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37.庭_蒼雲白天毛


 今洗い終わってあるのは小さいカゴ三つと中サイズ一つ分の子熊くんの毛。子熊くんでも……蒼雲白天毛だっけ、それに変わりないよね。


 最初に樹ぃちゃんたちが作った小さいカゴ──だいたい洗面器サイズ──三つは、リスくん三家族それぞれに渡した。“家族だけで住む家”っていうのは寝る時にくつろぐ為にあるものだから、教会の食堂や集会所みたいな日中みんなで集まれる場所も必要だよね。

 だからこの中サイズ──洗い桶くらいかな?──のカゴもリスくん一族に渡すつもりだったんだけど。


 今すぐ要るものじゃないし“リスくん集会所カゴ”は後で用意することにして、まずはこれをコテンくんたちに渡そう。


 でも本気で、毛だけもらってもどうしようもないと思うんだよね。もしかしたらこれ一つで満足するかも……?


「子熊くんの洗った毛が入ってるから、このカゴ、ここに置くね」


 コテンくんの前に置いたら、アズキくんとキナコくんがカゴを囲むように素早い動きで移動した。


「これが、あの(・・)、蒼雲白天毛なんだね……」

「めっちゃ綺麗やな、やべぇ」

「……アズキくん、コテンくん、気が付いていますか? これが、ただの蒼雲白天毛ではない、ということに」

「どういうことや」

「いいですか、ただでさえ蒼雲白天毛は希少かつ貴重、もはや国宝レベルです。だというのに、これはなんと」

「……なんと?」

「神浄水で洗われ、神虹珠で起こした炎の、神の加護と神気がたっぷり含まれた風で乾かした、激レア蒼雲白天毛なんですよ……」


 三人から、ゴクリ……という音が聞こえた。

 アズキくんとキナコくんが、わー! と声を上げて興奮してぐるぐる走り回り「待て待て、手を洗ってから触ろう!」「コテンくんには濡れたタオル持ってきますね」と騒ぎ始めた。あ、軽く絞ったほうがいいだろうし僕が持ってくよ。……はいどうぞ。

 でもその毛を切ったのって君たちだよ、今更そこまで気を使わなくてもいいんじゃないかなぁ。あ、聞いてないね。


「よし! よし! 心の準備はええか、せーのでいくぞっ」

「うん、せーのだね」

「オッケーですっ」

「セイもほら、こっちこっち!」

「えっ、僕も?」

「当たり前やろ、いくでぇ、せーのっ」


 みんなでタイミングを揃えて一斉にカゴの毛の中に手を突っ込んだ。僕はこの白天毛を触っても今更どうとも思わないけど、短いモフ足を精一杯伸ばして綿みたいな白毛に入れてるみんなの可愛らしさには心が震えた。ほんと可愛い。


「……うわー、未知の感触だね!」

「なんぞコレ! フワフワでありながら、しっとりとした柔らかさと確かな弾力もある。絶対的な安心感と、絡め取られるかのような魅力という名の拘束力も同時に感じる……これはまさに、優しさの牢屋や!」

「前足が幸せですぅー」

「触り心地良いよね」


 それにしてもアズキくんの言ってる内容はだいぶおかしい……。優しい牢屋ってなんだ。

 まあ、確かにふんわりふわふわで気持ち良いよ。でも僕としてはこれよりも生きてる子熊くんのほっぺたの毛のほうが断然良いと思う。もっと毛が伸びたら、みんなにも触らせてもらえるよう頼んでみよう。


 っと、親熊さんを放置してた。僕はあっち行ってくるね。

 キラキラさんが自主的に水をかけてくれてたみたいだ、さすが。


「ごめん、ありがとうキラキラさん」

『いいのいいの、アタシ楽しくてしょうがないのよ! そこに山盛りになってる雲熊の毛も洗ったげるわ』

「でも量多いから、さすがに……」

『だぁいじょうぶよぉ。神浄水に全身浸かったのよ? しかも加護を二つも頂けたんだもの、力が有り余ってるのよ! 運動しないと太っちゃうわ、ウフ』

「えーと。──大丈夫、キラキラさんは綺麗で……だし、そんな太ることを気にするような体型じゃないよ、それに例え太ってもキラキラさんならきっと綺麗なままだよ」

『やっだぁ! うまいんだからぁもうっ。張り切っちゃう!!』


 今のは、教会のおばちゃんが体型の話を振ってきたらこう返せってジンに教えてもらったセリフだ。ちょっと噛んじゃったけど、喜んでいるから合格だよね、助かった。体型の話題の返しで失敗すると、後々の生活に影響するから絶対にしくじるなよ、って念を押されてたんだよ。

 でもミウナに言ったら「女遊びする悪い男が言いそうな言葉だよね、ケッ」って返されたんだよなぁ。


 親熊の毛を入れた大カゴをロウサンくんが神泉樹の近くまで運びつつ浮かせて、キラキラさんが『ドゥルルル!』って謎の声を上げながら恐ろしい勢いで洗っていく。お、おおお、怖くて近寄れない。うっかりあの水に当たったら皮膚がえぐれそうだ。


 生身の親熊はマイペースに、玄関前でゆっくり回転するように動きながら、まんべんなく体を乾かしてた。

 わ、めちゃくちゃ綺麗になってる。ていうかね!


 もう本当に空そのものだよ、すごい……!


 胴体の青いところは、鮮やかで優しい空色。その上を首元から白い色が、穏やかに流れる雲のようにゆったり動いていく。

 春ののどかな空の景色そのものだ。爽やかな風まで感じられそうなほど。

 吸い寄せられるように近づいてしまう。


「あの、触ってもいいですか?」

『……光栄だ。如何様にもされると良い』

「ありがとうございます、失礼します」


 座り体勢で両腕を広げてくれたから、父熊のお腹の上あたりをそっと触った。


 うっわ、うっわ、すっごい!! もっふぁあああって感じだ。うわー、とろけそう。


 欲求に負けて、僕も腕を広げて抱きつく。体の前半分が埋まった。ふおおお、包み込まれるー……。

 これは、ただ気持ち良いだけじゃないな。

 例えば子供の頃に、空を見上げて“あの雲の上に乗ったらこんな感じかなぁ”って想像してた通りの、いや、それ以上の感覚なんだよ。感動して泣きそう。ふおおおおお。


「すごいです……。このまま寝そう。でもここで寝たら起きられなくなりそう……」

『我々は寝床にしていたが、しっかり目覚められていた。心配は無用だ』

「寝床に?」

『山によく切れる石があった。それで伸びた箇所を切り、集めて寝床にしていた。腰痛肩凝りに効果があるのだ』

「腰痛肩こり」


 突然の現実的な内容に、半分寝てた意識が一瞬で覚めた。え、熊って腰痛あるの?


『私は背中に樹がいるからな。仰向けにはなれんし、寝返りも打てん。首の後ろに樹がいた仲間は、迂闊に振り返ることもできんと言っていた。故に体の節々が固まる。だが集めた毛の上ならば痛みを感じず眠ることができる』

「なんか……すごいですね」


 生えてる状態の毛では効果ないのか、あるからその程度で済んでるのか。でも痛みを感じなくなるのはすごいな。

 さっきから僕、“すごい”しか言ってないな。


 ……あっ、じゃコテンくんに雲熊さんの毛で寝床を作ってあげよう。

 コテンくんはまだ体がうまく動かないみたいだ。ロウサンくんが連れてきた当初の子熊くんのほうが状態が悪そうに見えた割に、あの子たちはすぐに元気に走り回れるようになったんだけどなぁ。


 うん、作ってあげよう。……名残惜しい。もふもふ。でも意志の力で体を離す。ありがとうございました、またお願いします。もふもふ。……くっ。


 と、振り返ったらすぐ近くにロウサンくんが座っていた。僕と目が合うと、アゴを上げて胸を張った。ん? なにかな?


『セイくん、俺も綺麗になったよ』

「うん、綺麗だよ! 輝いてるよ」

『俺の胸の毛並みも、良い厚みを持っていると自負しているよ』

「うん? うん」


 胸のフサ毛をぐいぐい見せつけてくる。これは……。


「えーと、抱きついてもいいかなぁ?」

『勿論だよ。ついでに撫でてもいいよ』

「ありがとう」


 ダメだ、笑いそうになった。ロウサンくん可愛いなー。

 首回りに抱きついて、撫でまくる。うおおおお、ふわサラー!


 ロウサンくんの胸毛は父熊の腹毛とは違う不思議な気持ち良さがあるな。

 元気になるというか、気分が高揚するというか、うーん……なんでも出来る気になってくるというか……。“そんな気になる”だけで、実際の僕はチビで非力なままなんだけどね。


 あ、毛束が出来てる。モサついてるところを梳くように撫でたら、結構毛が抜けた。あ、こっちにもモフ玉ができてる。片手で撫でて、抜け毛をもう片方の手に溜めていく。この毛、キラキラしてて捨てるはもったいないなー。これもついでに混ぜてみよ。コテンくんが元気になるかも。

 やっぱり意志の力で体を離す。ロウサンくん、ありがとう、また撫でさせてね。


 樹ぃちゃんたちがたくさん作ったカゴの中に、脱衣カゴくらいの大きさのものがあったからそれをもらって、洗い終わってる部分の親熊の毛を入れる。玄関先で乾かしてロウサンくんの抜け毛も混ぜた。

 上にタオル載せたほうがいいかなぁ。


 キュキュ、ププッと声がして見ると、リスくん全員がそれぞれのカゴの毛の上に立ってた。『こっち』。来いってことかな。いいよ、なにか欲しいものでもあるの?


 両前足を僕に向かって伸ばしてきたから、誘われるように僕もリスくんに手を差し出すと、ぴょんと飛び乗ってきた。ちっちゃい足が手のひらの上でくすぐったい。他のカゴにいたリスくんたちも各家族を代表して一匹ずつが乗ってきた。

 元の体が小さいから、みっしり体を寄せ合って僕の片手の上に三匹収まった。


『……可愛い……』


 ロウサンくん、近いよ。リスくんたちは口の中から、なにかの種かな? 細長いのやら丸いのやらを一個ずつ出して、僕の手のひらの上に置いた。


『巣のお礼』

『味はマズイけど、良い種』

『またよろしく』


 言うだけ言って帰って行った。別にお礼なんていいのに。でもなんの種だろ、見たことない形だ。


「ンピィ────ッ!?」


 な、なに!? 突然耳元で大きな音がしてビクッと体がはねた。えっ、今のもしかして、シマくん?

 僕の髪の中に隠れるように埋もれてずっと無言だったシマくんが、落ちるように手のひらの上へ移動してきた。そして、絶叫した。


『神樹のタネェエエエエエ!!!!』


 え? なに? 声が大き過ぎて聞き取れなかったよ、なんて?


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