向け続けていれば、それを察知して警戒されます。同様に、すぐに追いかけても警戒されます」
「……はい」
「ですから、まずぼくが窓から彼らを見てきます。少し離れますが、セイくんは絶対にここから動かないでください。意識は他へ。いいですか?」
「はい」
途中、“せっこう”とか“しーふ”とか、“意識を察知されて警戒される”とか、君は一体何を言っているんだと聞き返したくなるような内容があったけどおとなしくキナコくんの言う通りにする。今は無駄に騒いじゃいけない時だって、僕にだって分かるからね……。
「もし危険があれば、迷わず躊躇わず、すぐにミーくんのヒゲで姿を消して走って、ロウサンくんを呼んでください。ぼくは置いて行ってください。あとで自力で家へ帰れます。だから、何かあったら絶対にすぐ逃げるって約束してください」
こんなド田舎でどんな危険が……? というのと、どうして僕に対してそんなに過保護……? という疑問で戸惑ったけど、これもおとなしく「はい」と返事した。あまりに真剣な声だったので。
キナコくんの「では」という声のあと、肩がふっと軽くなった。
本音を言えば……見たい。正直言って、キナコくんが何をしてるのかめちゃくちゃ見たい。でも、我慢!
他に意識を、他……猫さん今日も可愛いね! あと……、あ、そうだ。
顔を上げた。
──冒険者ギルドって、あんな感じなんだな。
せっかく近くにいるんだし、ちゃんと見ておこう。
初めて見たけど、想像してたより殺伐としてないというか。建物から、明るくてのんびりした雰囲気が漂ってる。ギルドの横から出てきた冒険者らしきオッサンたち数人も、ただ体格のいい田舎のオッサンで、仲間内で笑顔で話してるからかあんまり怖くない。
とは言っても、やっぱりどの人も強そうだよな。
それに比べて……と、自分の手首を見る。細い。
僕は子供の頃から、鍛えても強くなる前に訓練疲れで体調を崩して寝込むような、よわよわな体質だったせいで今でも筋肉があんまりついてない。
どう考えても冒険者向きじゃないのは分かってる、でも……。
キナコくんが「お待たせしました」と一声かけてから、僕の肩に乗ってきた。そして、一度ここを離れて少し経ってから宿屋に入ったほうがいいとのことなので、冒険者ギルドに近付いてみる。
開けっぱなしの扉から覗くと、中も明るい。受け付けらしきカウンターの向こうに座ってるおばちゃんが、そのまま大声で話しかけてきた。
「なにあんた、陽が沈むのが見えてんだろ? もうギルド閉めるよ! 急ぎの用なら横道から入って緊急用窓口に行っとくれ」
「あ、すみません、ちょっと見学がしたかったんです……」
「なんだ、そんならいいよ、見て回りな。クルッとその場で回れば終わっちまう狭いギルドだけどね!」
言ったおばちゃんと、その場にいた全員が大声で笑った。
「ありがとうございます。でも明日出直します」
閉まるのは予想通りだったので軽く挨拶をして、さっさと去る。そろそろ宿屋に向かっても大丈夫そう? あれ、キナコくん、どうしたの。
ん? そりゃ陽が沈むとギルドも教会も閉まるよ。時計って? 24時間営業……、なにそれ。
キナコくんが「深刻なツッコミ不足ですぅ」って嘆いてるけど、確かにここにいるのがアズキくんだったら変なところで質問いっぱいしてきそうだね。
◇ ◇ ◇
……さて。
僕は今、例の冒険者パーティーの皆さまと、なぜか一緒に、食事をしている。
どうして……どうして……。
最初はまず情報収集が大事、ということで宿屋の食堂へ行ったんだよ。キナコくんの偵察によると、彼らは荷物を全部持ったまま食堂へ入り注文も済ませてたそうだから、僕たちは警戒されないよう時間を置いて入る……うん、おかしくない。
幻獣を見つけても、荒事で奪える相手じゃないし、盗むには手駒が足りない──キナコくん……? と恐る恐る問いかけたけど、そういう専門職はおいおい手に入れていきましょう、という不穏な返事しかかえってこなかった──から、まず幻獣の詳しい内容、そして交渉するにあたっての冒険者パーティーそのものの情報が必要だ、とのこと。ま、まあ、ここまでも良い。
食堂に入ると、十ほどテーブルがあったけどほぼ満席だった。唯一空いてたのが例の冒険者パーティーの隣の席で、ちょうど良かったね、なんて超小声で話しながらメニューを見ていたら、隣のその席から【神虹珠】って聞こえてきたんだ。
思わず、横目で盗み見した。これが失敗だった。
見たのはほんの少しだったんだよ、そのあとも何でも無い風にしてた。でも相手が気配だか意識だかを察知するような変な人たちだったからさ……。
眉間のシワがヤバイ男前が指先に白い珠みたいなのつまんで、角度を変えながら眺めてた。猫背の人が「ソレ神虹珠じゃねぇって言ってましたけど、信じていいんスかね」、岩みたいな人が「こんな田舎のギルドの査定ではな……」と渋い声で言うのを聞きながら、そういえば、と僕の意識が逸れる。
神虹珠に白色って、あったっけ? 濃淡や明るさが違うからたくさん種類があるように見えたけど、大元の色としては青、緑、黄色、赤色ばっかりじゃなかったかな。大きさも、僕が見た中では親指の爪くらいのサイズが一番大きかった。でも横の人のあれは親指と人差し指で丸を作ったくらい……よりは小さいかな、でも神虹珠よりは大きかったような……。
メニューを見るフリをして考えてたら、眉間の男前が僕をじっと見てるのに気が付いた。
やば、目が合った、と慌て顔を背けたら、食堂に大人の男の人一人と女の人一人、小さい子供が二人っていう変わった組み合わせの客が新しく入ってくるのが見えた。満席で入れない、でも子供が「おなかすいた」って半泣きになった。ナイスタイミング、逃げられる! 四人掛けのテーブルにひとりで座ってる注文前の僕が、譲ります! と声を上げ……る前に、隣の男前が僕に声をかけてきてた。……かけられてしまった。はい、アウト。
「少年、君が良ければ俺たちと相席しよう。移ってきなさい」
良ければ、と言いながら命令形で終わるってなんなん……。
キナコくんの「顔を覚えられたでしょうし、いっそ繋いでおきましょう」という言葉もあって、めちゃくちゃ緊張しながらお邪魔して、そして今に至る──。
一緒に食事をして冒険者たち、主に猫背の人から聞いた内容をまとめると、彼らは採取目的で行った山の上のほうで鹿型の魔獣の群れに遭遇し予定より時間がかかり、採取場所が意外に広範囲だったせいで更に時間がかかり、しかも拠点にしてる街へ行く道が倒木で塞がれていて通れず、陽のある内に帰れそうになかったので仕方なくマディワ湖村へやって来た、とのことらしい。
幻獣については一言も話題に出てこなかった。荷物を横に置いてるわりに、今は【声】も全然聞こえない。中にいるはずなんだけどな。花びらさん、どうにかしてくださいよ。
食事が終わって、飲み物やケーキを食べ始めても、動きが無くて……キナコくんと相談もできないし、ソワソワする。
食事もケーキもなぜかおごってもらえることになった。ほんと、何故に?
相席させておいて何も言ってこない、何も聞いてこない、何故に?
男前は甘そうなケーキをすっごい険しい顔で食べてる。何故に? 嫌がらせ受けてんの? 罰ゲーム?
見てたら「もう一つ食べたいのか?」と追加注文のために店員さん呼ぼうとしてる。欲しくて見てたわけじゃないです、この一つで充分です。「おごるから心配しなくてもいい」って余計に気を使うんでやめてください。あっ。止めたのにどっちにしようか迷ってたもう一つを注文されてしまった。え、それはそれでちょっとキモ。しかしケーキに罪は無い、せっかくなのでいただきます。
うーん、でもこのままじゃどうしようもない。僕から言い出すのを待ってるのか?
この眉間さんは、恐らく本来は他人に相席を呼びかけたり、食事やケーキを奢る人では無さそうなんだよね。猫背さんと岩さんが都度驚いた顔したから。すぐに真顔に戻ったけど、よっぽど驚いたんだろうな。
じゃあどうして僕に、って考えたら“神虹珠に僕が反応したから”しか思いつかない。
秘境に行くまで見たことも聞いたことも無かった【神虹珠】。雲熊さんたちもそうそう在るものじゃないって言ってたな。今思い出した。
あークソ、失敗した、次からは気をつけよう。
さー、どう誤魔化して、幻獣の情報もらおうかな……そうだなぁ。




