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38.庭_シマワタリドリ


 シマくんは指先にとまって、僕の手のひらの上にある種三つを見ながらプルプル震えてる。


 あ、シマくんの尾羽と羽の先が薄茶色と白茶色に変わってる。そういえば周りに合わせて色が変わるって言ってたっけ。

 じっと見てると、色がゆるやかに絶えず変化し続けてるのに気付いた。茶系の複数の色の刺繍糸を束ねて、それを揺らしてるみたいな変わり方。所々濃い緑色もちらりちらりと覗くのが良いアクセントになってる。

 僕の髪がくすんだ薄茶色なんて地味なものじゃなく金髪だったら、シマくんの羽の色も金色になったのかなー。


『セイ兄さんッ、コレ、あっコレも、神樹の種ェエエエエ!!』


 シンジュ……神樹? 僕が知ってる神樹って【聖泉樹】だけなんだけど、他にも種類あったんだ、へー。考えてみれば神泉樹も神樹だね、多分。


「この種が神樹だってよく分かったね」

『そりゃ分かるっすよ! オレらは神樹の種を探して大陸中飛び回ってるんすから。──ピョウッ、コレ聖泉樹の種っす! めちゃくちゃ貴重なんすけど、ここ神泉樹がいっぱいあるから今となっては、“聖泉樹? ふーん“って感じっすよね』

「え、聖泉樹って、めちゃくちゃすごいんだけど……」


 聖泉樹って言ったらこの広いドゴナル国でもたった数本しか無くて、しかもどれも大都市の大きい教会が厳重に管理してるすごい樹だ。……というか逆だね、聖泉樹のある場所が大都市になったんだ。

 それぐらいすごい樹なんだよ、『んー、でも状態は良いっすねぇ』って、そんな軽くくちばしで突いていいものじゃない……んだけど。


 聖泉樹より神泉樹のほうが上なんだったっけ。でもなぁ……と、複雑な気持ちで庭の神泉樹を見る。

 実物は見たことはないけど、聖泉樹の写し絵は全ての教会に飾られてる。僕のいたヨディーサン村にも勿論飾られてた。

 その絵では、聖泉樹は豪華なお堂の中で、綺麗な台座の上から幹を伸ばし、枝から落ちる聖浄水はこれまた豪華で綺麗な装飾が施された水瓶に注がれてた。樹の大きさは、絵だから確かじゃないけど僕より低いくらいじゃないかな。優美な姿だった。


 それに比べてここの神泉樹は、土からドーン! とたくましく生えてて、枝も葉っぱも、これでもか! という勢いで伸び放題。そりゃただの水樹よりは派手めに光ってて別格感出してるけど、絵で見た厳かな雰囲気の聖泉樹より上と言われても……。


 うん、やっぱり丸いからってそんな風につついて転がして遊んでたらいけないと思う。シマくんから守るようにそっと指先で聖泉樹の種を抑えた。


 種を軽く隠されたシマくんは興味を他に移してくれた。そして次に三つの中ではやや大きめの丸い種を見て、ぴょんっと跳ねて高い声で絶叫した。


『ンッピョウウウウ! コレェッ、この樹の花の蜜はめっちゃくちゃ甘いんす! 神気もいっぱいでめちゃうまで、みんな欲しくてたまらない憧れの神樹っすよ! でも残念ながら種になる花が少ないんすよね、しかもッ』

「しかも?」

『種が大きくてオレたちには飲み込めないんす! 口が裂けるっすー!』


 シマくんのくちばし、ちっちゃいもんねぇ。種の大きさ自体は小指の爪の半分くらいだけど、シマくんが飲み込むのは無理だろうな。

 ところで少し落ち着こうか。その賑やかな性格でよく今まで静かにしてられたね。


『あのデカイのの前に出る勇気なんかないっすよお。でもほら、今は誓いも立てたんで! もういいかと思ったっす。なによりこの神樹の種祭りにおとなしくなんかしてられないっすよ!』

「そんなに嬉しいんだ。神樹の種って美味しいの?」

『ピッピッピッ、神樹の種は、食べるために飲み込むわけじゃーないんすよー』

「うん?」


 飲み込むのに食べない? どういうことなんだろ。

 忙しなくぴょこぴょこ跳ねてたシマくんは『よいしょ』と言って僕の手のひらの上に座った。騒いで疲れたのかな。

 座ると元から丸かった体が更にまん丸になって、お皿に盛った白乳クリームみたいだ。可愛い。ふかっと軽く暖かい感触に顔がニヤける。

 だから気持ちは分かるけど、ロウサンくん近過ぎるよ。あと鼻息、荒いよ。


『オレたちは自分の巣になる樹を種から育てるっす。一生住む樹っすからね、妥協はしないっすよ!』


 え、種から? とんでもない長期計画だね……。実は結構寿命の長い種族なのかな。


『出来るだけ仲間が巣にしてる樹とは違う種類の神樹にしたいんすよね。より良い樹を狙いたいっすもん。でも神樹っていうのは種が出来にくいんすよ。しかもどんどん数が減ってきてるっす。さらに! 目立つ神樹の近くにはオレたちを狙う兄さんに似た姿の、怖い生き物がいっぱいいるっす』


 あー、人間か……。確かにシマくんの羽は綺麗だけど、こんな小さい無害な子を殺してまで手に入れたい気持ちは理解できないな。『あっ、セイ兄さんは怖くないっすよ!』と言ってくれるシマくんの頭を、そっと指先で撫でる。羽だけなんかより、生きて動いてるシマくんのほうが何倍も可愛いし綺麗なのにね。


 気持ち良さそうに目を細めて、シマくんの白いボディが溶けたように更に広がった。ふくふくしてる。

 それを真横で見ていたロウサンくんが『さすがだね』と感心したように呟いた。なにが?


『数回撫でるだけで生き物を脱力させるセイくんの撫で力だよ、すごい能力だ』

「なでりょく……」

『もしかしたらセイくんは【白輝の手】の持ち主なのかもしれないな』

「はくきの手って?」

『生き物の心を癒す力がある手のことだよ。元からなのか、ここへ来て開花したのかは分からないけれど素晴らしい能力だ。鍛えればより精度も高まるよ。修行の為に俺をもっと撫でると良いんじゃないかな』


 ロウサンくんが大きい顔をぐいっと近づけてきた。はい、眉間が良いですかアゴの下がいいですか、眉間ですねー、ごしごし。


 僕の手にそんなすごい能力が……、あるかなあ? 怪我を癒すならともかく“心”って本当に効果があるのか分からないし、微妙だよな。単にロウサンくんが撫でて欲しいだけな気がする。ロウサンくんが望むならいくらでも撫でるよー、よーしよしよし、よーしよしよし。


 シマくんがハッとしたように体を震わせた。『ンピィッ? ピピッ、寝てたっす……』って伸びをするように羽を広げる。おはよう。


 『どこまで話したっすかね、イチから全部語るっすかね』


 また最初から説明始めるんだ? いいけど、長くなりそう? いや、いいんだけど。


 あっ、この流れだったら僕の頭の上に落とした例のアレについて聞けるかも。


 そうして何故か始まったシマくん一族──シマワタリドリ──の習性の説明によると、彼らは自分の巣となる神樹の種を探し求めて森から森、山から山、島から島へと旅をして飛び回るそうだ。

 だけど神樹があるのは人の多い場所か、逆に生き物がなかなか辿り着けないような秘境にあることが殆どで、しかも神樹自体を見つけられても種は出来てなかったり、飲み込めない大きさだったりで難しいらしい。


 だけどシマくんは幸運に恵まれて神樹の種を見つけられていた。おめでとうございます!


 それで種を飲み込んで、今度はそれをまく場所探しの旅に出るんだそうだ。ちなみに、神樹の種は飲み込んでも食べる種とは違うところへ入っていくみたい。ここらへんはシマくん自身もよく分かってないって。僕も自分の食べた物が体内でどうなってるかなんてよく知らないしね。


 種をまくのは“一生の住処”となる場所になるわけだから、理想は、神気が多くて、綺麗な水場が近くて、美味しい花の蜜や木の実もあって、景色がよくて、何より安全な場所! って、そんな所あるか……?

 シマくんは、『種を飲んでからが、本当の勝負の始まりっす』と重々しく言った。お疲れ様です……。


『やっぱり一番大事なのは神気があることっすね! 神樹の種は神気の強いところじゃないと育たないんす』

「神気がある場所って少なそうだね」

『そうなんす、少ないんすよ! 赤い山のほうに神気の気配があったから、ずっとあっちで探してたんす。でも気配はするのにどれだけ飛び回っても全然見つからなかったっす。絶望だったっす……」

「赤い山?」

『ここより暖かい場所にあったっすよ、大きくて赤い山っす。赤い山の周りを飛べども飛べども見つからない、そんな時! 黒い山のほうに神気の気配をピピッと感じ取ったんす! それでピィピィ言いながらこっちまで飛んできたんすよー!』


 赤い山ってどこだろう。暖かい場所って南のほうだよね、違う国にあるのかなー。雲熊さんがいた白い山も違う国だし、みんな遠くから来たんだね、大変だっただろうな……。


『でもこっちでもなかなか見つからなかったっす。必死に探し飛んでたら、アレっすよ、あのグニャグニャに捕まったんす!』

「あー、ひどい状態になってたね」

『もうちょっとで死ぬとこだったっすよ! セイ兄さんが来てくれなかったらオレは……。オレの命はセイ兄さんのものっす!』

「重いよ。気にしなくていいから、ね?」

『そうっすか? じゃ気にしないっす』

「…………」

『でもセイ兄さんはオレの巣っすから、命預けるのに変わりないっすね!』

「……はい?」


 ちょっと、そこを詳しく。今まで丁寧に説明してたのに、一番大事な内容を雑にすっ飛ばして結果だけ言うってどういうことなんだ。


「どういう流れで僕がシマくんの巣になることになったのかな?」

『言ってなかったっすか? 助かった喜びの勢いで、セイ兄さんの頭の上に神樹の種をプリっと出したんす』


 プリっと……って、やっぱりアレはフンだったんじゃないか! いや待て、それよりも僕の頭の上に神樹の種がまかれたってことは……。

 父熊さんと、その頭から生えてる樹ぃちゃんをバッと振り返って見る。つまり、僕もああなるってことか!?

 僕が見てることに気付いた樹ぃちゃんが、枝をわっさわっさ振って応えてくれたから僕も手を振り返す。樹ぃちゃんは可愛いけど、でも自分の頭頂部から木を生やすのは抵抗あるよ、ごめん……!


『さすがに頭の上に樹は生えないっすよ! 多分』

「多分ってなに!?」

『いやー土じゃないとこに種を落とすことってあんま無いっすからね。でもまあ大丈夫っすよ、セイ兄さんの頭に落とした種はどっかいっちゃったっす』

「えっ、それはそれで。シマくんが頑張って探した種だったのに……」


 あれ? 神樹の種をまいた場所が巣になるなら、種がどっかいった僕の頭はもう関係ないんじゃ?


『セイ兄さんの頭の上に落としたのは神樹の種だけじゃなかったんす。【神気冠】も落としたんす』


 神気冠……そういやあの時、シンキなんとかーって叫んでたっけ。


『神樹の種そのものは、実は何回でもやり直せるんす。土に落としても芽が出てこないことがあるっすからね。ある程度育って、これを巣にする! って決めたら、生まれた時からずっと神気を溜めてた神気冠っていう特別な羽をその樹に与えるんす。そしてこれはオレの樹! って主張するんす』

「……その神気冠って、一つしかない、とか……?」

『さすがセイ兄さん、その通りっす! やり直しは効かないっす。一つしかない神気冠を与えたからセイ兄さんはオレの巣なんす!』

「えええ……」


 そこでどうして胸を張れるのかな。真っ白まん丸でとても可愛いけども。


「樹じゃないのに巣にして大丈夫なの?」

『今までにも樹以外に神気冠与えたウッカリ鳥はいたっすよ! 少ないっすけどー』


 バカっすよねーってシマくん、君もだよ、自覚を持とう。


『失敗したヤツもたまにいたっすけど、オレはセイ兄さんで大正解だったんで! 今はもう無い神気冠がぐんぐん伸びる気持ちっすよ!』

「僕は神樹じゃないのに?」

『神樹を選ぶのは神気を出すからっす。セイ兄さんは神気出してるんで全く問題無いっす!』

「いやいや、その神気ってここで浴びてるからだよね。今だけだし、それならここに……」

『今だけじゃないっすよ、神気冠の神力が馴染んだっすからね、これからずっとセイ兄さんは神気を出し続けるっす!』

「──ん?」


 んんん……?


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