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30.庭_ブヨブヨさん改めキラキラさん


 弟熊くんたちのために急ぎたいからとロウサンくんが翼を出して、一気にお師様の家まで……飛んだというか、駆け抜けて行ったというか。


「ジェット機やんけ! ジェット機乗ったことないけど!!」


 アズキくんがまた不思議なことを言って興奮してた。

 僕たちはロウサンくんに乗ってたからまだマシだったけど、親熊たちは何もない空中に浮かされて、すさまじい速さで運ばれたわけだからめちゃくちゃ怖かっただろうな……。

 庭に降ろされてから、父熊が『……腰が抜けたのだが』と震えてた。母熊は『あら、私は楽しかったですよ』とおっとり笑ってた。強い。


「アズキくん、セイくん! 無事ですかっ」


 キナコくんが家の中から走って出てきた。こっちは大丈夫だよ、キナコくんたちも問題は無かった? なにも無かったんだね、良かったー。コテンくんにも報告して、ミーくん、寝るならタオル置くからその上に移動……しないの? 僕のシャツの中って寝心地悪くないかな。シマくんは……僕の頭の上に乗るんだね。おはよう。


『あの白い太いヤツ、めちゃくちゃ神樹の気配がするっす。気になるっす……』


 蒼樹のことかな。違う? うーん、なんだろう。気になるけど近付くのは怖いんだね。

 できるだけ僕の髪の中に潜って隠れようとしてる。僕の髪型って今どうなってるんだろ。


 さて、まずはブヨブヨさんだ。結構お世話になったしちゃんとしてあげないと。神浄水ってまだいるよね。むしろ全身浸かりたい? 溺れないかな、大丈夫? 本人が良いって言ってるならいいか。でも泉にそのまま入れると川に流されてっちゃうね、うーん。

 あ、さっきの空っぽになった樽ってもらえないかな。キナコくんに聞いたら、どうぞってことなんで、これを使わせてもらおう。

 樽を神泉樹の枝の下に置く。神泉樹の根元は泉なんだけど、ちょうど土の地面のところまで伸びてる太い枝があったんだ。バキッと折って、枝から樽に水を流し入れつつ、カバンをひっくり返してブヨブヨさんを落とす。


『少年くん……意外と豪快よね』

「ごめん、痛かった?」

『アタシのことじゃないわ……。いいのよ、そのままの少年くんでいて』


 よく分からないけど、すぐにブヨブヨさんはご機嫌で『ちょっとやっだぁ、ここの神浄水最高じゃない! 潤うわぁオーホホホホ!』と高笑いを始めたから、このまま置いていこう。楽しんでてください。


 はい、次は弟熊くん。体の毛を切るよー、アズキくんかキナコくん、お願いします。

 キナコくんが「今回は僕が」と言って、ぎゅっと僕の腕に抱きついてきた。アズキくんより細身で毛並みが柔らかい。可愛いなぁ。

 キナコくんの尻尾で弟熊くんの毛をザクザク切ってるところを、親熊たちが間近で食い入るように見てた。


『私たちの毛をこのようにいとも簡単に切り落とすとは……』

『尻尾にしか見えませんのにね、不思議ですねぇ』


 あ、心配で見てたわけじゃないんですね。信用されてるってことでいいのかな。

 あらかた切り終わって弟熊くんたちをお風呂に入れに行く時も、親熊たちは川で体を洗いたいと言って、付いてこなかった。初対面で信用し過ぎじゃないかな……。まぁそれを言ったらロウサンくんも今日が初対面なんだけどね。

 そのロウサンくんはまだ父熊を警戒してるみたいで、僕の側に付くか親熊たちの近くに残るかで少し悩んでた。結局僕に付いてきてたのは、弟熊くんを見たかったのもあるんじゃないかな。顔が近いよ。


 ◇ ◇ ◇


 弟熊くんたちをお湯で洗って庭へ戻る。僕が両腕で抱っこしてるのに重さをほとんど感じないのは、ロウサンくんがこっそり浮かせてくれてるんだろうなぁ。僕のお腹のあたりでミーくんが寝てるから、正直ありがたい。


 あ、親熊たちの汚れもマシになってる。川の水も中身は神浄水だしね。

 ──ん?

 んんん? 毛が、青い?

 親熊たちも白い毛並みなんだろうと予想してたのに、実際は薄い青色と白の二色だった……。それはともかく、色が、動いてる?


 確かシマくんの尾羽の色も動いてたっけ。でもあれとはまた違うな。親熊の身体は薄い青色が多くて、顔と頭の毛は白い。その白い毛の色が、雲が風に流れてくように──というより雲そのものの形で、頭から尻尾に向かっていくつもゆっくり動いてってる。

 今はまだ泥や魔瘴気で汚れてるからハッキリとは分からないけど、綺麗になったら体が青空そのものみたいに見えるのかな。不思議な毛並みだ。


『ああ、セイ殿。有り難く存じる。息子たちが綺麗になった』


 僕への呼び方は、『人成神様』を断固拒否したあと『セイ様』も拒否して、『セイ殿』で落ち着いた。『セイ』か『セイくん』でいいのになー。

 父熊に綺麗になったと言われた弟熊くんは、一匹は得意そうに顔を上げて、もう一匹はもじもじしながら僕のシャツに顔を埋めた。


『……可愛い。全てが可愛い。どうすればいいのか分からないくらい可愛い。……駄目だね、情緒が噴火しそうだからちょっと発散してくるよ』


 言うなりロウサンくんは離れた場所の地面に、ガガガガッと勢いよく穴を掘り始めた。アーサーも穴を掘るのが好きだったなぁ。アーサーは純粋に楽しんで掘ってたんだろうけど。


 日当たりの良いところにタオルを敷いて、その上に弟熊くんたちを寝かせる。……あ、寝ないんだね。じゃあ子熊くんも呼ぼう。タオルを増やしたほうがいいな。


『失礼したね。少し落ち着いた、よ………………』


 戻ってきたロウサンくんは、タオルをあぐあぐ噛んだりコロコロと転がって遊んでる子熊三兄弟をしばらく凝視したあと、無言でまた穴を掘りに行った。体半分が埋まる深さまで掘ってる。危ないから後でちゃんと埋め直して欲しい。


『少年くん見て見てーぇ! これがアタシの本当の姿よッ、綺麗でしょー?』


 ブヨブヨさんの声がしたから神泉樹のほうを見た。

 お、おおおお? ブヨブヨさん……ブヨブヨさんなのか?


 キノコみたいな形をした半透明のつるりとした物体に、細いキラキラした紐がたくさんぶら下がってる奇怪な生き物が空中にふよふよと浮いてた。えっ、羽も無いのにどうやって飛んでるの?


 ブヨブヨさんが回ると、透けているキノコの中で光が青色、水色、黄緑色にピンクと、淡い色合いで水が揺れるような動きで変化して、所々金と銀色がキラリ、キラリと輝いてる。細い紐、足だね、それがシャラララと鳴り、音まで爽やか。

 姿と動きは生き物っぽくなくて変だけど、確かに綺麗だ。


「すごい、ブヨブヨさん、綺麗だよ!」

『でっしょぉおおおお? 名前をキラキラさんに変えてちょうだい!!』

「分かったよ、キラキラさん!」

『オーホホホホ! 漲ってきたわぁ、張り切って神浄水を撒くわよッ、そぉれ!』


 キラキラさんがくるくる回ると、シャワーよりも細かい水が空に舞った。それが明るい陽射しを浴びて、あちこちに小さな虹を作ってる。その虹を掴もうと、子熊三兄弟が手を振り振りしてて可愛い。


「……クラゲやんけ」

「クラゲそっくりですけど、空に浮かんでるから変な感じしますね……」


 あれ、キラキラさんのこと知ってるんだ? と、聞いてみれば、アズキくんたちが知ってるクラゲという生き物は水の中でしか生きられないから、見た目は同じだけど別の生物だと思うって。

 でもキラキラさんも“空を飛んでる”っていうより“水の中を漂ってる”動きだよね、やっぱり変な感じなんだ。


『珍しい生き物がいるな。【虹泡月】の生きた姿を見るのは、私も初めてだ』


 お? 親熊さんは本当にキラキラさんのことを知ってるのかな? 今まで庭にある神泉樹をあらゆる角度から眺めて『私の知っている神泉樹とは違う』と夢中になっていた父熊が、僕の横へ来て語り出した。


『虹泡月は水を吸い、それを撒き、出来た虹の光を食すと言われている。元々生息地が限られていて数が少ない種族である上に、虹泡月の中にある水は若さと美しさをもたらす効果があると思われていて、人間を筆頭にあらゆる生き物から狙われ、狩られた。どうやら絶滅したらしいと聞いていたが、生き残っていたのだな』


 そうか、キラキラさんがブヨブヨだった時に『アタシは人気者よ』って言ってたのはそういう……。狩られまくって自分が最後の一匹とも言ってたな。仲間がどんどん狩られていってもう全然いないって、どういう気持ちなんだろう。世界にたった一人残って、あんな魔瘴気の濃い森の中で干からびて死にかけてた時、どんな気持ちで……。


 切なくなりながらキラキラさんを見たら、『ンンッホォオオウッこりゃたまんないわねー! オッホホホホ!』とオッサンの声ではしゃぎまくってた。……あんなんでもきっと心では泣いてる。多分。


 父熊が真剣な眼差しでキラキラさんを見てる。僕は若さにも美しさにも興味ないし、なによりまあまあ仲良くなったキラキラさんに何かしようとは思わない。でも、父熊はどうなのかな。もし狩るつもりで見てるなら、止めないといけない。


『虹泡月は非常に戦闘能力が高いという噂だ。殆どは罠にかかり死んだ状態で捕獲され、生きた状態で遭遇したとしても殺るか殺られるかのどちらかしかない、と。故に恩恵には授かれないと思っていたのだが……。セイ殿、頼みがある。虹泡月の撒いた水を浴びれば、植物も動物も大変美しく育つと聞いている。後で構わんから妻にかけてもらえるよう虹泡月に言って頂けないだろうか』

『あなた、何をおっしゃってるんですか』

『いや、お前は今でも充分美しいが、しかしこのような機会は滅多に無いからだな』

『あなたったら、もう』


 あー、はいはい、後で覚えてたら頼んでみますねー。イチャつき出した親熊に微妙にイラッときた僕は心が狭いんだろうか……。


 その虹泡月の水を、今まさに子熊くんたちが浴びまくってるし、僕が頼まなくてもキラキラさんの下に行けばいいだけじゃないかな。……迂闊に近付いて攻撃されると困る、と。なるほど。

 親熊たち、キラキラさん、それにロウサンくんはそれぞれお互いをまだ警戒してるみたいだもんなぁ。子熊にはみんな優しいのに。


 それじゃそこらへんを話し合いながら、親熊さんたちの毛も切れるところは切り始めましょうか。


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