45.話し合い_カクレギノネコ
ミーくんが、“幻の種族”かもしれないのかー。
本当にそうだったとしても、正直あんまり驚かないかな。今ここにいるのって僕以外は全員、特殊中の特殊な存在ばっかりだからね。ミーくんもそうなんだろうなぁ、としか。
どう幻なんだろ。実在が疑われてるだけで、何かがすごいわけじゃないのかな。見た感じ、子猫サイズだけど既に大人で、尻尾が二本あって、耳がやや大きめで、猫好きの心を狂わせそうなくらい愛くるしい姿をしてる、ぐらいだよね。……いや、この可愛いさだけで充分特殊と言える。
そんな幻級に可愛いミーくんは、尻尾を見せつけたあと僕の足の間に収まったまま、てってってっと顔洗いを頑張っている。
雲熊さんの毛のカゴに戻ったコテンくんは鼻の上にシワをキュッと寄せて小さく唸った。
「うぅーん。でもさすがに自信無いかなー。蒼雲白天獣と違って伝承だけの存在だしね。本物だったら、能力がとんでもないって噂でねー。ウチの國の猫又が勘違いされて狙われるから困るって言ってたんだよねー」
「とんでもない能力」
あるんだ。コテンくんから見て“とんでもない”って、どんなレベルなんだろう……。
「なんかねぇ、噂によると、人も、物も、建物すら一瞬で消せるらしいよ」
……こわっ。想像よりヤバい能力だった。
「それは、とんでもないね……。消すって、どこに?」
「それが分からないんだよね。諸説あるっていうかー。昔話に出てくるような幻の存在だからー」
コテンくんの声が聞こえてないミーくんは、顔洗いをやめて僕を見た。
『セイ、にゃんか消したいのか? じゃあおれが消してやる!』
「えっ、ミーくん本当に消せるの?」
この子、恐ろしいことをなんでもないことのように言ったよ。みんなにも緊張が走ったのが分かった。
ミーくんは周りのことなんか気にせず、マイペースにシャツをよじ登ってきて、ゴロゴロ喉を鳴らしながら僕の頬に顔を擦り寄せている。
『今なら消せるにゃ。セイにおれのヒゲあげる! おれのヒゲはすごいんだ』
「ヒゲ……って、これ?」
僕の足の上に、ミーくんのヒゲが五本くらい落ちていた。抜け過ぎじゃないかな。大丈夫?
心配したら、『だいじょうぶ、生え替わり』って、ほんとかなぁ。
『コレとコレは尻尾が伸びる前のヒゲにゃからダメ。コレとー、コレとコレが良いヒゲ』
手のひらの上に並べて置いたヒゲを、ミーくんが肉球でぷに、ぷに、と押しながら良い物とそうでない物を教えてくれた。
『良いヒゲ持った? 消したいヤツに乗っけて、消えろーって……』
「【消えろー】?」
──突然、空気がビリッと震えた、気がした。
次にのし掛かかるような威圧感が襲ってくる。恐怖で体の中央がギュッと絞られて、息が止まった。なに? なにが起きた?
ロウサンくんと親熊さん、アズキくんたちがいつの間にか立ち上がり、毛を逆立ててる。目をギラギラ光らせてあちこちに鋭く視線をやり、全員が低く唸り声を上げている。それぞれが尋常じゃない威嚇の空気を出して、場を圧倒していた。
みんなの変化が急過ぎて、頭が追いつかない、というか、一つの感情でいっぱいになって他のことが考えられない。
こ、殺される……。
『なんてこと……気配が完全に消えてる。アタシとしたことが、油断してたわ』
キラキラさんの殺気がすご、キツい、んですけど、どう、どうしたんです、か……?
「キナコ、見えたか?」
「いいえ、残念ながら。なにか痕跡は……」
僕に近付いてきたキナコくんにロウサンくんが「ガウッ」と震え上がるような強い吠え声をあげた。僕のほうがビクッとした。
『何がどう影響するか分からない。迂闊に近付くな!』
「ロウサンくん、なんですか? 何か知ってるんですか? セイくんはどこにいるんですか?」
『透翼、吠えるな。何がどう影響してセイ殿に危険が及ぶか分からん』
「なんとかアスミ國のみんなに連絡取れないかな。古い文献を当たれば……ダメだ、それじゃ時間がどれだけかかるか……」
『探そうにも手掛かりが無さすぎるわ。セイ少年に足を一本付けておくべきだった。……クソッ』
ちょ、ちょ、待って、なんとなく分かった。僕、今消えてる!?
いるよ! 僕ここにいるよ!!
そう伝えたいけど、口がぱくぱく動くだけで、声が出ない。少しでいいから殺気を減らしてもらえませんかね!?
『びっ……くりしたあ! こいつらやばー。セイは自分を消したかったにょか?』
「ぼっ、え、こんなことになるとは」
あ、声が出た! ……のに、みんなの殺気なのか威圧なのか警戒なのか怒りなのか、重い気配が全く緩まない。え、みんなには聞こえてないの?
「どうしたらいいんだコレ」
『セイが【出る】って思ったら出る。ヒゲを離したら【出る】。……んにゃけど、出るの待って。みのきけんをさっち』
ミーくんが素早く僕の襟から中に入ってきた。身の危険……僕も隠れたいくらいだよ……。シャツの中で丸まってるミーくんを羨ましく思いながら、えーと、“出るって思ったら出る”? 思うだけでいいのかな。
──【出る】。
目が合った。みんなが目を見開いて僕を見てる、気がする。
僕のこと見えてる? 見えてるね、ちゃんと出たみたいだ、良かったー。
それからアズキくんたちは「セイ! どこにいたんや」「ケガはありませんか?」と僕の体をペタペタ触り、ロウサンくんと父熊さんは僕をフンフン嗅いで異常が無いかを確かめ始めた。心配おかけしました。
「ごめん、実はずっとここに居たんだ。あのね、ミーくんのヒゲを持った状態で【消えろ】って」
言ったら消えるんだよ、ハイ、僕消えたー。……バカなのか。
……まあ、そういうわけで。二回目となると大体みんなも分かってきたらしく、慌てず騒がず、殺気を出して威嚇したりもせず、静かに『セイくん、出てきてくれ』と要求してきた。誠に申し訳なく……。
この後、床に敷いたハンカチの上にヒゲを乗せてしっかり離してから、説明しようとした、そうしたらまさかの三回目の僕消失。なぜに? その疑問にはミーくんが答えてくれた。
ミーくんがくっ付いてたから、ヒゲを持ってるのと同じ扱いになったんだって。へー。確かにヒゲも僕に当たってるもんねぇ。
それでミーくんには空いてたカゴに入ってもらって──その時に、この子は悪くないということを強く、強くみんなに言い聞かせて──そしてアズキくんが言うところの、「検証開始やー!」。
村へ行く興味はどこへやったのか、検証に夢中になってるアズキくんを微笑みを浮かべながら見守った。楽しそうでなによりだよ……。
そして。順番にヒゲを持つ、同時に複数で持つ、口に出して「消えろ」と言う、心の中で思う、音を立てる、など色々試した結果。
姿と音、気配は完全に消えるけど、触れる。つまり、本当に【消えてる】わけではない。
消す時、出る時は声に出しても、出さずに心の中で思っても、どちらでも発動する。
姿を消してた相手を、違うヒゲを持っていれば認識可能。ヒゲ持ち仲間からは隠れられないわけだね。
次に、消せる対象ね。生き物と、ただの物、どっちも出来たけど大きさはロウサンくんサイズがギリギリっぽい。でもミーくんが言うにはまだ力が足りないせいだから、二本目の尻尾が完全に伸びるくらい力が溜まれば、ここらへん一帯全部消せるようになるらしい。
あと大事なのは“有効時間”なんだけど、これはすぐに検証できるものじゃなかった。なのでミーくんの言葉を信じるならば、なんだけど、どうも“神気の続く限り有効”らしい。ん? つまり?
『ということは、ここにいれば半永久的に有効、と言えるね。まだ仮説だけど』
『じゃあセイ兄さんが持ってれば、ずっと使えるっすね!』
ロウサンくんとシマくんがほぼ同時にしゃべり。
「充電式、みたいなもんか?」
「ちゃんと検証しないと断言はできませんけど、おそらく」
アズキくんたちは意味不明言語だ。つまり?
もう一度聞いたらコテンくんが分かりやすく教えてくれた。えーと、ヒゲに含まれてる神気が無くなったら使えなくなるけど、神気を浴びさせれば再び使えるようになる、と。便利だね。
仕組みは便利だと思う。でもヒゲ自体はそんなに……。
“どこかに消せる”ならともかく、その場で見えなくなるだけじゃ、ね。チビたちと隠れんぼ遊びする時くらいしか使い道が思い付かないや。
そんな風に軽く考えたのは僕だけだったらしい。
「確かにこれは狙われるわけだねー。こんなに恐ろしい能力だとは」
「とんでもないよな。盗聴窃盗暗殺、なんでも有りやんけ」
「音と気配まで消せるあたりが凶悪ですよね。権力者には絶対見つかっちゃいけないヤツですぅ」
『人間から狙われがちな我々からすれば、羨ましい能力だ。可能であればヒゲを仲間に渡したいくらいだ』
『すっごく便利ねぇ! ──欲しいわ』
キラキラさんが本気の声で言ってるな。これからまだまだヒゲが抜けるみたいなんで、もらえるよう頼んでみますね。そう伝えたらキラキラさんは喜びのあまり、信じられない速さで回転して天井近くまで飛んで行った。『平和的解決最高ー!』と声がこだましてるけど、これが聞こえてるのは僕だけなのか。
雲熊さんの仲間に渡すのは……っていうか仲間いるんですか、どこに? 雲熊さんにも分からないんですか。
『私たちは小さな子供がいたから距離が近く人間の少ない黒山を目指した。だが、他の仲間たちはみな南を目指した。隠れて進んでおる、見つけることは不可能だ』
なるほど。そっちで無事に神気のある場所に辿り着けることを祈るしかないかな……。
しんみりしてると、コテンくんがミーくんを見て、ため息をついて話しかけてきた。
「外見の特徴も、能力も合ってるから間違いないねー。その子、【カクレギノネコ】だよ」
あ、ちゃんと名前あるんだ。
「よくもまあこれだけ揃ったなって感じだよねぇ。伝説級の蒼雲白天獣にカクレギノネコ。アズキたちは初めて聞く種族のハジンノタチ。絶滅寸前のシマワタリドリ。あそこで回転してる生き物は知らないけど、どうせ貴重な種族なんでしょ」
あれ、コテンくんたちにキラキラさんのことを教えてなかったっけ。えーと正式な名前は……忘れた……。ま、まあいいか、今度で。
「幻獣そのものが滅多にお目にかかれん存在やのに、その中でも更にSSR級が揃っとるわけやな」
「風竜王が見たら狂喜乱舞しそうですよね。秒で永住を決意して梃子でも動かなくなる姿が簡単に想像できます」
ん? 【風竜王】? 僕が不思議そうにしたのを、アズキくんが察してくれた。
「あー、そらセイは知らんよな。あんまり世間には知らさんようにしとるからなー。あんな、風竜王はな、ガチの幻獣マニアで強火の幻獣オタクで幻獣を探し求めて世界中飛び回っとる“職業趣味特技、幻獣を愛する事”を実地でやっとる変態や」
「ええー……」
僕が気になったのは、もしかして竜王って一人じゃないの? ってことだったんだけど。
聞かなくてもいいことを聞かされた気がするよ……。




