番外 55_【土の遺跡】1 地上1階
「冒険者の人たちがさ、地下10階とか11階のラスボスを倒した後に、人数を増やしてまた行くのってなんでだろ? なかなか倒せなくてメンバーを変えて何度も挑戦するのなら分かるんだけど、攻略済みなのにまた戦う理由って、何かある?」
火の遺跡で炎鳥が『再び我の所へやって来る時には、ニンゲンの群れが大きくなっていることが殆ど』と言っていた。セイ自身は魔獣と会話が可能だし、分身を預かっている事情もあり何度か通うつもりでいるが、冒険者や騎士たちがダンジョンボスの元へ再び訪れる理由がさっぱり分からない。
「戦闘訓練目的の奴もおるんやろけど、どっちかっちゅーとアイテム狙いがメインやと思うで」
「アイテム狙い?」
「この世界の人間はみんな、基本的に魔獣を倒したらアイテムドロップするて思てるからな。ボス相手の方がええもん貰えるのは事実やろし。俺かてマジックバッグがドロップするんやったら何回でも何百回でもボスに挑戦し続けるわ。出るまでやる。出す」
「……なるほど」
アズキの意見に頷く。マジックバッグ、めっちゃ欲しがってるもんねぇ。確か、高難易度ダンジョンだったかのボスを倒せば、千回に一回くらいの確率で手に入る、というようなことを魔道具店の店長から聞いた覚えがある。
どこのダンジョンなのかは不明。というより、情報の真偽そのものが不明だが。
(そういえば、魔獣たちは手が使えないから道具は魔環型が良いって言ってたのに、王城の宝物庫にあるマジックバッグは“革製の小さな鞄”なんだったっけ。今までに会った魔獣たちはみんな手が使えない子たちばっかりだったし、もしかしたら土の遺跡には手があるタイプの魔獣がいるのかも……)
「ボス以外の魔獣からもアイテムドロップありますし、自然に出来た殻魔環が落ちてたりとか、ダンジョン内でしか採れない素材もあるみたいですしね。隠し部屋もある訳ですから、他にも未発見の宝箱探しとか。ボスから貰った【証】があれば好きな階層に飛び放題なんですから、何度でも潜る理由はたくさんあると思いますよ」
「なるほどー」
キナコの意見にも頷く。ありそう。しかし今はどの遺跡もボロボロのカスカスなのだから、ダンジョン素材も魔獣素材もそれほど入手できないんじゃないかな、大丈夫かなと他人事ながら心配してしまう。
「……っと、ロウサンくん待って。なんだろ、通り過ぎたみたいだ」
セイたちは空を駆けるロウサンに騎乗して、土の遺跡を目指していたところだった。
土の遺跡は、水、風、火の主たちから貰った【証】である鬣、髭、羽が指し示す場所にある。そこを目指して延々続く岩場しか無い所を通り過ぎている途中、一斉に向きが元来た方向へと戻ってしまった。
「ん? でもそれらしき建物無いよな?」
「だよね。えーと……。──あ、目隠しの結界がある」
アズキの言葉に頷きつつ目を凝らせば、歪な半円形の【神気の混ざりモノ】で出来た結界が、浮かび上がって見えてきた。
これは……水の遺跡の周りに張ってあった結界と同じものに見える。ということは。
「めちゃくちゃまずいかも……」
「嫌な予感しかしないんだけどー?」
セイの呟きと、耳の長い小狐コテンの言葉が重なった。
・◇・
火の遺跡から帰ったのは、昨日の夜遅くだ。
セイの体力の少なさから考えると、そろそろ休養日にした方が良いのだが、周りの心配する声に対してセイ本人が「急いだ方が良い気がする」と言うので、強行したのだった。
(スザクさんは水の魔力だけじゃなくて、土の魔力も喜んでた。ってことは、土の遺跡もあまり動いてない可能性が高い……ことに、今朝気付いたんだよね……)
昨日は疲労もあり、他の情報も過多状態で頭が動いていなかった。朝起きて、ふと炎鳥の言葉を思い出したのだ。
土の魔力が水の魔力並みに少ないということは、もしかしたら水の遺跡と同じ状況かも知れない。
一日くらい行くのを遅らせても、もうさほど変わらないと仲間たちは言ったけれど、気になって休めないんだから行ってしまった方が良いとセイが説得して、出発したのだった。
そしてやって来た土の遺跡は、【隠蔽結界】と【防御結界】──長年閉じられていた水の遺跡と同じ結界──で覆われていた。嫌な予感で寒気がする。
地上に降りてロウサンに結界周りを一周してもらったところ、見張りらしき人影も、魔道具も、何も見当たらず。乾いて割れた岩と砂だけが、ひたすら広がっていた。
セイは、念のため人目につかない結界の上部部分を、ロウサンごと通り抜けられるサイズにだけ解除。結界内へ入ると目の前に遺跡があり、ただ扉の近くでは無かったので、探して走ってもらう。
見つけた扉の前で、いつも通りロウサンとは一旦別行動だ。
「あかん、この扉、全然動かしとらんぞ!」
「砂の溜まり具合がヤバいです、扉の隙間も土で埋まっちゃってます!」
先に走って扉の様子を見に行ったアズキとキナコが、焦った声で告げてきた。
まずはコテンが、毒だけでなく臭い対策もばっちりな守護結界をすぐに出せるよう準備をする。そしてセイが扉を人一人分の隙間分開け、素早くみんなで中へと入り、すぐさま閉じつつ、コテンが結界を自分たちの周りに張った。
中は真っ暗。セイは明るくし過ぎないよう、ややぼんやりとした光で遺跡内部、地上一階を魔法で照らした。
扉を開けて空気が動いたせいで、溜まった砂と土が舞い上がり、霧のようになっている。コテンの結界が無ければ、セイたちは大変なことになっていただろう。
砂埃がおさまって見た光景は……
「うっわ」
「過去一ヤバいやんけ」
廃墟だった。
ランダムに設置してある複数の石製の太い柱は、どれも途中で折れ、崩れ落ちていた。壁や床の石も割れ、剥がれている。枯れ枝や魔獣の毛が絡んだ塊がそこかしこに落ちていて、壁際の溝にはヘドロが溜まっていた。きっと臭いもひどいに違いない。短期間で臭い対策の成された結界を開発してくれたコテンを拝みたくなった。
遺跡内部はただ汚いだけでなく、空気が重く澱み、雰囲気が荒んでいる。
「とりあえず、軽く綺麗にするよ」
水の遺跡では咄嗟に全部綺麗にしてしまったが、後日勇者たち選抜メンバーが訪れる予定の場所を、見違えるほど綺麗にしてはいけなかったのだと反省したのだ。
だからここでは不審に思われない程度に、空気と臭いだけをそこそこ浄化するイメージでセイは魔法を放つ。
「──【洗浄魔法】。……ん?」
「どした?」
「うーん……なんかちょっと、魔法を出す時、ちょっと変な感じが」
アズキの伺いに答えつつ、もう一度軽く魔法を使ってみる。
(なんだろ、感触がザラつくっていうか、微妙な引っ掛かりがあるっていうか。でも、ほんのちょっとなんだよな)
アズキとキナコも小さく水魔法を出している。しかし特に違和感は無いとのこと。
「気のせいだったかも」
「疲れとか、体調から来る違和感かも知れませんよ」
「大丈夫大丈夫、全然元気だよ。ごめん気にしないで」
体調に問題無いのは本当だ。ここでやっぱり帰ろうと言われても困るので、強引に話を変える。
「それより、全然魔獣出て来ないね」
「出て来んのか、出て来れへんのか、どっちやろな」
「どっちにしろ出て来ないのであれば、ぼくたちだけで先に進むしかないですね……」
遺跡の扉を開けると必ず出てくるはずの小型魔獣が、現れない。長年扉が閉じられていた水の遺跡ですら、ちゃんと出てきていたのに。
この遺跡在住の魔獣に、地下の状況を聞いてから潜りたかったが、仕方がない。
あちこちに転がっている岩や石を避けつつ、奥にある地下へと続く通路へ。中は当然暗いので、魔法で明るく照らす。
……壁の石が崩れ、中の土が通路に雪崩て小山が出来ていた。やばない?
何より気になるのが、天井だ。石と石の繋ぎ目が、なんかズレてないか……?
セイは仲間たちと顔を見合わせてひとつ頷き合った後、無言で小石を拾い、入り口から天井に向かって投擲。しかし残念ながら届かず、小石は落ちて、ゆるい下り坂になっている通路の奥へと転がっていった。
ちょっと恥ずかしかったな……そう思いつつ、もう一度と小石を拾ったところで、天井からパラ、パラ……と石のカケラが落ち始めた。
それから天井の石の板が手前から奥へ向かって順番にドスドスと重い音を立てながら落ち、更に土が降り注ぎ、通路が土煙で覆われた。
「マジか」
「無理やん」
「これはちょっと……危険過ぎて無理ですね」
全員の顔が引きつる。
「でも無理って言ったって、逆にそんなにゆっくりしてられなくなったよね?」
崩壊待った無しの状態になってしまった。きっかけを作った身としては、一刻も早く中の魔獣の状況を確認したい。本当にごめんなさい。
「僕が土魔法で直して通れるようにするよ。この先も壊れないように魔法で補強しながら進んで行こう」
自分たちの移動に合わせてどんどん遺跡が壊れていったら洒落にならない。かと言って勝手に遺跡全部を土魔法で補強する訳にもいかない。もしも壁の中や地中から出てくるタイプの魔獣がいれば、閉じ込めてしまう事になる。
そう説明して歩き出そうとしたセイを、アズキが止めた。
「あかん。セイは留守番や」
「……は?」
まさかの言葉に、セイは眉を寄せた。留守番? 最高に意味が分からないんだけど?
「俺らが先に行って確認してくるから、セイはここで待っててくれ」
「何言ってんの?」
「小石ひとつの衝撃で天井が崩れるような所に、セイくんが行くのは無理ですよ。その点、ぼくたちは身体も小さいですし、足も速いですからね。ぱぱぱーっと様子を見に行ってきます」
「いやいやいや、キナコくんまで何言ってんの。僕が行かなくてどうするんだよ。この遺跡の魔獣に会って、話を聞かないといけないんだよ?」
「第一魔獣を発見したら俺らがここまで連れて来る。大体、俺らがやろうとしてんのは斥候や。いつもやってることやんか」
「いつもとは状況と危険度が違い過ぎるだろ。地下に降りた途端に遺跡全部が大崩壊したら、アズキくんとキナコくんだって無事でいられるわけない。だから崩れないように僕が魔法で補強しながら進むのが、一番安全だって……」
「あかん言うてるやろ」
セイの反論に被せるようにアズキが首を振った。
「セイの魔力量が無尽蔵レベルなんは知ってる。けどな、検証はしてない。絶対ではない。途中で魔力が尽きてまう可能性が、ほんの僅かでもあるんやったら、あかんのや」
以前から気にしていた事を言われて、言葉に詰まる。自分の魔力量が普通より多いのは自覚しているが、本当に底無しなのかセイ自身も実は分かっていない。
更に、魔法の発動が精神状態に強く影響されることを考えれば、予想もしていない理由で突然魔法が使えなくなる事態だって、無いとは言えない、と。
「ダンジョンは普通の建物とは違いますからね。まだまだ謎も多いですし、魔力在りきで造られてます。予測してない場面で想定以上の魔力を消費する可能性もありますから」
「でも、だったら、アズキくんとキナコくんだって危険なんじゃないか。そもそも、そもそもだよ、今回この世界に来たのは元々僕が頼まれたことで、アズキくんたちは巻き込まれただけなんだから……そうだよ、僕が行って、アズキくんたちが留守番する方が正しい」
先ほどの天井の崩落によって出来た土砂の塊を見て、もしあれがカワウソたちの上に落ちてきたらと想像し、セイの背筋を悪寒が走った。いくら彼らの体が小さいからといっても、隙間なく埋められたら逃げられない。しかもダンジョンは地下のくせにエリアが非常に広く、階層を下がるほど天井が高い。もしそれが一気に崩壊でもしたら……ダメだ、絶対に行かせられない。
「セイ、冷静に考えてくれ。俺らのどっちが危険な役目を取るかやなくて、向き不向きの話をしてるんや。俺らは、ある意味“普通の生き物”とは違う。錬金術で造られた頑丈ボディで、しかもこう見えて結構強いし、今は魔法まで使える」
「危機察知能力にも自信あります。それにね、なにも地下11階までぼくたちだけで行くって言ってるんじゃなくてですね……」
「あ、行けたらラスボスまで行くで」
「「えっ」」
「前の三つの遺跡で大体要領は分かったしな。要は、交換箱とか宝箱は全部スルーして、魔獣は嬲らずに一撃必殺で仕留めて、ラスボスに勝つくらい強かったらええんやろ。ダメ押しで水魔法で恩を売ったら間違い無しや。完璧やで!」
「言われてみれば……いけますね」
「待って待って、まず地下一階に降りるのすら危ないって言ってるんだよ。降りた瞬間に天井が落ちてきたらどうするんだよ。というかね、ここで言い合ってる場合じゃないんだよ」
ダメだ、落ち着こう。セイは深呼吸した。
遺跡が今すぐにでも崩壊を始めそうな恐怖と魔獣の安否が気になり、焦りと不安でセイもカワウソも知らず空回りしていた。「俺らが」「いや僕が」「いやいや俺らが」の繰り返しになってしまう。
妥協点はどこだ……考えていると、セイの手首に巻かれている魔槞環のひとつが淡く光った。魔槞環が解除され、魔獣が姿を現した。
地面をぽよーんとゆるく跳ねる水饅頭ボディ。水のスライムだった。
『ミテクル! ミテクル!』
「見て来るって、スライムくんが?」
『マカセテ!』
「えーと、気持ちは嬉しいんだけど、自分の目で確認したいから……」
危険だから行くなと言っても納得しないだろうしと、適当に理由を付けてやんわりお断りしたところ、魔槞環がまた光った。水のスライムがもう一匹、ぽよん、と落ちる。
二匹のスライムは小さな触手のような手(?)を伸ばし、お互いにちょんっと先を合わせてからぷるぷる震え、少しして離れた。一体、何をしていらっしゃったので……?
『ミル!』
『ミセル!』
“見せる”と言ったスライムが薄平べったく延びた。両手の平サイズの柔らかいガラスみたいだ。すごい変形したね。“見る”と言ったスライムは丸いまま。
ガラス面のようになったスライムの表面が一度光り、そしてセイの上半身が下から見上げる姿で映り出された。それから画面は上下に揺れて、次にアズキの姿が。
「もしかして、丸いスライムくんの見たものが、映ってる?」
「えっ、なんやその神能力」
「えっ、夢と希望と野望が広がりまくりなんですけど」
アズキとキナコの目がギラリと光った。でもその好奇心はしばらく仕舞っておいて。大事なのは“安全”だ。
「スライムくん、この先はとても危険なんだ。上からとても大きくて重たい石が、突然たくさん落ちてくるかも……」
『ダイジョブ!』
丸いスライムは薄平べったくなり、そこから細長く、更に二又に分かれてまた一つに。そんなふうに次々と形を変えた。そこまで自由自在なのか。そうか、水だもんな……
「セイが悩む気持ちも分かるけどさぁ、実際スライムに頼むのが一番だと思うよー? この能力で中の様子が分かるでしょー、小さくて軽いから影響も少ないでしょー、薄くなれるんならボクたちより危険も少ないでしょー、属性は違うけどダンジョンの生き物なんだからボクたちより仕組みに詳しいでしょー。断る理由、無くない?」
「ぅぐ……」
コテンの正論連打にセイは呻いた。
これしか無いと、理性では理解できている。しかし「便利良く使う為に連れてきたんじゃないんだよ」という葛藤があった。
『マカセテ。ヤクニタツ!』
勇ましくぷるるっと横揺れするスライムに、セイは自分の間違いを悟った。
そうだ、この子は庇護を求めてセイに付いて来た訳でもなければ、可愛い可愛いと愛玩される為に一緒にいる訳でもない。
最初から『ヤクニタツ!』そう言って付いて来たのだ。任せないのは、失礼だ、と。
セイはスライムを手の平の上に乗せて、目線(?)を合わせた。
「危ないと思ったら、迷わず戻ってきて欲しい。約束してくれ」
『ヤクソク!』
「もしも君が危険な状況になったら、僕はすぐに助けに行く。いいね?」
『ワカッタ!』
「まずは地下一階を見たら、一度帰ってきてくれ。途中で魔獣に会ったら、魔獣が歩けそうならここに連れて来て、歩けなさそうなら僕たちが行く。オーケー?」
『オーケー!』
小さな触手を伸ばしてきたので、セイも指先でタッチした。もしかしてハイタッチかな?
『ゴー!!』
勇ましい掛け声と共に手の平から飛び降り、丸いスライムは通路の奥へぽよーんぽよーんと跳ねて進み、明かりの届かない暗がりへと消えていった──




