番外 52_【火の遺跡】4 カワウソたちの考察
「「朱雀!?」」
アズキとキナコが叫ぶように言った。
「なんで西洋風の世界にいきなり中華テイストぶっ込んでくんねん! もっと世界観を大事にしろや!!」
「朱雀って南方守護神なんですよ!? ここ西ですよね? もっと世界観大事にしてもらっていいです!?」
「僕に言われても……」
「セイに怒ってるんちゃうで、ごめんな!! ただの魂の叫びや、聞いてくれ。ラスボスがリヴァイアサン、フェンリルときてなんで四神の朱雀やねん! しかもなんで四神やのに朱雀だけやねん、おかしいやろッ!」
「ぼくたちが勝手に怒ってるだけです、セイくんごめんなさいっ。リヴァイアサンは東の竜で、青龍にギリギリ当て嵌められなくも無いですけど、南のフェンリルは狼じゃないですか、せめて虎であれ!」
「なんで虎?」
どこから虎が出てきたんだろう? 不思議そうなセイにキナコが、朱雀は南を守護する赤い鳥で、東が青龍、西が白虎、北が玄武という亀じゃないと絶対にダメなのだとド真剣に言い切った。……ダメなのかぁ。
「いえ、やっぱりフェンリルが虎でもぼく的には無理です、朱雀が南じゃないと違和感がすごいんです!」
半泣きのキナコ。うんうん、落ち着いて。全く以て理解不能だが、とりあえず話を合わせて、頷く。
「本当はスザクにはそういう決まりがあるんだね。リヴァイアサンさんとフェンリルさんの時は言わなかったってことは、あっちには特に決まりは無かったのかな?」
「……それは」
「リヴァイアサンとフェンリルの設定は……」
カワウソたちは顔を見合わせて、ピンっと立てていた尻尾をしおしおと下げていった。
「リヴァイアサンは……海にいるデッカくてめちゃ強な、龍型の魔獣、やな」
「へー、なんだか、ふんわりしてるんだね」
「フェンリルは……白い大きな狼型の魔獣、もしくは神獣で、伝説級に強くて知能が高くて……ストーリーの序盤で主人公が出会って気に入られて、主人公の高速移動と周囲から一目置かれる理由として活躍しがち、です」
「……後半なんかおかしくない?」
セイの疑問には反応せず、二匹は小声で話し始めた。
「冷静に考えたら、元から世界観おかしいっちゅーか……モンスターの元ネタの宗教がチャンポン状態になっとるな」
「リヴァイアサンが旧約聖書で、フェンリルが北欧神話ですよね。ここの炎鳥がフェニックスだったとしても、フェニックスは古代エジプトの神話でしたっけ。結局バラバラですね」
「単に有名なモンスター揃えました感がヤバいな。もしかしてほんまに、“ゲームかラノベの世界に転生しちゃいました系異世界”なんちゃうか、ここ」
「この世界のどこかに、異世界転生者主人公がいるかも、ってことですか? うーん、でもその割にこの世界って、食べ物が違い過ぎません? 野菜も調味料も見たことも聞いたことも無いものばっかりで、調理方法も全然違いますし。あれじゃ料理チートなんて無理ですよ?」
「せやなぁ。メイドインジャパンの異世界やったら、最低限ジャガイモは絶対にあるはずやしな」
「ジャガイモ、結構頑張って探したのに、みつかりませんでしたね。野菜も穀物も、名前と見た目がちょっと違うとかそんなレベルじゃなく、本気で正体不明な食材ばっかりで……」
「同じ時代の外国よりもよっぽど日本の食文化に近いのが、日本製異世界やしな。ほな違うか」
この世界の食材は、一部の野菜と果物を除いて、「多分野菜」「何かの肉」と大ジャンルがかろうじて分かるくらいで、味も調理方法も謎なものしか無い。そのせいで、自炊するようになってから随分と困ったものだった。
まず主食からして違う。この世界では、石並みに硬く拳ほどの大きさの穀物を、丈夫な布袋に入れてハンマーで叩いて中身を粉砕し、粉々になったところで袋の外側から揉んで丸めて、小さく縛って塩味の土の中に埋めて、一晩経って柔らかくなった中身を伸ばして薄くし、火で炙った生地の皮が、主食になる。
その生地を指でちぎりながら、やはり正体不明な野菜を変わった調理方法で具材にして、中に挟んで、手掴みで食べる。
王族や貴族の食事にはパンに似た料理もあるが、王城のパーティーでつまみ食いしたところ、味と食感は微妙だった。
調味料はカラフルなスパイスがメインで、なんと塩と砂糖が無い。
何十種類とあるスパイスの組み合わせで、甘くしたり辛くしたりするのだ。素人には調理が非常に困難。
作れたとしても当然、ただの塩砂糖で味付けした料理と違って、雑味が多く、香りも独特。
まあ一応、食べられなくはない……そんな食事事情だったが、意外な理由で塩砂糖問題が最近解決した。
風の遺跡でお礼に貰った大量の魔界の砂が、塩を砂糖の元だったのだ。ところがやはり異世界、しかも魔界製。普通とは違う。
精製方法が、魔法を使用しなければならない物だった。【鑑定】魔法と、物知りなトアルがいなければ詰んでいた。
調味料だけでなく調理全般においても魔法の有無が重要で、無くても料理は勿論できるが、味が格段に落ちる。普通の火よりも魔法の火、包丁よりも風魔法で切った方が遥かに美味。それを聞いて、アズキキナコが張り切って協力していた。
このように、あまりに食事事情が違う。
アズキが「甘いから砂糖言うてるだけで、成分は元の世界の砂糖と全然違うかもしれん」と、火で炙ってもサラッとしたままの“自分で精製した砂糖”を見ながら言い、キナコから「この世界の人間は身体の造りそのものが違うみたいですし、セイくんの身体に必要な栄養がここの食事では摂れていない可能性があります。セイくん、具合悪くなったら早めに言ってくださいね?」と言われている。
みんなは? と聞けば、幻獣である彼らは神泉樹の神気があるから大丈夫との答え。なら良いや。
さておき。ここが「前世で読んだ創作物と同じ世界」で無いのなら、何故自分たちの元の元の世界と同じモンスターがいるのか。スライムに回復ポーションまであるのは、やっぱりおかしい。名前に影響を与えた異世界転生者、転移者はいるのでは。でも……と、カワウソたちは落ち着かない様子でグルグル歩き回っていた。
「あのさぁ、結局それってキミたちだけの意味不明な拘りなだけで、今回ボクたちがココに来てる用件そのものには、全然関係無いよねぇ? つまんないことで時間を無駄にするの、やめて欲しいんだけどー?」
だけ、を強調して冷たい眼差しを送るコテンを、セイが宥めた。
「まあまあ。僕もそこらへんちょっと気になってたし、興味あるよ」
「えー? でも、名前だけの問題でしょー?」
「そうなんだけど……なんていうか、魔獣の種族名って、誰が付けたのかなって。ギルドの人たちがフェンリルって言ったから、なんとなく僕もフェンリルさんって呼んで、それでフェンリルさんも返事してくれてたから納得しちゃってたけど。でもフェンリルさん本人が自分から“我はフェンリル”って名乗ったことは、一度も無いんだよ。リヴァイアサンさんも名乗りは無かったし、スライムのことだって“小さき泡”って呼んでて、スライムとは一言も言ってなくてさ」
「えっ、マジか。そうやったんか?」
「うん。多分人間が魔獣に種族名を勝手に付けて、魔獣側は雰囲気で付き合ってくれてるだけじゃないかなぁ。魔獣からしたら、“ニンゲンがなんか呼んできてるけど、個人名じゃないからまあ良いか”程度ぽいなって。あくまでも僕の印象だけどね」
「なるほどです。……犬だって、自分の名前は覚えても、自分がゴールデンレトリバーだのチワワだのなんて、知らないでしょうしね」
チワワってなんだ? 内心首を傾げつつ、キナコの言葉に頷きをひとつ返して、セイは続けた。
「そもそも鑑定魔法で出てくる内容って、誰がどうやって調べて、決めた内容なのかな。最初は神様が作ったんだろうなって考えてたけど、女神様を見てると違う気がしてきてさ。最近ちょっと気にはなってたんだよね」
「そうか。……ということは、や」
アズキがちっちゃい指で顎をさすり、唸った。
「鑑定魔法で表示される、所謂アカシックレコード的なもんを作った奴……おそらく相当昔やろな、そいつがリヴァイアサンやフェンリルを知ってたから、魔獣を見て種族名に設定した。──つまりそいつが転生者か転移者で、そんで、“ライトオタク”やった、と。そういうことやな?」
「いや分かんないけど」
アズキは何を言ってるんだ?
「すごく納得です、多分ソレですね。モンスの名前とビジュアルと大体の能力だけ知ってて、こっちの魔獣が似てるからって適当に名前つけちゃったパターンですね。だから“朱雀”なんですよ、きっと」
「いや知らないけど」
キナコは何を言ってるんだ? どこに納得できる要素があったんだ?
セイの小声でのツッコミに気が付いていないのか、気が付いててスルーしているのか、カワウソたちは話を続けていく。
「昔の、魔竜を倒す為に召喚されたっちゅー勇者あたりが臭いな。俺らかて召喚されて、転移して来たんや。他に日本のラノベ読んでた奴がこの世界に召喚されてたかて、なんもおかしない」
「チート持ちだったに決まってますしね。神に近い存在にまでなって、世界に干渉した……ってとこでしょうか」
ただの妄想を、真実であるかのように語り続けている。ちょっと怖くなってきた。セイは二匹から少し距離を取った。
「ま、俺らかてそんな偉そうに言えるほど詳しくないんやけどな。四神も、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武、あと中央に黄龍、いうことぐらいしか知らんしな」
「ガチオタから怒られちゃうくらいの知識しか無いですよね。フェンリルだって、原作のフェンリルについてはよく知りませんし……まあ、別物だって分かった上で、楽しんでたわけですけども」
「それな」
「ね」
楽しそうに笑ってるカワウソたちを見るコテンの顔がヤバい。本気で苛ついてる。
「あっ、あのさ! とりあえず分身のあだ名を考えよう!」
冷えていく空気を変えようと、セイは明るい声を出した。鑑定魔法の正体が気になるのは本心だが、今話す必要なんて無いのも確かだ。
「種族名スザクで考えるよ。それだとやっぱり、“スーちゃん”かな?」
「せやな、それ以外どうしようもないわな」
「スザクの声って女の子なんですよね? 分身も女の子でしようし、“ザク”よりマシ、としか……」
「じゃ、スーちゃんで! えーとスザクさんごめん、ずっと僕たちだけで雑談してて……」
炎鳥に視線をやれば、少し離れた場所に焔獅子雌雄1匹ずつの2匹と、足が6本ある犬に似た雷獣4匹と、ヒノタマスライムが8匹、セイの方を向いて横一列に並んで座っていた。
「え、なに……」
『おぬしが殻魔環を欲しがってる、誰ぞ一緒に行って協力しないかと問うたところ、我こそはと翼を広げた奴らだ! もっと居たのだが、あんまり沢山付いて行っても迷惑だろうからな、絞りに絞ってこの数にしたのだ!』
「絞りに絞ったんだ……」
多い、と言い辛い。殻魔環が欲しいだけならすぐ作れるから、何も付いて来なくてもいいんだよ、と言い難い。
本当に迷惑なら断るが、裏庭が広がるので受け入れられる数だ。親切心からの申し出な上、選ばれた魔獣たちが、嬉しそうで、誇らしそうで……
(ダメだ、これを断るなんて、僕には無理だ!!!)
「ありがとう! これからしばらくよろしくね!!」
『うむ!』
『……待って!』
話がまとまりかけた、その時。上半身が鳥で下半身が蛇の大型魔獣が、跳ねるような動きで前へ進み出てきた。
『やっぱりおれも行きたいっ、おれ、毒吐くから、嫌がられるかなって遠慮したけど。おれの尻尾を見るとニンゲンがめちゃくちゃ嫌がるから、一度は遠慮したんだけどっ。やっぱりおれも行きたい! 攻撃の時じゃなかったら毒出ないから、だから……!』
「いいよ! おいでよ!!」
半分ヤケクソだった。蛇の下半身なんて、セイもみんなも全然平気平気。万が一、毒が漏れても既にセイが毒無効の魔法をみんなにかけてある、問題無し! カモン!!
『あっ、ありがとう! おれ、がんばるよ!』
『やったな!』『良かったな!』『頑張れよ!!』喜びと祝福に湧いて、絶叫に近い雄叫びを上げる魔獣たち。その熱量にやや圧されるセイたち。そしてキレるシロ。
『うるさいの、やめるですぅううう!!』
シロの威圧で一旦魔獣全てを一掃させ、みんなが戻ってきたところで、仕切り直し。
今更もう遅い感はあるが、巣の主として、威厳ある佇まいで炎鳥がセイたちを見下ろす。
『うむ、では真の挑戦者たちに、我の羽を授けるぞっ』
炎鳥は大きく仰け反ると、頭を前後に激しく振り始めた。数回後、炎鳥の頬にヒゲのように生えていた長めの羽が一本、フワリと舞い落ちる。それをヒノタマスライムが運んで来たので、礼を言って受け取った。
『その羽が、我、火の鳥が認めた証。念じれば目指すべき先を指し示す。貴重なものなのでな、大事にせよ』
「うん、大事にする。ありがとう」
『よし、よし。では羽の注意事項を言うのでな、よく聞くのだぞっ』
「……注意事項?」
そんなのあったのか……聞いてないんだけど?
リヴァイアサンの鬣とフェンリルのヒゲが巻かれている自分の手首を、不安な気持ちでセイは見つめた。




