番外 57_【土の遺跡】3 スライム隊
「そうだな、じゃあ……」
やっぱり魔力かな。
セイは結構あっさりと決めた。
遺跡の主でも無ければ魔獣でも無いセイの身体の一部──渡せるとすれば髪の毛ぐらいか──を土のスライムにあげたとして、なんの効果も無いに違いない。かと言って他の、全く関係の無い物を渡してもしょうがない。
その点魔力なら、魔法を使う魔獣にしてみればどれだけあっても困らないだろうし、良いんじゃないだろうか。
(でも直接スライムくんに魔力注入すると、加減を間違えそうで怖いな……)
一旦、何かに入れてから渡そう。
本来なら素魔環が一番適しているのだが、王都全体で魔道具フィーバー継続中なので、どこも品薄状態だ。カワウソたちも作りたい魔道具がまだまだあると言っていたし、出来れば残しておきたい。
代用できる物といえば……【人魚の涙】しか思い浮かばなかった。
ほどほどの量の魔力を入れられる、小さな玉。理想的だ。
数珠状にして手首に巻いていた人魚の涙をひとつ外す。
(一応、害が無いか【鑑定】しとこ)
鑑定自体は、以前したことがある。
水の遺跡で人魚たちから貰った日の夜に、カワウソたちに強請られて鑑定したのだ。その時の結果は確か……
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[人魚の涙]
・人魚の流した涙が固まり、宝石化したもの
・「【人魚の涙】を入手した者は生涯、水に恵まれる」という言い伝えがあるが、真偽は不明。具体的な事例は見つかっていない。
・不老長寿の霊薬の原料になる、という言い伝えがあるが、真偽は不明。成功例は聞かない。
・いずれも信憑性に欠けるが、万が一の奇跡を狙い、我が手にせんと望む者は多い
──────
こんな内容だったはず。カワウソたちは「言い伝えレベルっちゅーことは、眉唾物っぽいな。つまり、ロマンアイテムやな」「涙が宝石になるというだけで充分厨二心をくすぐりますしね。すごく綺麗ですし」と満足していた。
(でもあの内容じゃ、食べても大丈夫なのか分かんないんだよな。スライムにとって毒にならないか……そんなピンポイントな鑑定、できるかなー)
先ほど、他のスライムたちは自分たちの主の一部を貰って、体の中に取り入れて、しかも溶かしていた。
人魚の涙が食用可能かどうか、確かめておきたい。というわけで、【鑑定】
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[人魚の涙珠]品質:特上級
・品質:低級、中級は、人魚が痛み苦しみ悲しみで流した涙で出来た玉。特殊な効果は無い。入手難易度の高さと見た目の美しさから、宝石としての価値はある。
・品質:上級、特上級は、人魚が感動、感謝など喜びの感情で流した涙で出来た珠。器に入れて念じれば、数年に渡り水を供給し続ける。飲料用、可。薬作成用、可。
・エリクサーの原料のひとつ。二個以上必要。※エリクサーの他の原料についてはコチラ。
・人間、魔獣共に、飲み込んでも害は無い。むしろ健康に良い。全身潤うので美容にも良い。ただし沢山飲んだからといって効果は上がらないので、飲み過ぎには注意。
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(…………???)
鑑定内容が、変わり過ぎている。なんで? いつから? 誰がどうやって?
正直に言って、不気味だ。
でも一番知りたかったことは確認出来たので、良しとしよう。害どころか、健康に良い。最高じゃないか。
とはいえ、念のため仲間たちにもお伺いしておこう。エリクサーとやらについては、何かは知らないが今カワウソたちに知らせるのは危険だ、と直感が告げているので黙っておく。
「人魚さんたちから貰ったこの珠に魔力を入れて、スライムくんにあげようと思ってるんだけど。気になる事とか、ある?」
「「……」」
「……良いと思うケド、魔力の入れ過ぎには注意した方がいいんじゃないかなー? セイなら、少な過ぎない? って不安になるくらいの量で、ちょうど良いんじゃない?」
カワウソたちが無言のままコク、コク、と頷いたのを横目で見て、コテンがアドバイス。
「そうだね。まあ元々、気持ちだけのものだし。……えーと、この玉に魔力を入れて渡すから、もうちょっと待ってね」
セイは手に持っていた人魚の涙珠に、魔力──特に土属性が入るよう、且つ入れ過ぎないよう、調整しつつ注入。
透明だった珠が、金色混じりの焦茶色にスッと染まる。
ずっと手首に付けてたものだったので、軽く洗浄魔法。
土スライムに渡すと『アリガトー!』とアメーバ型の身体をビョンビョン激しく波打たせて喜び、すぐさま飲み込んだ。
他の属性のスライムたちの半透明ボディと違って、色が泥のように濁ってるから分かりにくいが、人魚の涙珠は何事も無くしっかりと溶けたようだった。
そして、やはり輝き出すスライムの身体。
ぼんやりした光りから、急にカッと目が潰れそうなほど強く光った後、そこに居たのは黄金色に輝く土スライムだった。
(……これ、大丈夫かな?)
この先、土の遺跡に冒険者や騎士がやって来るようになるかは分からないけれど、もしなった場合。
ここまで金ピカに輝いちゃってる子を、野に放っても大丈夫だろうか……
想像で不安になっているセイをよそに、輝きを増したスライム4匹は再び合体フォーメーションになった。シャキーン!
「なんということでしょう! 俺たちは今! 歴史的瞬間に、立ち会った!!」
「はぐれメタル誕生の瞬間! そして、のちのスライムキングたちによるドリームチーム結成の瞬間でしたね! 胸熱ですぅうう!!」
アズキとキナコが短い後ろ足をハの字に広げ、仁王立ちになって叫んだ。あまりに声がデカい。
これまで彼らが短い間とはいえ静かだったのは、先ほどスライムたちが属性の主の一部を貰って進化したのを見て大声で騒ぎ、コテンにマジ怒かまされたからだった(セイは全てスルーしていた)。
自分で自分の口にちっちゃい両手をギュッと押し付けて、黙っていようと我慢していたが、とうとう限界を越えたらしい。よしよし、落ち着いて。……無理かー。しょうがない、放っておくね。
スライムたちがセイの方を見た、気配がした。応えるように頷く。
「みんな、気をつけて。みんなの安全を最優先にして、そうだな、まずは地下10階の副主様を目指して欲しい」
『ワカッタ!』
「危ないと思ったら……すぐに行くから!」
『オッケー!』
危なくなってもそのまま進む気がしたので、それならいっそ自分が行くと宣言。
合体フォームのスライムたちは揃って、勇ましく横揺れした。
『『『『ゴー!!!』』』』
コノハスライムがかっ飛ばし、通路を抜け、一気に地下1階へ。
ヒノタマスライムの灯りで、さっきはよく見えなかった景色が、はっきりと映し出された。そして状況の悪さがよりよく分かる。
岩や太い枝があちこちに露出している土の山、地面に転がっている太い石製の、元柱らしきもの。ぐちゃぐちゃだ。
エリア内の障害物は、コノハスライムが上空を飛んで移動することで避けていた。なので、はっきり言ってセイたちが行くよりも早く移動出来ている。
向こうに見える地下2階へと続く扉は、しっかりと閉まっていた。なのに減速しない。どうする気だ?
土スライムが、体の一部を触手のように細長く伸ばし、コノハスライムより前へ出した。
『アッチ!』
水スライムの画面越しに土のスライムの声が聞こえ、正面の扉ではなく、側面の壁にある横穴──大型犬が通れて大人の人間には通れない、そんな高さと幅で、空気用なのか魔獣の移動用なのか、ダンジョンの謎だと説明されていた穴──のひとつに向かって、触手で指し示した。
横穴へ躊躇い無く入っていくスライム隊。
しかし先にあるのは、行き止まりの壁だ。
触手の先端が丸く膨らんだかと思うと、凄まじい速さで射出。弾となって飛んで行った土スライムの一部が、壁に当たった。
途端、その場所に光を伴って魔法陣が出現。
スライム戦隊は一切減速せずに、魔法陣へと飛び込んだ。
抜けた先は、地下2階なのだろうか、新しいエリアが広がっていた。
「……びっくりした。隠し通路だったんだね、アレ……」
「地元民だけが知ってる裏道みたいなものなのかなー? 良いよね、アレ。時間短縮にもなるし、なによりあんな大きな扉が動いたらさ、きっと遺跡にすっごく負担掛かったと思うんだよね。スライムに任せて大正解だったねー」
セイとコテンが感心している横でカワウソたちが「魔法陣で開く幻の壁……! 厨二心が爆発する!」「通路だけじゃなくて、隠し部屋もありそうですよねっ。心が躍りますぅ!」と大はしゃぎしていた。君たち、それ以上騒ぐと本当にコテンくんの結界に閉じ込められるよ……自重求む。
(あ、じゃあ、あの謎の横穴は魔獣の移動用だった、ってことかな。でも結構狭いし、焔獅子さんとか、通れない大きさの魔獣も多そうだけど。それに、魔獣たちは転移魔法で移動してそうなんだけどな)
いや、今はそんなことはどうでもいい。遺跡の謎についてはギルドの皆さんにお任せしよう。大事なのはスライムたちだ。
そのスライム隊は、順調に遺跡内部を飛び進めていた。複数の洞窟がある階や、フロア全部が罠満載の巨大迷路の階。岩山と砂山が交互にある階、一面砂漠の階など、真正面から攻略するには難易度の高い階層全てを、土スライムのナビもあり、難なくクリア。横穴の魔法陣も使って一度も止まることなく、下っていく。
超速だ。
コノハスライムが速過ぎてよく見えないが、やはり他の魔獣の姿は見当たらなかった。
だがどの階も、建物は壊れかけているわりに、エリアそのものが全壊などということはなく、抜け道の魔法陣も全て使えている。
恐れていた天井や壁の崩落、最悪の事態としてエリア全ての崩壊による生き埋めなどといった危険も無いまま、無事に地下10階へと。
やはり地下10階は、ダミーとはいえラストステージだけあって、広さも天井までの高さも、これまでとは段違いだった。見た瞬間に挑戦者を絶望させる、異常な大きさ。ヒノタマスライムの灯りだけでは、全てを照らすことが出来ないほどだ。
コノハスライムの飛行移動に合わせて見ていくと、複雑に入り組んだ石の回廊、上部が崩れている複数の塔、どっしりとしつつも壁があちこち壊れている砦のような建物が前後に二つ、その先に広い岩場があるようだった。
スライム戦隊は上空を飛び、これまでと同じく全ての仕組みをショートカットして、最短で最奥へ到達。
岩場の一番奥に、土の山……
『フクサマ!』
土スライムが飛び降りて、地面を滑るように移動。山へと急いでいる。
(フク様……副主様のことだよね)
ということは、あれは魔獣なのか。
スライム隊が近付き、もう少しよく見えるようになると、確かに土ではなく毛むくじゃらの生き物だと分かった。ゴワゴワとした焦茶色の長い毛で覆われていて、どんな姿なのか見当がつかない。
四本の太短い足も見えた。角度からして、寝転んでいるのだろう。
それと、体の一部から伸びている長い何か……尻尾? だが、尻尾の付け根に牙が上下逆向きに生えていないか?
『フクサマ! フクサマ……!』
ラスボス(仮)として、本来なら挑戦者の前に脅威として立ちはだかる圧倒的強者であるはずの魔獣が、横たわったまま、動かない。まさか……
だが、毛の塊の隙間に見える、硬く、ヒビ割れた濃灰色の、皮膚……? それが、ゆっくりと動いた。
中から現れたのは、濁った白目。老人のように白くなった黒目。
うっすらと開いた瞼から覗く、虚ろな目。土スライムが見えたのか、まるで微笑むかのように少し緩んだあと、またゆっくりと閉じていった。
『フクサマ!!!』
土スライムの悲鳴が響く。
セイは、必死にどうするべきか考え、突然閃くものがあった。
(場所を見た、知った。今の状況も見えてる。────跳べる)
お読みいただきありがとうございます。
特に意味はありませんが、名前を「紺たぬねこ」「たぬねこ」から「紺たぬ壱」に変えました。
気分で変えるタイプなので、また戻るかも知れないし、もっと他のに変わるかも知れません。よろしくお願いします。




