43.話し合い_【スキル】
神様との距離が近そうなこの場所で、よりによってスキルのことを「アホみたい」なんて言ったアズキくんにビビる。なんて恐ろしいことを……。教会の神官様に聞かれたら別室に連れて行かれてお説教半日ぶっ通しレベルの暴言だよ。
ロウサンくんと親熊さん、キラキラさんは【スキル】自体を知らないみたいだから、誰もこの恐怖に共感してくれない。
あ、はい、説明ね。
一言で言えば【神様が与えてくださる特殊な才能】のことだよ。鍛えていけばレベルアップもするし、新しく増えることもある。
スキルチェッカーっていう神具を使って教会で調べられるんだ。この国では16歳の成人になったら全員がスキルを調べて、それを元に国がそれぞれの職業を指定するっていう決まりがあるんだよ。
親熊さんキラキラさんから、“職業”とは? という質問が。えーとですね、人間は成人すると働かなきゃ……“働く”とは? えー、それはですね。……言葉で説明するの結構難しいな、えーと。
食べ物を採ったり住むところを維持するために、得意な分野の組織、群れのようなところに入って……と、大雑把に説明した。
大体の理解を得られた、はず! なのでひと仕事終えた気分の僕の横で、アズキくんとキナコくんが首を傾げ、反対側にまた傾げ、アゴに手を添えて上を見上げて、目を見合わせてまた首を傾げている。
「神様からもらえる特殊な能力は、【ギフト】ですよねぇ」
「ギフトやな。スキルは生まれつきの才能と努力でも手に入るもんやし。でもギフトからスキルが生えるのは鉄板やから、ギフトをスキルに含むのは有りや。ほんでもセイの言うてたのはどっちの意味にも合わんよな」
アズキくんが「あんなアホみたいな名前のスキルあるか?」って、またアホって言った。
「アズキくんあのね、確かに初回は曖昧な名前で出てくることがほとんどだけど……」
「曖昧にも程があるやろ。スキルいうんは、要するに【取得技能】のことやぞ。ぎりぎり“剣を持つ”は剣術のスキルに派生するにしても、“旅に出る”までがセットになった技能てなんやねんな」
冷静にダメ出しされた。技能と言われても、僕たちはスキルはそういうものとして教えられてきたんだよ。
「なんかさー、それスキルの名前っていうよりさあ」
僕の腕の中であごの下を撫でられて溶けそうになってるコテンくんが、のんびりした口調で会話に入ってきた。どんどん喋り方が間延びしていってる。眠いんだろうな、もうちょっと我慢してね。
コテンくんが小さく「くぁ……」とあくびしてから、よく通る声で言った。
「【占い玉】の結果っぽいよねー」
──【占い玉】?
占いって、来年の天候はどうなりますかとか畑の収穫量はどうですかとか、結婚はいつぐらいになりますかとか、未来について予想してもらうやつだよね。そんなのでスキルの内容は分からな……、いや、待て。
待て。
……まさか。
嫌な予感がしつつも、とりあえずみんなに通訳していく。アズキくんたちは容赦なく会話を進めていく。
「占い玉は少し先の未来を予想するだけのもんやろ。その予想も、しょせんジョークグッズいうか、そんな当たるもんでも無いしな」
「よほど霊感……聖気でしたっけ、それが強い占い師が扱わないと、トンチンカンな結果になりますしね」
「うん、でもボクはアスミ國の神に直接仕える神獣で、人の言葉しゃべれるからねー、見た目コレだけど高位神官なわけー。この国からアスミ國の使節団に贈られた品物の中に、占い玉もあったんだよー。だからね、一緒に来た仲間たちを余興で占ってあげたことがあってねぇー、結構当たったんだよねー。あの玉、馬鹿にできないよー」
コテンくんは短い尻尾を軽く振りながら「占い玉の結果って、なになにを、なになにするーみたいなー、そういう感じでねー。似てる気がするんだよねー」と続けた。コテンくんの尻尾が、下にいるミーくんの顔にぺしん、ぺしんと当たってる。でもミーくんは耳をぴこぴこ動かすだけで全然起きない。どんだけ眠いんだ。
「似てるっちゃー似てるけど、“スキルは何ですか”いう占いで、あの結果は出んやろ」
「占うのが教会の人なら起動自体はできるでしょうけど、結果にバラつきが出そうですよね。神官の能力も教会によってピンキリでしょうし」
アズキくんとキナコくんが、それぞれ気になったことを声に出した。“ピンキリ”が何かは知らないけど、ニュアンスで言いたいことは分かるよ。
イヤだなあ、と思いながらなんとか僕も口を開く。
「バラつきは少ないと思う。スキルチェッカーを扱えるのは中央教会の神官長様だけで、わざわざスキルチェックの為に王都から全国を回ってくださってるからね」
「なんやと」
「そしてスキルを調べるのって、要するに、“職業を決める為に”やってるんだよね。だから……」
そこでみんなが声を揃えて、「あー」と言った。
……やっぱり、そういうことだよね。切ない気持ちになって先を言うのをためらってたら、アズキくんが言い切ってしまった。
「つまりスキルを調べてるつもりで、実際は国を挙げて“どんな職業が向いてますか”て【占い】をしてたわけやな」
マジかー……という気持ちでいっぱいだよ。
僕たちは【占い】で職業を決められてたのか。住む村まで指定されて。
今のところこの子たちの憶測でしかなく、スキルチェッカーが占い玉だと確定したわけじゃないけど、なんかもう、正解を聞いてしまった感がすごい。
神様が与えてくださったスキルが理由ならともかく、占いでミウナは王都に拉致同然に連れて行かれて、僕は冒険者になれって無茶を言われたんだと思うと、あ、頭がクラクラしてきた……。
「いやでもな、セイ。それやったら結局、取得済みの技能か、潜在的な才能に沿った内容の未来が出てたわけやから、スキルみたいなもんや!」
「そうですよ、未来の内容から逆に推測して、結果的にあれはスキルで合ってた、と言えます、言います!」
「神官長が教会で占ったんならさー、その内容は神様の思し召しと思っていいんじゃないかなあ!」
ありがとう、みんな。少し救われた気分だよ。……僕、そんなに悲しそうな顔してる?
『セイくん、よく分からない。職業を占ってセイくんは【会話する】という判断の難しいものが出たわけだよね。なのにどうして、そこから冒険者になれという指示になったのかな?』
ロウサンくんが少し声を落として『こう言ってはなんだけど、セイくんに向いた職業とはとても……』と続けた。気を使ってくれないくてもいいよ、百人中百人が「向いてない」って言うよ。一番に僕が言う。
「神官長様が調べてくださったんだけど、なにと【会話】できるのかさっぱり分からなかったんだ。まずそれを探すために、いろんな対象と接する仕事で、あと、過去に似たようなスキルが出た人が冒険者になったという前例があったから、じゃあとりあえずそれで……っていう流れだったよ」
『仕事の候補の一つ、というだけなんだね。だったら無理して危険な冒険者にならなくてもいいんじゃないかな』
「一応、冒険者っていっても僕は採取とか簡単なものをする予定らしいよ。それでも危険な職業のイメージがあるし、避けられるものなら避けたいけど、でも教会が指定した仕事に就かないと【籍落ち】になるんだよね……」
問題はそこなんだ。みんなにも【籍落ち】の内容を、思いつく限り伝えた。
そしてどうしたらいいかを相談……うーん、本当はもっと覚悟を決めてからが良かったけど、仕方ない。
話し終わると、みんなは黙って考え始めた。なんて言われるだろう……。
不安になってくる。そして、小さい頃の嫌な思い出が甦ってきた。
僕が年中組くらいの時だったかな。教会の先輩の嫌がらせの事で困ってたら、村のオッサンが相談に乗るぞーってやってきて。でもオッサンのアドバイスが、支部長を蔑ろにするようなやり方だったから、言われた通りにしなかったんだよ。
そうしたら「人がせっかく相談に乗ってやったのに、どうして言う通りにしないんだ」ってめちゃくちゃ怒られて、その後しばらく当たりがキツくなったんだ。あの時はしんどかったなー。ジンとコウが人目を気にしないタイプだったのと、チビたちが無邪気に懐いて来てたから、なんとか凌げたんだ。
でもオッサンが怒った気持ちも分からなくもないんだよな。
もし今、ここのみんなが籍落ちしたほうが良いって言ってきたとして、なのにやっぱり僕は教会に未練があるから籍落ちしませんなんて答えたら、じゃあなんで相談したんだってなるよ。
…………なるかな?
ここにいるみんなは人間じゃないけど、不思議なほど信頼できるというか。あのオッサンのようなことはしない、気がする。もっと理性的な対応な気がする。
どうだろう。
ミーくんを撫でながら考えてると、アズキくんが小さい手を上げて「俺から言うで」と。
「戸籍が無くなるっちゅーことやな。それはあかん。この場所自体は人の来れへん秘境やけど、それでも人の社会と完全に切り離されてるわけやない。国の助けが無い、いうのは思う以上に大変なんや。籍落ちは最終手段にしたほうがええと俺は思う」
次にキナコくん。
「ぼくもアズキくんと同意見です。行政サービスの全てが受けられなくなるのはダメです。実際に冒険者になってみて、まずは様子を見ることを勧めます。これは一意見として聞いてくださいね」
コテンくん。
「感情の話しになるけどねー、故郷に帰れないって想像よりも寂しいよ。でも実際に冒険者になるのはセイだからねー、ダメそうなら籍落ちしてもいいんじゃないかなあ。どっちにしても結論を急ぐことはないよー」
ロウサンくん。
『自分の意思で群れを離れることと、帰ることを許されないことは違う。セイくんの自由ではあるけれど、慎重に判断したほうがいい』
父熊さん。
『私のような何百年と生きてきたものでも、住んでいた山を離れることは辛かった。セイ殿はまだ幼い。ここに定住していただけるならば勿論心強くはあるが、セイ殿の負担になるような事は望んでいない』
キラキラさん。
『そうねぇ、冒険者っていうのは気に入らないケド。セイ少年くんが幻獣狩りをするようになるとはとても思えないものね。いっそ敵情視察として冒険者になるのはアリじゃないかしら? セイ少年くんに何かアブナイことさせるようだったらアタシがブチ殺してあげるわよん』
シマくん。
『オレはセイ兄さんに付いていくだけっす!』
ミーくんは寝てる。
すごい、予想と違って誰も籍落ちを求めてこなかったよ。それが僕を思ってのことだって、伝わってくる。
アズキくんが可愛い姿には不似合いな、まるで支部長みたいな妙に包容力のある雰囲気を出して、僕の膝に軽く手を乗せた。
「好き勝手言うたけどな、一番大事なのはセイがどうしたいか、や。期限があるんかどうかは知らんけど、ゆっくり考えたらええ。俺らもサポートするからな」
「アズキくん……」
ありがとう。期限は明日なんだ。
スキルについてはこの作品のみの解釈になります。
過去にいた、とあるチーレム錬金術師「俺がこの世界に持ち込んで広めた概念」
なお、年月と共に意味は変化していったもよう




