34.庭_金色毛玉
『私たちの神力でなくとも良かったのか……』
父熊がしょんぼりしてしまった。丸めた背中から哀愁が漂ってる。うあ、言わないほうが良かったのかな。謝るべきかこれ以上余計なことは言わないほうがいいのか……。ソワソワしてたら母熊が今度は優しく父熊の肩を撫でて慰め始めてくれた。
『そんな風に落ち込む必要なんて、どこにもありませんよ。生き物では私たちにしか寄生しないことに変わりないじゃないですか。それに樹ぃちゃんたちが喜んでいるあの珠は、神虹珠でしょう? 神虹珠なんて、本来ならそうそう手に入るものじゃありませんよ』
『……本来ならな』
父熊の目が、地面に無造作に転がってる神虹珠を見回してる。……沢山ありますね。あと親熊はまだ知らないけど、少し離れた場所に神泉樹が群生してて、そこには更に沢山の神虹珠が泉の底に貯まってるわけですが。雰囲気を察して今は黙っておく。
『ここがおかしいだけですよ、本当におかしいんですけどね、相当異常ですけど……人成神様と透翼天狼がいる場所が普通なわけない、と納得しましょう』
『高位神官の能力を持った小動物も存在しておるしな。我らの毛を若い草を刈るかのように切る尻尾を持つ小動物もおるしな』
『そうですよ、滅多に見ることのできない虹泡月まで目の前に飛んでるんですから。……あら、本当に考えれば考えるほど異常ですね、ここ……』
他の生き物を異常扱いしてるけど、貴方たち雲熊と蒼樹も十分異常仲間だと思いますよ、言わないけど。あと僕の異常は期間限定で、しばらくしたら普通の人間に戻るはずです。
親熊が揃ってため息をついた、よし、今が話しかけるタイミングだ。
そろそろ毛を切りたいです。そう声をかけたら、気分を切り替えてくれたようで細かい希望も言ってきた。頭と蒼樹の根元、足先は長めに残しつつ、全体的に軽くして欲しいそうだ。アズキくんが「美容師になった気分や。よっしゃ俺に任せとけ!」とちっちゃい前足でややフサな胸を叩いて受けてくれた。可愛い。
『うむ、では腹から実を出さねばならんな』
実? 腹から?
キラキラさんの巣穴から庭へと戻ってくるなり、突然、父熊と母熊がお互いの腹に手をズボッとめり込ませた。はっ? ちょっ、なにしてるんですか、喧嘩?
『ここに食料を入れてあるのだ。毛を刈る前に出しておきたい』
母熊のお腹の毛の中から、木の実を掴んで出して見せてくれた。えーと、つまり毛が貯蔵庫みたいになってる? すぐに落ちそうだけど……。
毛が長いから大丈夫? うーん、子熊くんの時も毛の多さに驚いたしね。しかも綿みたいな毛だから、中で木の実くらいなら固定できなくもない、のかな?
考えてみれば、魔障気まみれのあの森で食べられそうな物なんて無いよね。住んでいた山を出る時に仕込めるだけ仕込んできた、と。へー、見たことのない木の実もあるのはそれでかぁ。あ、まだ食べるんなら地面に落とすのやめましょう、箱もらってきますね。
親熊たちは実が入ってる場所を全部は把握できてないみたいで、腕を腹にズボッと埋めては出しを何度も繰り返してる。アズキくんが「ほあーたっ、たっ、たっ、たっ、ほあーっちゃあ」と変な呪文を唱え、キナコくんが「ゆっくり秘孔突きですねー」と笑ってる。「実際にアニメ見たことないのに、なんでかみんな知ってるよなー」って、僕には君たちが何を言ってるのか全く分からないよ、みんなって誰……。
『それほどに気になるならば、セイ殿も手を入れてみるか?』
「えっ? あ、ありがとうございます……」
まじまじ見てたら誘ってもらえた。うん、気になることは気になるね。じゃあ、失礼します。手をそーっと父熊のお腹の毛に入れていく。お、おおおお? ふおお、すっごく気持ち良い、感動するレベル。
表面はちょっと硬いけど中は柔らかくて、みしっとしてる。どういう作りなのか、まっすぐ手を入れるとスッと進むのに、上下左右には動かない。戻すと少しだけ引っかかる感じがする。なるほど、これなら木の実も動かないね。
もう一度進めてみる。手首を越えても毛の感触しかしない、深い。生身はどこ……。
──ん? 指先がなにかに触った。温かいし父熊のボディかな。それにしては、小さくて丸い……? あ、掴めた。でも木の実にしては柔らかいような。
力を入れないよう気をつけて、静かに手を引き抜く。熊毛の中から完全に外へ出して見てみると、手の中にあったのは金色の小さな毛玉。……って、なんだコレ。
丸い玉が、ふわーと花が咲くように開いていった。うん? 蓋みたいなこれ、尻尾? あーこの金色毛玉、木の実じゃなくて動物だ。
体を丸めて幅広の尻尾を頭の上まで被せてたから、玉みたいな形になってたんだね。尻尾の下にあった顔は、ネズミ……いや、リスかな。ちっちゃいちっちゃい鼻をヒクヒクさせて、ころりと僕の手のひらの上で転がってから起き上がった。
毛並みが金色に輝いてるそのリスは、ブルっと体を震わせたあと『さむ』と一言だけ言ってジャンプ、父熊の腹の毛に飛びついてすぐに中へと潜って行った。えーと。
「……もしかして、巣にされてませんか」
『うむ、通りでたまに腹がモゾモゾするはずだ。いつから住み着いていたのやら』
『あるはずの木の実が無くなってることが何回かあったのだけれど……今の子が盗んでたのかしら』
気付いてなかったんですね。でも、親熊の大きさからすればあの小リスは人間に付いたノミみたいなものだろうし、仕方ないかな。
とはいっても実際にはリスなわけで、このままじゃ毛は切れない。……この毛の中からもう一度探せるかな……? それに、捕まえてもまた戻られたら意味が無いよね。そうだなぁ。
──あ、あれを使わせてもらおう。
子熊くんたちの毛を入れた箱は……よし、あった。切った毛は一応木箱に入れてたんだよね。あとでゴミ袋に詰め直すつもりだったけど、コレを使おう。
でもこのままだと汚いから洗わないとな。泥汚れだけじゃなく魔瘴気で黒いところも神浄水に浸ければ綺麗になるから選り分けなくても大丈夫。最初の子熊くんの切った毛は、焦ってたから神浄水でビチャビチャだった地面に放ってたんだよ、そしたらすぐに白く変わってたから間違いない。
ただ、中に入り込んでる小石や小枝は手でどかすしかない。一気に洗い落としたいなー、目の荒いザルが欲しい。けど、そんな都合の良いものは無いので、作ってもらおう。
えーっと……あ、ちょうどいいのがある。家の壁沿いに木箱と一緒に丸平べったいザルがあった。一旦このザルを借りて父熊の元へ。
「樹ぃちゃんたちに手伝って欲しいことがあるんですけど、頼んでもいいですか?」
『勿論だ。樹たちへの頼み事に、セイ殿が私たちに許可を求める必要はない、思うようにするといい』
「ありがとうございます」
そうは言っても、宿主である親熊の神力も使うんだろうし許可は取るけどね。特に今からするのは面倒くさいお願いだしなー。
木の皮で編まれた丸ザルを樹ぃちゃんたちに見えるように近くまで持っていく。
「樹ぃちゃんたちに細い木の枝で編んでカゴを作って欲しいんだ。このザルみたいな編み方で、これをもっと荒く穴を大きくした感じで」
『ほうほう、おもろいこと言うっちゃね、ほうほう』
『荒いっちゅうのはどんなもんっちゃ?』
今度は子熊くんたちの毛の入った箱を見せる。
「この石や小枝が通り抜けられる大きさの穴を開けてほしい」
『ほおん? こう、こう、こうかいなっちゅ?』
『ニイチャン、わしゃ背中におるけ、よう見えんっちゃ、もっと近、近。……ほおん、こうで、こうかの』
『オッ、楽しいっちゃっちゅう! もっと大きぃ作っちゃろ』
おっと、一個でいいのに蒼樹三人がそれぞれが作り始めてしまった。まあいいか。
側にあった木の枝から、紐みたいな細さの枝が数本伸びてきて縦横上下が交互になるように編まれていく。見本で見せてるザルは洗面器くらいの大きさだけど、それより大きめに作ってるっぽい。
あ、箱型になるようフチはもうちょっと高めにして欲しいな、そうそう、上手いなー。
魔瘴気の森の中で熊一家が巣代わりにしていた木が編まれてたからね、あんな大木を三本も交互に編んだ形に動かせるんならザルも作れるんじゃないかなと頼んでみたけど、想像以上に良い仕上がりだ。編みあがった状態から枝を更に動かして返しまで作ってくれてる。でもさすがに切り落とすのは無理だから、アズキくんキナコくんに……。どうしたの、お口がぱかんと開いてるよ。
「待て、めっちゃ簡単にやっとるけど、めっちゃすごないか?」
「……すごいと思います。今咄嗟には思い浮かばないですけど、応用したらすごいこと出来そうです……」
「樹ぃちゃんたち器用だよね。アズキくん、ここからここまで切ってもらっていいかな?」
「……ええけど。ええけど……」
呆然としながらも枝からザルカゴ部分を完璧に切り離してくれた。するとまた細い枝が伸びてきて、フチにクルクルと巻きついてく。おお、切り口が隠れて安全対策までバッチリだね。
「樹ぃちゃんたち、ありがとう」
『ええっちゃええっちゃ、楽しっちゃからもっと作るっちゅう』
『わしゃ今度は穴が丸ぅなったハコ作りたいっちゃー』
『わしゃはもっと大き作るっちゅう!』
工作を楽しむおっちゃん状態になってしまった。あ、神泉樹の枝で作り始めた。ま、まあいいか。
三つ出来上がったカゴの中から一番小さいものを選んで、中に子熊くんの毛を入れる。それを泉に入れて、かき混ぜるように洗うと汚れはすぐに落ちていった。でも小石はなかなか取れないな。絡んじゃってるんだよね。せっかく荒い編み目で作ってもらったんだから、なんとかしたい。
『ねぇ、さっきの言い方だと中の石を落としたいのかしら? それならアタシがお手伝いできるわよ』
「ほんと? キラキラさん、ありがとう」
『でもセイくんが持ってるとアブナイのよね。ロウサンにそのカゴ浮かしてもらいなさいな』
「カゴだけ? えーとロウサンくん、これを空中に浮かしてもらえるかな?」
『なんでもするよ。高さはこれくらいでいいだろうか』
「高さはこれでいい? いいって。危ないらしいから僕は離れるね」
『フフ、足が鳴るわ、いっくわよぉ!』
泉の水を大量に吸ってパンパンに膨らんだキラキラさんが、ザルカゴの上まで飛んでいって足を毛に刺して広げるようにした。そして、凄まじい勢いで水をブシャーッと真下に向かって吹き出した。しかも結構長い。確かに当たったら痛そうだ。
「……なぁ、あのクラゲの出してる水の形て、高圧洗浄ちゃうか……?」
「高圧洗浄に似てましたね……。ドン引きですぅ」
「異世界やけど更にここだけ異世界やもんな。どいつもこいつもさらっと、どえらいことしよる。引くわー」
「お師様のやることを見て皆さんが引いてた気持ち、よく分かりましたぁ」
アズキくんとキナコくんが「こいつらやべー」みたいに言ってるけど、僕からすれば君たちも充分やばいからね? って、さっきも似たようなこと考えたな……。




