29.魔の森_親熊3
親熊たちは神浄水を軽く飲んで、すぐにこっちの様子を見にきた。
『息子たちは助かるだろうか』
「とりあえず神浄水を飲ませて様子をみます。これは神浄水を布に浸して飲ませてるところです。少しずつ口の中を湿らせる感じで……」
『成程。人間というのは良くも悪くも器用なことだな』
あー、これは過去に人間で嫌な思いしたことある言い方だなぁ。こんな強そうな生き物になにかできる人間ってなんだろう。冒険者かな。
僕自身は気にならなかったけど、母熊から投石を食らった父熊が『いや、他の人間を思い出して嫌な言い方をした。貴方には感謝している』とゴニョゴニョ謝ってきた。
『ちょっといいかしら。邪魔してごめんなさいね。上の息子の毛が短くなっているのだけれど……』
「あっすみません、魔瘴気にやられてたところは毒になりそうだったので切りました」
『あら謝らないで、こちらこそごめんなさい、怒って聞いたわけじゃないの。あのね、私たちの毛ってとても切りにくいのよ、なのに綺麗に切られてるから気になって』
「ああ、それはですね……」
ロウサンくんが子熊くんを拾ってきたところから説明した。ざっと流れだけね。聞き終えた親熊たちがアズキくんをじっと見てる。外見は小さくて可愛いだけだから、信じられないみたいだ。
さて、これから弟熊くんと親熊たちをお師様の家に連れて行くかどうかだけど。アズキくんどう思う? ……うん、弟熊くんたちだけじゃなくて親熊たちも毛を切らないといけない状態だよねぇ。それに、元気になれば神泉樹近くの山の中で生活するにしても、一度はキナコくんにも会っておいて欲しい、と。じゃあ誘うね。
『私たちを家に? 神力が回復するまでの間置いていただけるならば、願ってもないことだ。──そうか、群れの仲間で無くとも助けていただけるのか。有難い』
父熊が頭を軽く下げた。父熊の頭の上に生えてる木も枝をわっさわっさ動かして『ありがっちゅう』って言ってる。この木はなんだ。
『これは樹だ』
……でしょうね。
どういう樹なのか教えてくれるのかなーと待ってても、父熊は『樹の言葉が分かる? 樹の言葉が? 樹に言葉が?』って同じことを繰り返し言うだけだ。ちょっと怖い。僕が困った顔をしたからか、母熊がちゃんと説明してくれた。
本当は【蒼樹】という名前があるけど、【頭の樹】とか【背中の樹】っていう風に、自分の体に付いている場所と合わせて呼ぶことが多いらしい。母熊の左肩にも小さい蒼樹がいた。枯れっ枯れで気付いてなかったよ。今は神浄水をかけて少し復活してる。
蒼樹は、熊族に寄生する代わりに、森の樹木を操る力を貸してくれるんだそうだ。理由は分からないけど、他の生き物に寄生してるのは見たことないって。
幹にある小さい穴二つが目で、下の横線が口なのかな。植物というより動物寄りの生き物っぽい。
そもそもなぜ熊の親子がこんな魔獣まみれの森の中にいたのか。
それは、住んでいた国が滅んで、神の加護が無くなって、神気が足りなくなった山を捨て、新しい住処を求めて旅に出て、ここまでやってきたから、だそうだ。情報量が多い。国が滅んだって……戦争でもあったのかな。どこの国だろ。
今いるここは、魔障気の森の、えーと北側になるのかな。北西かな? 僕たちがやって来た黒山が東方向だ。北の向こうにある国のことはよく知らないからなー。
黒山ほどじゃないけど相当大きな山脈があるのに、こんな小さな子熊たちと一緒に越えてきたんだね。大変だっただろうな……。
『山を越えてからが大変でしたよね、あなた』
『そうだな、ここの魔獣は数が多い上に強く巨大だ。森自体の魔瘴気も濃い。なにより、気配はするのに神気が無い。ひどい毎日だった』
『樹ちゃんたちに頑張ってもらってこの木の巣穴を作ってもらったのだけれど、とうとう樹ちゃんが弱って枯れてしまったの』
『魔獣が入って来れないよう木を動かし閉じたはいいが、私たちの神力が尽き樹が全て枯れ、開けることができなくなった。子供が通れるだけの隙間はあったが、だからといって魔獣まみれの森に子供だけ出すのは死にに行けと言うも同然だ』
『中に溜まってた雨水まで無くなってしまって。下の息子たちも動けなくなって……。絶望ってこういうことなんだと思いましたよ』
『しかし今日、急に神気の匂いが強くなった。ならばせめて動ける上の息子だけでも助かってくれと、その子だけ外へ出したのだ』
そういうことだったのか。でも子熊くんは一人で怖かっただろうに、みんなを助けるために水を運ぼうとしてたんだよね、良い子だな。横でおとなしく座ってる子熊くんの頭を撫でる。もっふぁ!という感触だ。癖になりそう。もふもふ。
……うんまぁ、今日急に神気が強くなった理由に心当たりがあるね……。
『一縷の望みをかけて出したものの、神気のある場所へ辿り着けたとして小さなこの子が独りで生きていけるのかと……何度も後悔したが、まさかこのような奇跡が起こるとは』
『本当ですよねぇ。まさか天狼と人成神様を連れて戻って来るなんて』
【人成神様】ってなんだ。もしかして僕のことなのか。【人智の賢者】として教会に祀られてるデェライ様だって神様に成ってないのに、僕にそんな恐ろしい名前を付けないで欲しい。
「ロウサンくんが、子熊くんを見つけてくれたからですね。僕は人間です」
『息子と神浄水を見た時は己れの正気のほうを疑ったが、夢でも幻でもなく、現実だった。命を諦めたつもりだったが天狼を見た瞬間、家族全てを救いたいと欲が出た。そのせいで人成神様には失礼をした。申し訳ないことだ』
「救いたいと思うのは当たり前のことだと思います。あと僕は普通の人間です、名前はセイです」
これならさっきまでみたいに人間って呼ばれるほうがマシだよ。全部ロウサンくんのおかげなんだから僕を拝むのはやめてください。
『普通と貴方は言うが、貴方は蒼樹の言葉も分かるのだろう? 私たちは蒼樹を扱うことはできるが、会話はできん。それは我ら一族が長年希求してやまぬ、神に等しい力だ』
なんだって? 驚いて父熊頭頂部の蒼樹を見た。
『オウ、ニイちゃんありがっちょう。わしゃもう死んだー思うちゃわ。花畑見ちゃわ』
うわ、これはキツい訛り……というより、言葉に慣れてない感じかな? 外見は木だもんな。
父熊の背中のほうから『わしゃら死んだら魂が花畑に行くっちゅ噂じゃったが本当じゃっちゃわ』、母熊の肩から『花畑の向こっかわから薄ボケた枝がこっちゃ来いこっちゃ来い言うてわちゃわちゃしちょったわ』と次々喋り出して、一斉に『ワッハッハ』と笑い出した。なぜ。
うーん、熊たちは蒼樹の声が聞こえなくて正解じゃないかな。耳元だから相当うるさいよ。
蒼樹たちの会話はそこらへんのオッサンらの雑談みたいだ。そんなに有り難がるようなものじゃないような……。会話ができないのに思い通りに力を使えるほうがすごいと思う。
そうこうしてるうちに、弟熊たちも自力で水を飲めるくらい回復した。
どこまで行ってたのか、ロウサンくんがやっと樽を咥えて入ってきたから、それも開けて親熊たちにグイグイ飲んでもらい、顔とか洗えるところを洗って、蒼樹とブヨブヨさんにもかけて、残った分を巣にしていたこの絡みまくってる三本の巨木の根元にかけた。
じゃ、お師様の家へ行こう。
親熊たちは自分で走って行くって言ったけど、ロウサンくんが二頭とも同時に浮かせて運べるって言い出した。えええ、結構大きいよ?
『ここへ来てから幻格が上がったからね。神気を浴びて力も強まってるから問題無いよ。さっきの魔獣も運べたし、あれに比べれば簡単だ』
「えっ。あの家みたいな大きさのヤツ運んでたの?」
『そう、神泉樹の泉に浸けてきたんだ。牛型だからきっと美味しいよ』
嬉しそうに報告してくれたけど、人間の僕には魔獣は食べられないかなぁ。神浄水で洗っても全身毒まみれだからね。毒がなくても生肉はちょっと……。僕にも食べるように勧めてくるとは限らないし、あいまいに笑って流しておこう。
それじゃ、毛のない子熊くんをタオルにくるんで僕が抱っこしてロウサンくんに乗って、親熊たちはタオルでくるんだ弟熊くんをそれぞれ抱っこして、浮かせて運ぶ、ということで。
親熊さんたち、最初は慣れなくて怖いかもしれないけど暴れないでくださいねー。すぐ終わりますからねー。
あーっと、そう言えばシマくんとミーくんはどうしてるんだろう。静かだから忘れてた。
シャツの中を覗いたら、仰向けで寝てるミーくんのお腹の上で、シマくんまで仰向けで寝てた。揃ってイビキかいてる。
可愛い、可愛いよ、でも寝てるだけなら、どうして付いてきたんだろうね、君たちは……。




