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36.庭_親熊の毛刈り


 子熊くんの真っ白ふんわりになった毛が入ったカゴを持って親熊のところへ行く、その途中で本物の子熊くんたちが転がるようにコロコロと僕に走り寄ってきた。

 しゃがんで子熊くんたちに見せてみる。ほら、これが君たちの毛だよー綺麗だねー、使わせてもらうね、ありがとねー。


 子熊三兄弟が目をきらきら輝かせて、『きれい!』『うまそう』『ふあふあー、しゅごぃ』とカゴに手を入れてはしゃいでる。ヘイ、真ん中の子、食べようとするのはやめなさい。お腹空いたんなら木の実も洗えたようだし、あっちにしとこうね。子熊くんたちは跳ねるように親熊のところへ走って行った。子熊くんたち自身の毛も伸びてきたらこれぐらいふわっふわになりそうだけど、あの子まさか兄弟をかじったりしないだろうな……。


 想像で心配してると、子熊くんが戻ってきた。どうしたの?


『あのね、これにーたんに。どーじょ!』


 ツルツルした木の実を二つ僕にくれた。これは君たちの大事なごはんだから、僕はいいよ、気持ちだけありがとうね。……うん? 本当にいいの? じゃあ、もらうね。

 他の子熊くんまでどうぞしてくれた。六個の木の実を胸ポケットにしまう。実のまま残しておくべきか植えるべきか……迷う。

 

 さて、リスくんお引っ越し説得チャレンジだ。上手くいくといいな。


「リスくん、さっき一度外へ出てすぐお腹の毛の中に戻ったリスくん、聞いてください。今から親熊さんの毛を切るから、中にいるととても危険です。ここに毛の入ったカゴを用意したので出て来てください」


 父熊のお腹に向かって真剣に話しかける。側から見てると何してんだコイツって感じなんだろうな。


「リスくーん、出て来てくださーい。僕たちは何もしません、怖くナイヨー大丈夫ダヨー」


 ……反応無し。やっぱりダメかー。野生動物がそんなに簡単に言うことを聞いてくれるわけないよね、じゃあ次はエサで釣ってみようって、出てきたわ。びっくりしたわ。


 大きく広い父熊のお腹から、リスくんの豆粒みたいな小さい顔だけがぴょこんと出てる。

 僕がカゴを持ってると警戒して移ってきてくれないだろうし、親熊に渡……す前に飛び移ってきた。意外に警戒心の無い子だな、逆に心配になるよ。


 金色のリスくんはカゴの毛の中に潜って、出てきてまた違う場所に潜ってを四回くらい繰り返した。


『安全、快適、臭くない、綺麗、最高。移動』


 リスくんが言うと、父熊の肩のあたり、そして胸のあたりから違うリスくん二匹がぴょこぴょこっと出てきた。

 ……えーと、親子か兄弟かな……。そうかー、一匹とは限らなかったかー。


 三匹のリスくんがカゴに入って『ここ臭くない』『臭くない、最高』って連呼してるんだけど、これは親熊には伝えちゃいけないやつだな。今まで魔障気の森にいて水浴びどころの話しじゃなかったんだから仕方ないことだよ。


 母熊のほうから、キュキュッというかププッというか、高めの鳴き声が聞こえた。まさか……と見ると、やや色が濃いめの金色リスくん三匹が母熊の頭の上に並んで立っていた。


 ……あー、違う一家が住んでましたか。『うちのも』。はい、分かりました。


 樹ぃちゃんたちが多めにカゴを作ってくれてて、ちょうど良かったよ。ついでだから小さいカゴ二つと大きめのカゴ一つに子熊くんの毛を入れて洗ってしまおう。ロウサンくん、キラキラさん、お願いします。


 樹ぃちゃんたちは何が作りたいのか、今は全員で協力して親熊が入れそうなくらい大きなカゴを作ってる。神力大丈夫? 大丈夫ならいいけど。


「ここまで縦横無尽に枝がうねうね動いとるとアレやな、アレな妄想しかできんから、これで何が作れそうとかそういう考えが今はできんわ」

「アレって?」

「夢の触手プ」


 不自然に言葉が止まった、と思ったらアズキくんがキナコくんにどつき倒されていた。


「子供になにを言うつもりですかっ」

「だって!!!」

「だってじゃありませんよ!」


 うん、“しょくしゅぷ”が何かは知らないけど、ろくでもないことなんだな、ということは分かった。

 キナコくんが尻尾でアズキくんをべしんべしん叩いて「アホなことを考えてる暇があるならさっきの枝でもっと鋭いナイフ作りましょう」と提案して、トゲトゲの木へ。すぐにナイフ作りに夢中になるアズキくん可愛いよ。


 リスくんはせっせと引っ越し作業を頑張ってる。父熊の毛に潜って頬をぱんぱんに膨らませてカゴへ移動、中身を出してまた腹毛へと。


 迷いなく潜ってくね。もしかして木の実の場所、正確に分かってる? 教えてもらっていいかな。

 リスくんが『ここ』と鼻先でつついた場所を伝える。親熊が手を突っ込んで出してみると、手のひらの上にたくさんの木の実が乗っていた。次はここだそうです。

 リスくんも一つ二つ残ってる実を、自分たちは食べないやつだからと外へポイポイ放り投げて手伝ってくれた……。扱いが雑ぅ。


 母熊に住んでたリスたちも引っ越し完了。


 ……三つめの小さいカゴも欲しい? いいけど、何に使うんだろう。

 父熊在住だったリスくん一匹が、母熊在住の一匹の前に行って、口から種を出して渡した。


『一緒に住も』

『いーよ』


 そうして二匹は一緒に三つめのカゴの毛の中に潜って行った。マジか。もしかして君たち、このタイミングで結婚したのか。お、おめでとう。というか、君たちはこのままカゴを巣にするつもりなのかな。


 ……まぁいいや。リスくん、他の生き物は住んでない? 君たちだけなんだね、じゃあやっと、やっと! 親熊の毛刈りを始めるよ!


 アズキくんキナコくんが広い範囲をザクザク切って、その後に細かいところを僕が整えるんだね、了解。

 切った毛を入れる大きい袋とかあるかなー。え、樹ぃちゃんたち、その力作をくれるの? 確かにその大きさのカゴなら余裕で入るよ、ありがとう。


 じゃあ僕たちが作業してる間、ロウサンくん、ちょっと。

 子熊三兄弟を木の陰から凝視してるロウサンくん──怖がらせないようにという気遣いなんだろうけど、かえって怖いよ──あのね、洗おう。

 上からキラキラさんに水をかけてもらって、ロウサンくんも綺麗になろう。『俺のことは気にしなくていいよ』じゃなくって。長らく洗ってない感じなんだよなー。本人には言えないけど、やっぱり埃っぽいし獣臭いし、まぁ、寄生虫的なものも一応ずっと警戒してるんだよ……。


「ロウサンくんが神浄水で綺麗になったら、もっと全身撫でまくれるよ」

『…………、あっちに大きい神泉があるから、水浴びしてくるよ……』

「背中もちゃんと浴びてきてね。そこの玄関前に座ったらすぐに乾くから」

『…………わかった』


 確かにロウサンくんの大きさでキラキラさんに全身頼むのも悪いよね。帰ってきたら仕上げに上からかけてもらうくらいにしておこう。


 あ、だいたい毛刈りできたみたいだ。じゃあ今度は僕がアズキくんの尻尾で顔周りと樹ぃちゃんたちの根っこのあるあたりを、気をつけながら切っていこう。


 親熊の毛は青空そのものみたいな毛並みだけど、切ると青いところも白色になるんだね。不思議だねぇ。子熊くんの毛よりもみっしりしてるから、逆に小石や小枝の入り込みは少ない。ただ切った後の毛の膨らみようがすごい。カゴに山盛りになってきた。


「──ん、こんなものかな。どうですか?」

『随分と身体が軽くなった。有り難いことだ』

「悪くなってたところは切り落としましたけど、ちゃんと洗ったほうが良いと思います。ロウサンくんみたいに、水浴びしてからキラキラさんに仕上げてもらいましょうか」

『願ってもないことだ。よろしく頼む』


 ロウサンくんの案内で、大きめの神泉に父熊母熊はのっしのっしと歩いて行った。


 ちなみに水浴びから帰ってきたロウサンくんは、顔は浴びなかったんだな、と分かる色をしてたからやっぱりキラキラさんにお願いした。ほぼ全身真っ白なのに、首から上だけ灰色だったんだ……。

 キラキラさんの水を浴び、玄関前の暖かさで乾かして分かったんだけど、ロウサンくんの毛並みは実は白色じゃなくて白銀色だった。内側からほのかに光ってて、思わず拝みかけたよ。ちょっと感動した。

 親熊たちもきっと感動するくらい綺麗になるだろうな、楽しみ。


「後片付けするよ。この切った毛、量があるしどこに捨てたらいい……」

「捨てるっ!?」


 コテンくんが何故か悲鳴を上げた。このまま捨てるのはマズイってことかな? 袋に入れ直そうか。


「ちが、セイ、ちょっと、ちょっと」

「なに? どうしたの」

「ちょ、ちょ、こっち来て。あのね、多分なんだけどね、それ。……蒼雲白天毛じゃないかなぁ?」

「そううんはくてんもう」

「うん、確信はないけどー。蒼雲白天獣って言ったら希少な幻獣神獣の中でも更に幻みたいな生き物だしね」

「そうなんだ?」

「うん、北の方角に大きい白い山があって、あの黒い山みたいに普通の生き物では行けない特殊な場所でね。その頂上付近から年一回、気候の条件が合った時だけ道が出来て、その先にいるって言われててー」

「へー、年一回だけなんだ」

「うん、だからほとんど伝説っていうかー。白天毛で作った布があるから実在はしてるだろうって言われてるくらいでねー」

「なるほど」

「ボクも本物なのか自信ないんだー。でも、身体から木を生やし、空を写し取ったかのような毛並みを持ち、森の木を操る能力を持った白獣って、もう特徴そのものズバリだからね……」


 キラキラさんは雲熊と蒼樹って呼んでたけど、特徴が一緒なら同じ生き物なんだろうな。僕も会話できなかったら蒼樹が独立した生き物だって気づかなかっただろうしね。


 で、その毛がどうしたんだろう。


 よく分かってない僕を置いてけぼりにして、コテンくんとアズキくんキナコくんが顔を寄せ合ってヒソヒソ声で話し始めた。


「蒼雲白天毛って聞いたことあるで。アホみたいに高い布の素材やなかったっけ」

「アズキくん、少し違います。高級素材なのは間違いないんですけど、正確には“どれだけお金を積んでも売ってもらえない”類いのものです……」

「うん、王族に献上されて一般には出回らないだろうねー。ボクもシュリ様に献上された蒼雲白天毛を一部使った狩衣と扇子を見せてもらったことがあるけど、普段は宝物庫に保管されてて、大事な祭礼の時にだけ使われてたよー……」

「一部って、あれか、レーヨン90パー、カシミヤ10パーのカシミヤの扱いやな」

「蒼雲白天毛を少しでも使って作られた布は、着用した人にとって一番快適な温度に自動的に調整されると聞いたことがあります……」


 ああ、夏は涼しく冬は暖かいって樹ぃちゃんが言ってたあれね。

 つまり、とても貴重なものだから捨てるのはもったいないって言いたいのかな。


 うーん、刈り終わったあとの毛だし、もらってもいいか聞いてみようかな。シマくんの羽と違って、毛だけのことだしね。

 なんて言ってるうちに帰ってきた。


「おかえりなさい。あのーお願いがあるんですけど、この切った毛って少しもらってもいいですか?」

『勿論だとも。むしろ許可を求めてきたことに驚いている。人間は我々の毛皮を欲しがっていた。価値があるものなのだろう。故に、元より刈った毛は全て貴方に献上するつもりだった。助けていただいた礼でもある。好きになされよ』

「ありがとうございます。──親熊さんがこの毛全部くれるって」

「マジかぁああ!」


 めちゃくちゃ喜んでる。でも、この毛から糸や布にする技術なんて僕には無いよ。もらってどうするんだろう?


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