35.庭_火の神様の加護?
アズキくんが、今はモフサラで可愛いだけの尻尾で地面を、たしん、たしんと叩きながらうーんと唸った。
「ここにいるヤツらの能力フルで使たら、どえらいもん作れそうやけど、俺らでは頼めへんしな」
「そうですねぇ、“セイくんのお願いだからやってくれてる感”がしますもんね」
「それな」
あ、そうか、他のみんなに頼みたいことがあっても、僕が通訳しないと聞いてもらえないよね。ダメだなぁ、僕からちゃんとみんなに言わないと。
まず、ここはアズキくんキナコくんのお師様の家の庭で、樹ぃちゃんたちが使った木も、キラキラさんが吸った水も、“使わせてもらってる”わけだし、親熊の毛刈りもお願いしてある。この子たちには特にちゃんとお礼をしなきゃいけないんだよね。こういうことにもっと早く気が回るようにならないとなー。こんなんだから僕は村のおっさんたちに「鈍臭い奴」扱いされるんだ……。
僕からのお礼の方法は後でちゃんと考えるとして、とりあえず他のみんなに頼みたいことがあったら伝えるよって──。
『セイ少年くん、すっごく綺麗になったわよ! 見て確かめて褒めてちょうだい!』
言おうとしたタイミングでキラキラさんから声がかかった。せっかく頑張ってくれたんだから先に行かないと。すぐ見に行きます!
空中に浮いてるカゴの中を見ると、子熊くんの毛がそれはもう真っ白に美しく輝いてた。うわー、良い仕事なさいましたねぇ! なかなか取れなかった石と小枝も無くなってる。底に少し残ってたゴミも、軽く振ったら落ちてった。
「めちゃくちゃ綺麗になってる、完璧だよキラキラさん、ありがとう!」
『オッホホホホ! 綺麗にすることならアタシに任せなさーい、オーホホホホ!』
回転しながらどんどん高く飛んでいくキラキラさん。足から出てる神浄水が強めの雨みたいに僕にかかって、頭なんかはだいぶびしょびしょに……。いいんだ、どうせこの子熊の毛も乾かすつもりだったからね……。
「キラキラさんって、すごい勢いで水を出せるんだね」
『ウフフ、岩に穴を開けることも出来るわよーん』
「す、すごいね。でもカゴは歪んでないんだね、そういう調整もできるんだ?」
『残念、さすがにそこまでは無理だわー。そのカゴが丈夫なの。元になった木、アレね、あの木の枝がとっても堅いのよ』
カゴの元になった木を見る。細い枝からたくさんの紐のような細さの枝が伸びて、更にそこから針みたいな細い枝が伸びてっていう、葉よりも枝が広がってる木だった。先が尖ってるのに、しかも相当堅いのか。うっかり倒れかかったら痛そうだな、気をつけよう。
『あの木の枝で檻を作ったら、獰猛な獣だって閉じ込めておけるわよーって言いたいんだケド、ここにいる奴らは簡単に壊せるでしょうしね……胸を張っておススメできないわ』
どの部分が胸なんだろう。キラキラさんをじっと見ていると、今度は父熊が話しかけてきた。
『セイ殿。……我ら一族と蒼樹との共存関係は実に千年を越える』
「はぁ」
『しかしながら、樹たちがこのような細工物を作れることを、たった今初めて知ったのだが』
「それは、えーと、カゴが必要なかったからじゃないでしょうか」
『そんなことは無い! 穴の開いたカゴがあれば木の実をまとめて洗うことが可能だ。それに穴の開いた蓋もあれば、日光に当てて置いておいても鳥に盗まれずに済む。欲しい!』
「そうなんですね。じゃあ樹ぃちゃん、父熊さんがカゴ作って欲しいんだって。この木の実が通り抜けない大きさの穴でカゴを作って、もう一つ蓋に出来るように側面が一回り大きいのも一緒に作ってもらってもいいかな?」
『任せるっちゅう。わしゃここに来てから芸術に目覚めっちゅう』
「芸術」
そこまで……? と見てたら、そこまでだった。黄色っぽい枝と赤っぽい枝の二色使いで、穴の形も綺麗な模様になるよう複雑な編み方で作り始めたんだ。え、ついさっき初めてカゴ作りしたんだよね? それでもうこんななのか。あー、でもやっぱり切り落としはできないんだね。毎回アズキくんに頼むのもなぁ。
そうだ、アズキくん、あの堅い枝を切って、ナイフ状になるように先を削ぐことって……余裕だよねー。普通の木の枝ならこれで切れるんじゃないかな、試してみて。
樹ぃちゃんたちは、他の木から伸ばしてきた枝を器用にナイフに巻きつけて、カゴのふちを切り始めた。自分で渡しておいてなんだけど、すごいな。
『セイ殿、我ら一族と蒼樹との共存関係は優に千年を越えるが、武器を扱えるほどの技量があるとは誰も……』
「そういえばナイフって武器ですね。樹ぃちゃんたち、危ないから置くときはそっちの箱に入れてね。父熊さん、カゴ出来たそうですよ、どうぞ」
木の実を移し変えて、穴から落ちないことを確認してから父熊に渡したら、いそいそと泉まで洗いに行った。母熊さんもどうぞ。親熊の嬉しそうな様子に、樹ぃちゃんたちも喜んでる。良かった良かった。
「あの、セイ……、セイくん」
コテンくんが長い耳を倒したり立てたり、ぴこぴこ動かしながら親熊と僕を交互に見た後「……えぇえー?」っと言って地面に伏せてしまった。どうしたの?
「うぅーん、もうちょっと考えてみるよー。……まさかだよね……」
樹ぃちゃんか親熊に何か頼みたいことがあるのかな。あっ、このタイミングで言っておこう。
「えーと、みんなも、他のみんなに頼みたいことがあったら僕が伝えるから言ってください」
変な言い方になっちゃったけど、さっき言いそびれたことを伝えられてホッとした。
「あ、でももし断りたい内容だったら、それも伝えるので安心してください」
そんなに変なことは頼まないと思うけど、念のため。
みんな頷いてくれたし、僕は子熊くんの毛の作業に戻ろう。って言っても、お師様の家に入るだけなんだけどね。結局僕自身は通訳するぐらいで、実際になにかやってくれるのはみんなだからなー。役に立てなくて申し訳ないよ……。
「そのカゴどうするんや?」
「さっき部屋にいたら有り得ない早さで僕の服が乾いてったからね。このカゴも中に置いたらすぐ乾くんじゃないかと思って」
「なるほどなぁ。確かに驚きの早さやったな」
言いながら玄関を開けたら、ふわぁ……と暖かい空気に包まれた。ん?
洗ったばかりの子熊くんの毛を見る。んん? 膨らんでる。まさか……。
触ると、完全に乾いててふんわりとあったかい。僕の髪を触る。こっちも完全に乾いて……お? なんかめちゃくちゃサラサラになってるぞ。上に乗ってたシマくんもふわっふわだ。
でもまだ玄関の外なんだけど。
「……火の神さんがサービスしてくれたんやろな」
「サービス? えーと、ありがとうございます?」
なんで火の神様が? 戸惑いつつ、家の中に向かってお礼を言ってみる。神像が見当たらないし、火が燃えてる暖炉とかいう場所でいいかな。
直後、目の前がピンク一色にブワッと光った。はっ?
「えっ、これ、なにっ?」
「うわ、えっぐい規模の火の神さんの加護やな……」
「お礼がよっぽど嬉しかったんでしょうねぇ」
加護? 今のが? 一瞬、家が燃えたのかと思ったよ、ビックリした。すぐ消えたけど、あの光り具合だと僕にも火の神様の加護が来たよね。うーん、戦争や喧嘩の加護をいただいてもなぁ。
あ、でもこれから冒険者になるなら、少しでも戦闘系の加護をいただけのはラッキーだったのかな?
……というか、僕は冒険者になれるのかな……。
みんなを見渡す。まだここへ来て半日も経ってないくらいだけど、既に情が湧いてるというか、深みにはまってるというか。「それじゃ僕は冒険者ギルドに就職するからこれで。たまに様子を見に来るからみんな元気で頑張ってね」なんて言って去れるような状況は、とうに越えてる気がするんだよね。ということは。
──籍落ち。
その言葉が頭をよぎる。ここにずっといるなら、それしかないんだよな……。でも籍落ちすると教会に入れなくなるんだよなぁ。うーん。
「セイ、どうした?」
「気分でも悪くなりました? 結構濡れてましたもんね」
アズキくんキナコくんが心配そうに僕のズボンをちっちゃい手で掴んでる。その様子が教会のチビたちを思い出させた。同時に旅立ちの時の支部長の「ちゃんと相談するべきでした」「頼ってください」という言葉も、思い出した。
うん、そうだった。長審議の前に人に相談してれば違う結果になったかもしれないのにって反省したくせに、また同じことをしようとしてた。
この子たちも、コテンくんロウサンくん、キラキラさんや親熊もみんな賢いんだから、ちゃんと相談してみよう。
「ありがとう、大丈夫だよ。毛も乾いたみたいだし、リスくんに話しかけてみるね」
でもまずは親熊の毛刈りを完了させてからだね。金陽は沈み始めると早いから、明るい内に終わらせないと!




