42.話し合い_根本的な誤解
ずっとここにいられるの、か。確かにね、これからの事を考えるなら早めに決めなきゃいけないことだよね。いくら、ありとあらゆることに弱気な僕でも“僕は特に必要じゃない”なんて、思わないよ。
ただ……やっぱりまだ【籍落ち】を求められた時に、それを今すぐに受け入れる覚悟ができてるわけじゃないんだよなあ。
うーん、と考えに沈んでたらアズキくんとキナコくんが慌て始めた。
「コテン、アホ……! 察しろや!」
「セイくん! 大丈夫です、いつまでも居ていいんですよ、セイくんはもう“ウチの子”ですからねっ」
「そやぞ、セイ、ずっとここにおったらええ。もしなんか事情があるんやったら言うてくれ、俺らが何とかする!」
「そうですよ、お師様のところには色んな事情の人がやってきましたけど、全部なんとかしてきました。残念ながら上に顔が利くお師様はもういないんですけど……でも一緒にたくさんの修羅場を乗り越えてきたんです、慣れてます、安心して任せてくださいっ」
「俺らは国家を相手にしたこともあるんや、ちょっとやそっとの事情なんぞ屁でもないわ。遠慮なく言うてくれ。……でもな、もし言うのが辛い内容やったら、無理せんでもええ。言えるようになってからでええからな」
「……ごめん、何の話ししてるのかな?」
君たちが何を言ってるのか、本当にさっぱり分からないんだけど。なぜかアホと怒られたコテンくんも「うわー、国家とか言ってるし……」って呟いて体を後ろに引いてる。
僕たちの様子がよっぽど変だからか、父熊さんが『私たちにも分かるように話してはもらえんか』と要求してきた。説明したいけど、僕も意味分かんないんですよね。
「あのですね、まず、コテンくんが僕に、ずっとここにいられるのかって聞いてきたんですけど」
『ピィッ? セイ兄さんここに住むんじゃないんすか!? オレはどこまでもセイ兄さんについて行くっすけど、ココって美味しい果物いっぱいあるっすよ!』
『セイ少年くん、ここに居られない理由があるの? それって、アタシが協力できることかしら? アタシは敵をブチ殺すことが得意よ』
『セイ殿はここに居るのでは無いのか? 他へ行ってしまわれるのか?』
みんなが騒ぎ始めた。リスくんたちも綿のような毛の中から顔だけ出して僕を見てる。キラキラさんはおとなしくしててください。
「というかですね、そもそも僕はロウサンくんに頼まれて、コテンくんの通訳として付いてきてただけというか。最初の予定では今日の夕沈み時までに元いた場所まで送ってもらって、僕は帰るはずだったんです」
キラキラさんと親熊さんには説明できてなかったかもしれないけど、アズキくんたちには言って……、あれ? 言ってなかったっけ? シマくんとの出会いからしか説明してなかったかも。じゃあ僕が元いた場所へ帰ることを知ってたのはロウサンくんだけだったのか……と見たら、ロウサンくんも微妙な雰囲気を出してる。なにその可哀想な生き物を見る目。
『セイくん、もし言いづらいことだったら言わなくてもいいんだけれど。その、セイくんには帰る家が、あるのかな?』
「ん? 家というか、帰る場所はあるけど……」
『そう……なんだね。俺はてっきり、その、セイくんは捨て子なんだと……』
「捨て子って?」
言った瞬間、全員にハッとした緊張が走った。え、なんなの。
捨て子ってなに? なぜみんな目をそらす……。困ってたらコテンくんが言いにくそうにしながらも教えてくれた。親に捨てられた子供のことなんだって。理由は、食べることにも困るような貧しいおうちが、子供の数を減らすためのことが多いって。
つまり僕は孤児だと思われてたんだね。とんでもない、違うよ。戦争も無いのにそんなひどいことしたら教会から処罰されるよ。だいたい子供はみんな成人までちゃんと教会が育ててくれるんだから、捨てる理由が無い。
でもアズキくんたちも僕のことを行き場のない子供だと思っていたらしい。どうしてそんな誤解をしたかというと。
ロウサンくん、『初めて出会った時、周囲に人間の集落が無い山の中で、しかも魔獣避けの結界の外にいたからね。実際魔獣に襲われていた。なのに同じ場所へ戻りたいと言っただろう? あんな小さな祠だけで人気の無い、危険な森の中に戻りたいなんて自分の意思とは思えなかった。だから、大人にここにいろと命令されて置き去りにされた捨て子か、生贄にされた子だと思ったんだ』
アズキくん、「子供ひとりだけで森の中を歩くようなんは、ほんまは異常やろ。セイ、ガリガリやし。食べさしてもらえんかったんやろな、どっかから逃げ出してきたんやろな、て思てた」
キナコくん、「やっぱり子供ひとりだけだったっていうのが大きいですね。それと、これまでお師様のところへやって来る子って、ワケありの子が多かったんです。トラブルを解決してそのままお師様の村の住民になる、までがセットだったので、セイくんも同じパターンなんだと思い込んでました」
コテンくん、「なにか事情がありそうだけど、言動も服装もしっかりしてるし、チグハグな印象の子だなーとは思ってたよー」
なるほど。違います。そして、根本的な誤解があるようです。落ち着いて聞いてください。
「僕、成人してます」
……「いやいや」じゃなくて。「またまた」でもなくて。嘘じゃないって! 何歳に見えてたんだ。……いや、いい、言わないで。なんか傷つきそう。
よーし、みんなにしっかり説明するよー。
僕は16歳の成人で、職業を決めるスキルチェックで【会話する】っていう意味不明なスキルが出たから冒険者になるよう国に指示されて、ギルドに登録しに行く途中でシマくんと出会って、そこからミーくんロウサンくんと会ってなんやかんやあって、ここまで来ました。オーケー? 「それはそれでツッコミ所が多すぎる」「全く理解不能」って、どうして。
「まあ待てセイ。16歳いうたら俺の中ではまだ子供で間違いないんやけど、とりあえずそれは置いといて、や。──スキルチェックの結果を元に職業決めるて、マジで?」
「マジで。もうずっとそうだよ」
アズキくんとキナコくんが見つめ合って、同時に首を傾げた。可愛い。コテンくんも「ボクも初めて聞いたよ、そんなのー」と首を傾げた。可愛い。
「んー、でもボクは結構長い間、結界の中で寝てたんだよね。だからその間にいろいろ変わっちゃったのかなー」
「それや! 俺らも結界でずっと寝てたんや。セイ、今何年なんや!?」
結界で寝てたって……、僕はそっちが気になるよ。
あ、ダメだ、アズキくん「ずっと気になってたんや」って興奮して、僕が質問できる感じじゃない。
何年って、えーと確か僕が子ども教室の年中組から年高組に上がった時に建国210年祭だったんだよ、なので……。
「3年前が210年だったから、今は213年、だね」
「そうか! ……キナコ、俺らが結界に入ったのって何年やったっけ?」
「入った年は分からないですけど、お師様が亡くなられたのは96年でした」
「ちゅーことは、差し引きは117年、か? だいたい100年くらい経っとる、いうことやな」
えっ、えええ、100年? そんなに長い間寝てて、体は大丈夫なのかな。
もっと深く突っ込んで聞きたいけど、みんなにも内容を伝えてるうちにタイミング逃してしまった。
「コテンは何年やったんや?」
「ボクはアスミ國の神使だから、この国が何年だったのか知らないんだよねー。ちなみにボクがこの国に来たのはアスミ國の年号で、朱碧999年だったよー」
「あーそうか、国によって違うんか。……すまんけど、アスミ國が今何年なんか知る手立てが無いわ」
「いいよー。だからボクは何年寝てたのか分からないけどね、でも体感的に100年以上は経ってるっぽい。身体が固まっちゃってるからねー」
ああ……コテンくんがなかなか動けないのって、そういうことなんだ……。まだ痛みがあるのかな、どうしたらいいんだろう。
心配してるとコテンくんと目が合った。両手を伸ばしてきたから誘われるように抱っこして、頭や背中を撫でる。
コテンくんは、ふふ、と笑って、「そんな顔しなくていいよぅ。セイたちが助けてくれたから、あんなに痛くて苦しかったのが無くなったんだ。ちょっと体が動きにくいくらい、どうってことないよ。すぐ治るよー」と小声で話してきた。なら、いいけど……。
アズキくんとキナコくんも100年以上寝てたはずなのに、あの子たちは元気だ。もちろん、良いことだよ。ただ、どういう違いがあるのかなって。
今もアズキくんが軽快に尻尾を動かして、たしんたしん床を叩いてる。
「100年、100年かー。結構変わっててもおかしくは無いけど、スキルで職業を決めるて、なにがあってそんなラノベみたいな事やるようになったんや……」
独り言みたいだったけど、100年前で思い出したから一応言っておこう。
「僕の村の長老がね、90歳超えてるおじいちゃんなんだけど、自分たちの小さい頃はこんなにスキル第一じゃなかったって言ってたよ」
「そうか。徐々に変わっていったんかな。うーん、100年も経ったら、そら社会の仕組みも変わるかー」
そして「江戸から昭和やもんなー」「明治から平成ですもんねぇ」と謎の呪文を唱えたあと、「あかん、今はセイの職業のほうが大事やな」と、可愛い顔をキリッとさせた。
「セイのスキルは【会話する】やったか? ほんまに意味不明やな」
「……本当にね……」
「スキルいうたら普通は【錬金生成、レベル99】とか、【法力付与、レベル85】とかやろ」
「……ん?」
「アズキくん、それは普通じゃないです。普通は【体術、レベル80】とか【薬草調合、レベル31】とかですよ」
キナコくん、それもおかしいよ。スキルって【植物をよく育てる】とか【剣を持ち旅をする】とか、あと【食材を調理する】とかだよ。
そう伝えたら、アズキくんとキナコくんが少しの間呼吸を止めて、同時に声を揃えて「──はぁ!?」と大声を出した。
「そんなアホみたいな名前のスキルがあってたまるかい!」
って、さすがにアホはひどくないかな……。




