33.庭_キラキラさんの仮の巣
ロウサンくんとキラキラさんは起き上がると、並んでこっちへ帰ってきた。
『大体分かったよ。やはり傷つける意図での攻撃はできないね、体が動かなくなる。それに、コレが予想していたよりまともな戦い方をする生き物だと分かった。もっと心の無い攻撃をしてくる性質だと思ってたんだけれどね』
『まあまあ掴めたわ。本当に襲えなくなるのね、有難いわ。それにこのデカブツ、ゴリ押ししかできない脳みそ筋肉製のおバカさんだと思ってたけど、頭を使った戦い方もできるのね。ちょっとだけ見直したわ。……ちょっとだけよ』
あ、意外にちゃんと検証らしきこともしてたんだね。それに二人が少しでも友好的になってくれたんなら嬉しいよ。単に戦いたいだけだったのかと誤解してた。
アズキくんが「次俺! 俺も! 俺も!」とぴょんこぴょんこ跳ねてる。戦いたいだけの子がいるな……。
「アズキくんが次は俺って言ってるけど、キラキラさんはほんの少し前まで死にかけてたわけだし、連戦はやめておこうか」
『アラ、アタシは元気よ。でも他にやりたいことがあるから、ンン……ロウサンに、譲るわ』
「ロウサンくんにお願いしたいって。大丈夫かな?」
『そうだね……。相手が可愛い生き物でも、戦うとなったら遠慮はしないよ、それでもいいかな?』
「遠慮無しで戦うけどいいかって」
「望むところや!」
「望むところだそうだよ」
ただ、アズキくんが戦いに夢中になると親熊たちの毛刈りがまた遠のくんだよなぁ。子熊くんの時とは違って今すぐ切らないと危ないって状態じゃないから、まだいいけど。
『少年くん……セイくん、こいつらが戦い始める前にロウサンに聞いて欲しいことがあるの。さっきガツガツ掘ってた穴、アレもらってもいいかしら?』
「ん? あの穴はロウサンくんが情熱をぶつけてただけだから、もらっても構わないだろうけど、なんで?」
『情熱の産物なの? ……まぁいいわ。アタシ、元気にはなったのだけれど、完全復活するにはもう少し時間がかかりそうなのよ。だから仮の巣が欲しいの。それにはあの樽では少し頼りないのよね』
「あの穴を仮の巣にしたいってこと?」
『あくまでも希望よ。ただ今までが今までだったから、出来るだけ隠れていたいのよ。その点あの穴って木の向こうで場所も良いし、大きさもちょうど良い。水はアタシが自分で運べるわ。場所だけ貸して頂戴な』
そういうことか。樽はあくまでも応急処置みたいなものだったからね。念のためキナコくんとロウサンくんに確認したら問題ないそうなので、キラキラさんの仮の巣にしよう。
尻尾をグルグル回して戦う気充分のアズキくんと、不敵な空気を出しているロウサンくんに応援の声だけかけて、穴まで雑草をかき分けて歩いて行く。僕たちのあとをなぜか熊たちもついてきた。暇なのかな?
『お役に立てることがあればと、セイ殿の側に付き従っている』
無理しなくてもいいのに……。父熊って、本当は偉い立場にいたっぽい気がするんだよなー。命令されるより、命令するほうが慣れてそう。僕に丁寧に接しようと頑張って、結局失敗してるところが可愛く見えなくもない。
ロウサンくんが掘った穴は、木と木の影になった場所だ。確かに神泉樹からまあまあ近く、枝と葉っぱで隠れられる位置だね。でも巣にするのは時間はかかりそうだ。
「結構深いな。土も柔らかそうだし、水を綺麗になるまで溜めるの大変そうだよ」
『セイ殿はここに水を溜めたいのだな。ならば私が手伝おう。任せなさい』
父熊が胸を張って言い出した。ええ? 水を運べそうには見えないけど……。でも自信満々だ。どうする気なんだろ。
危ないから少しどいてと言われて、距離を取る。父熊は大きく息を吸って……、穴の底に向かって「ガォウッ!」と吠えた。うっわ! 空気がビリビリって震えたよ!?
ロウサンくんとアズキくんが戦闘を止めて、こっちに走ってきた。何事かと思うよね、僕たちはなんともないよ、心配してくれてありがとう。
父熊は穴の側面を確かめるように叩いて『うむ、強度はこれでいいだろう』と満足そうだ。どうなったんだ?
みんなで覗き込むと、土と石と千切れた木の根でボコボコだった穴が、堅く押し固められて、大きさも一回りほど広がっていた。これ、今の一吠えでこうなった……? 吠えて土を固められるって、どういう仕組みなんだ……。
ものすごく不思議だけど、目の前にキラキラさんが浮いてるのが見えて、考えることをやめた。
どうやって空中に浮いてるのか分からないキラキラさん、どこから光る棒を出してるのか分からないロウサンくん、人の言葉を話せるコテンくんにアズキくんたち。うん、なにもかもが今更だ。
さっきコテンくんが【幻獣】って言ってたしね。不思議な力があって当たり前なんだ、ありのままを受け入れよう。
支部長は“幻獣は一生のうちに一目見られるだけでもラッキーな生き物”って言ってたけど、単純に人間には行きにくい場所で生きてるってだけなんだろうなー、目の前にいっぱいいるし。
なんて考えてるうちに、穴から小川まで繋がる排水用の溝を父熊が手で掘り、母熊が手で押し固めながら進んでた。ちゃんと水が流れるよう高低差もつけてある。あっという間に出来上がったよ、はっや。僕が一人で作ろうと思ったら丸一日はかかりそうなのにな。
水は樽に汲んで運ぶのかな? そうなら樽をもっと借りて僕も手伝おう。
そんな僕の予想と違って、父熊は樽のほうへは行かずに、穴のそばに立ったまま腕を動かした。まず神泉樹を指し、今度は穴に向けて腕を動かす、という動作を繰り返しながら蒼樹たちに話しかけた。
『頭の樹、背中の樹、そちらの肩の樹よ、あの神泉樹の枝をこの上まで伸ばしてくれ。あの木の枝が、ここに届くまで伸ばしてくれ』
なるほどー、蒼樹たちに頼むんだね。木を動かせるんだっけ。
『オウ、毛山がわしらに頼んどっちゅうな。枝ぁ伸ばせ言うとっちゃ?』
『あの木ぃの枝て言うとっちゅ? 何本伸ばすっちゅ? 十本くらいいっとくかいのー』
『あの木だけでええんちゃい? よう分からんの、周り全部その穴に向けて伸ばしちゃろかいなー』
『全部いくっちゃー』
「待って待って、そんなにいらないよ」
風も無いのに木の枝が一斉にザワザワ動き出したから、我慢できずに声をかけてしまった。どんだけ動かす気だ。
「すみません、樹ぃちゃんたちに僕から詳しく説明してもいいですか?」
『お、おお、セイ殿ならば樹たちも聞くだろうが……』
「ありがとうございます。あのね樹ぃちゃん、あそこの一番輝いてる木の、太めの枝を一本だけ、この穴の上まで伸ばしてほしいんだ」
『一本だけでええんちゃい? もっといけるっちゅー』
「じゃあ、ここまで距離があるから、その枝を支えるように下から違う枝を、物干し台みたいに……物干し台って知らないよね……うーん」
『下から支えるっちゃ、こうかいのー?』
「そう! あ、二本くらいでいいよ」
神泉樹の枝が一本スルスルとここまで伸びてきて、その下の地面から新しい何かの木の枝が生えてきた。そして先が二又に分かれ、見事に神泉樹の枝を支える形になった。すごい。でも樹ぃちゃんたちは物足りなさそうだから他のことも頼もう。
「ついでに葉っぱの付いた枝を、この周りを囲むように伸ばせる? 穴を隠す感じでー」
『囲むっちゃねー、伸びー伸びー』
「うーん、上のほうは陽の光りが入るように、ちょっと開けてもらったほうがいいかな? キラキラさんどうする?」
『えっ、え、あ、そうね、光りは欲しいわね……』
「樹ぃちゃん、上の葉っぱは引っ込められる?」
『簡単っちゅう! 縮むー縮むー』
「良いよ良いよー。キラキラさん、どうかな?」
『……文句のつけようが無いわ……』
「完璧だって。樹ぃちゃんたちありがとう」
『なんぼでも言うっちゃよ。ワッハッハ』
全員で『ワーハッハッ』と笑ってる。気の良いおっちゃんたちだ。でもここら一帯の木の枝もわっさわっさ揺らしながら笑うのは、どうだろう。
さてそれじゃ枝を折って水を溜めようか。って、結構太いな。
「アズキくん、これ切って欲しいんだけど。……アズキくん?」
「……セイ、待て、神泉樹やぞ、操れるやと……? 待て……」
「あのぅ、セイくんごめんなさい、こうなるとアズキくんはなかなか帰ってこなくなるので、ぼくが切りますね」
「うん? ありがとう」
よく分からないけどキナコくんがスパッと綺麗に切ってくれたからいいや。枝から神浄水が穴の中に注がれていく。最初はやっぱり地面に浸みていってるけど、もう底に溜まり始めてるからすぐに上まできてくれそうだ。
『セイ殿!』
「はいっ? あ、父熊さんも協力ありがとうございました」
『セイ殿、蒼樹と会話をするということは我々一族の悲願なのだ!』
「え? あ、はい」
『蒼樹と会話するということは、こいうことなのかと、私は、一族として、悲願なのだ!』
「あの……?」
『蒼樹と会話する、それは神に等しい悲願で──』
父熊が壊れた。悲願なのは森でも聞いたけど、ええと、それで結局なにが言いたいんだろう。困ってたら母熊が『あなた落ち着いてくださいな』と殴って止めてくれた。すぐに手が出るタイプですね……?
『ごめんなさいね。でもね、貴方が今したことは、混乱するぐらいすごいことなのよ』
「すごいのは樹ぃちゃんたちで、僕はお願いしただけですけど……」
『そうなんだけど、でもね、私たちがお願いすると樹ぃちゃんたちは望んでいた以上に沢山木を動かしてしまうのね』
「あー、そうみたいですね」
『それだけ吸い取られる神力も多くなるということよ。今回も相当量渡すつもりでいたのに、少ししか減らなかった。これは私たち一族にとってとても有り難く、重要なことなの』
「そうなんですかー」
神力を消費して木を動かしてたのか。簡単に頼みすぎたなぁ。お礼をしたほうがいいよね。
「樹ぃちゃんたち、お疲れ様でした。お礼に神浄水かけようか?」
『水もええっちゃけど、そこの光ってる石が欲しいっちゅう』
「光ってる石?」
ああ、神泉樹の泉に詰まってた珠だね。ロウサンくんが掻き出して地面にいっぱい転がってる。これ樹ぃちゃんたちにあげてもいいかな? キナコくんがお好きなだけどうぞ、とのことなんで遠慮なくもらっちゃおう。
大きくて青色のがいいとか、明るい緑色と濃い緑色の小さいやつ二つ欲しいだとか、樹ぃちゃんたち自身に選んでもらったものを軽く神浄水で洗う。
どうやって渡したらいい? 根が張ってるところの親熊たちの毛に埋めて欲しい、と。了解、父熊さんちょっと屈んでください。グイッと珠を押し込んだ。
枝を動かして大喜びしてくれてる。ん? これでなんぼでも木を動かせる? へーそんなにすごいんだ。
『セイ殿!』
「はいっ」
『我ら一族と蒼樹との共存関係は千年余り。樹たちが我ら一族にしか寄生しない理由は、我らの神力しか摂取できないからだと言われてきた。千年だ!』
「はぁ、長いですね……?」
『だが、その珠の神力でも樹たちは木を動かせる、そう言っておるのだな?』
「樹ぃちゃんに聞いてってことですか? えーと、珠の神力で木を動かせる?」
『一山いけるっちゅう!』
「山ひとついけるそうです」
『山ときたか! では、では、何故樹は我らにしか寄生しないのだ……』
独り言みたいな言い方だったけど一応聞いてみた。毛山──雲熊のことだね──だけを選ぶ理由は、『土は硬くて冷たく虫も出るから嫌い』『他の生き物の毛は短いしサラサラして根が張れない、その点この毛はよく絡んで安定性抜群』『もちろん神力の多さも気に入ってる』、ふむふむ。そしてなによりも──。
「樹ぃちゃんが言うには雲熊さんたちの毛は、夏は涼しく冬は暖かい、根心地最高、快適生活、だそうです」
『……そんな理由だったのか……』
アズキくんが「通販ちゃうんやぞ!」と謎の叫び声をあげていた。それにも慣れてきたなー。




