番外 51_【火の遺跡】3 炎鳥の分身
火の遺跡ではだいぶ前から、魔界とダンジョンを結ぶ魔法陣に“たまに魔界との行き来を失敗する事がある”という不具合が生じているのだそうだ。
魔法陣のある一番奥の岩山へ移動して実際に見せてもらったところ、真ん中の鍵──宝珠の状態は、見るからにヤバかった。
色が暗く淀み、表面に薄っすら細いヒビが幾筋も入っている。
「なんか……いつ壊れてもおかしくないように見えるんだけど。一応、動いてはいるんだよね?」
『動く時と動かない時があるな。だから、ちゃんと魔界へ帰れるか、毎回賭けだな!』
笑いながら言うことじゃ無いと思う。セイは顔を引きつらせた。おかしい、危機的状況のはずなのに、どうしてこんなに軽いんだ……不思議に思って聞けば、炎鳥たちは魔界との行き来の失敗を、それほど深刻に捉えていなかったそうだ。
なぜならば、『失敗したところで巣の奥に落ちるだけで、ほぼ実害が無いから』。
ダンジョンで人間に攻撃された魔獣は致命傷であっても死なず、その場から消えて、魔界へ帰るか、巣の最下層の一番奥へと落ちるかを選べる仕組みになっている。
魔獣たちは『毎回魔界へ帰るのはダルい』と奥へ落ちることを選ぶことが多いらしいのだが、とはいえ、やはり魔界の魔素や地形が恋しくなったり、あちらでしか食べられない物があったりするので、定期的には帰りたい──逆に言えば、帰る理由はその程度なので、魔界行きに失敗しても巣の奥に落ちるだけだし、しかもしばらく時間を置いて再チャレンジすれば成功する事が殆どなので、それほど危機感は無かった。
今までは。
炎鳥が「キュルルー……」と掠れた鳴き声を上げた。
『だがまさか、魔法陣が壊れたら魔界から魔素が全く入ってこなくなるなんて…………聞いてたかな? 昔過ぎて覚えてないけど……でもきっと、困った事になりそうなのだ』
「水の遺跡では困ってたよ。リヴァイアサンさんは、尻尾の分身を魔界に連れて行けば魔界と繋がって、なんとかなるって言ってたし、魔法陣が動いてうちに試してみるとか?」
『ふむ、分身か。そうだな! よし、やろう!』
言うなり炎鳥は翼から羽を飛ばし、尾羽の先を斬り落とした。
(ちょ、今!?)
自分たちという初対面の部外者がいるのに、なんで今やるんだ!?
なにより、もっと魔獣のみんなと相談してからの方が良かったんじゃないかな!?
セイの仲間たちが通訳を求めてチラチラと見てくるが、「対策を提案したら突然やり始めた」としか言いようがない。
とりあえず、リヴァイアサンやフェンリルの時と違って『分身を預かってくれ』的な事は言われてないと小声で伝えると、「じゃあ今やる必要ないやんけ」「耳から入って即行動ですか、直結脳筋ってすごいですね……」と、カワウソたちも困惑していた。
切り離された尾羽はクルクルと丸まり、すぐにチビ炎鳥の姿に。早い。本体に似て短気か。
チビ炎鳥は体全体が丸っこく、座った状態で頭の位置がセイの腰くらい。炎のような赤色ボディの本体と違って色が薄く、ピンク色の羽毛がポワポワフワフワしている。眩しいのか目が半分しか開いていないが、それすら可愛い。
『よし、成ったな! 誰ぞソレを魔界の遠く、適当な所へポイっとしてきてくれ!』
「は?」
内容のひどさに、セイは数秒固まった。そしてその数秒の内に、雌の炎獅子がチビ炎鳥を咥えた。止める間も無く、二匹もろとも、炎鳥が羽でズバッと切り裂いた。
「ちょ待っ」
なにしてんの!? 青褪めるセイの前で、二匹は溶けるように消えた。
「……あ、魔界に帰る為に……?」
致命傷を与えて消える魔界への帰還方法は、人間相手だけでなく、魔獣同士でも可能だったらしい。だとしても心臓に悪い。もっと穏便なやり方は無いのか……恨めしげに見つめるセイに、炎鳥はキョトンと首を傾げている。
(いつもやってることなんだろうし、文句なんて言えないけどさ……)
ため息をひとつ吐いて、気持ちを切り替えようとした。そうしてると、どこからかバッサバッサと大きな翼の音が。何が来たのかと視線を巡らせる。
チビ炎鳥を咥えた雌炎獅子だった。
『む、失敗か』
『奥に落ちた』
『そうか』
ズバァッ! ──この作業を更に3回繰り返したところで、炎鳥たちは諦めたようだった。
『……もうちょっと時間を置いてから、再挑戦だな!』
しかし。
「あかん、完全に壊れとるわ」
「宝珠が真っ二つに割れちゃってます」
魔法陣を見たカワウソたちが、無慈悲に断言した。
炎鳥にも伝えると、魔獣たちと共にザワッとしたものの、あっさりと『壊れてしまったものは仕方ないな!』と受け入れていた。え、良いの? セイの方が不安でソワソワする。
『魔素より、この分身をどうするかなのだ。作っちゃったのだ。この巣には置いておけぬし……困った』
「このタイミングで魔法陣が壊れたのは痛いね。せめて魔界に送ってからだったら」
だったら、チビ鳥は生まれたばっかりなのに、魔界の適当な所にポイッとされてたんだよな……そう思うと複雑だ。
「このタイミングだったのは、遺跡の主クラスの分身の転移に魔法陣が耐えられなかったから、という可能性もありますよ。あくまでも想像ですけど」
「負荷がデカ過ぎた可能性はあるよな。それに、魔獣たちからしたら今このタイミングで壊れたのは不幸中の幸いやったかも知れんで」
「セイくんという選択肢が増えてますもんね。……どうします?」
キナコとアズキが神妙な表情で見つめてくる。普段の彼らなら力強く預かるよう勧めてきただろうが、さすがに壊れた魔法陣の前ではしゃぐような真似は出来ず、真面目な雰囲気だ。
セイとしては、実は魔界行きに失敗して帰ってくる度に「僕がチビを預かる」と言いたくて仕方がなかった。でも初対面の、しかも“ニンゲン”に大事な分身を預けろなんて言うのは非常識だし、魔界の方が魔素が多いだろうしと我慢していたのだ。しかしこの状況なら、提案ぐらいはしてみても良いのでは?
「あの」
『すまぬが』
セイと炎鳥の声が被った。しばしお互い見つめ合い、同時に頷く。
『おぬしに頼んでも良いか!?』
「僕たちを信用してもらえるなら」
『箱が良いニンゲンだと認めたのだ、問題無いぞ!』
「じゃあ……」
セイは誠意を込めて軽く頭を下げる。
「責任持って預かって、ちゃんと魔界まで送るね」
『外の森にポイっとしてきてくれ!!』
セイと炎鳥の声が被った。しばし無言で見つめ合う。
「“外の森”?」
『えっ、おぬしが預かってくれるのか? 良いのか!? ありがたいっ、ありがたいぞっ!』
「待って、“外の森”ってなに?」
魔領域の事らしかった。確かに、ここから更に西へ進むと、魔領域の浅い域に到達する。
(あー、そっか。なんでこんなに余裕あるのかと思ったら、魔領域が近くにあるからか)
水の遺跡では、扉が完全に閉められていたせいで、外からも魔素が入って来ないと嘆いていた。
この火の遺跡は、魔素が多くある魔領域が近くにあり、扉が開きっ放しで、人間たちも結構下の階層まで下りている。地界からの魔素の供給を見込んでいるのだろう。
(でもいつ何が起きて、扉が閉められてしまうか分からないからね。分身は魔界に行った方が良いと思うんだよなー)
ただ、それがいつになるのか、今の時点ではさっぱり分からないので……
「魔領域深層って言って、“外の森”の奥の方のことなんだけど、そっちの方が当然魔素が多いんだよ。僕たちが実際に魔界に行けるのはもっと先だし、分身の役目としては魔領域に居る方が……」
『何を言ってるのだ、おぬしの側の方が良いに決まってる! 全部の属性の魔力が入ってくるからな!』
「え、そうなんだ? へー……じゃなくって、出来るだけ一日に一回は魔領域に連れて行くようにするよって言いたかったんだ」
『そんな面倒な真似しなくていいぞ! ……いや、待て、やっぱり頼む。外の森ならば食事が出来るのでな、ポイっと放り出しておけば、ソレは勝手に魔獣を狩って勝手に過ごすだろう。たまにで十分だ、頼むぞ!』
「いやいや、狩りの仕方を教えたりとか、ちゃんとするよ。……あ、でも鳥か。鳥は今シマくんしか居ないけど、先生出来るかな……」
『教える必要なぞ無いぞ。小さくとも我の分身だ、そこらの魔獣なぞ、全てただの獲物でしか無い』
「……それはそれで困るから、最低限の教育というか、僕たちの価値観に合わせてもらうよう頼むよ」
『好きにしていいぞっ。それより、預かって貰う礼をせねばな!』
「僕の方から預かるって言い出したんだし、いいよ」
『それは困る。我らとて【箱】に見られている立場だ。礼を欠くような真似は絶対にダメなのだ』
「うわ、そういう感じなんだ……」
挑戦者の人間性を見極めるだけでなく、魔獣の普段の行いまでチェックしてるとは。【箱】は随分と道徳心が強いようだ。
しかしお礼か……本気で要らないな。しばし考え、閃いた。
「それならさ、分身の子の魔槞環から殻魔環を作って、それを貰っていいかな?」
『いくらでも取っていいが。殻魔環が欲しいのか? おぬしはかなり強い火の魔力を持っているだろう。なんで今更、殻魔環なんかが欲しいのだ?』
「火魔法を使う為じゃなくて、殻魔環で魔道具を作りたいんだ。作るのはこっちの子たちだけど」
アズキとキナコに手のひらを向けて、指し示す。紹介を受けてカワウソたちが、ずいっと前へ出た。
「絶対に無駄にはせぇへん、立派な魔道具にしてみせるから安心してくれ。って伝えてくれ!」
「分身ちゃんのお世話も頑張りますねっ。ところでセイくん、この子にあだ名を付けてもいいか、確認してもらっても……?」
「そっか、それがあったね」
リヴァイアサンとフェンリル番の二匹の分身を既に預かっているので、呼び分けの為だけのあだ名を付けても大丈夫かと炎鳥に尋ねたところ。
『あだ名!? 付けてくれるのか!? 願ってもないぞ!!』
大喜びだった。なんでこんなに喜んでるんだろ? ……聞こうとしたが、カワウソたちに足をペシペシ叩かれて、意識が逸れた。
「オーケー出たみたいですね、雰囲気的に」
「あのなセイ。セイは名前を付けるの、あんま得意ちゃうやろ?」
「……得意ではないかも知れないね……?」
そこまでひどいとも思ってないけどね? グイグイ迫ってくるカワウソたちを、半目で見つめた。
「せやからな、俺とキナコでちょーっとな、軽くな、考えておいた名前があるんや」
「決めるのはセイくんですからね、参考程度に聞いて欲しいなって。ダメです?」
「いいけど……」
アズキとキナコの顔がパアッと輝いた。
「火の遺跡のラスボスて、フェニックスやろ!?」
「フェニックスの別名は不死鳥なんです! 死んでも何度でも蘇るって言われてるんですよ」
「つまり、“永遠”や。永遠はトワとも読むんや」
「だから、その子のあだ名は“トワちゃん”で! どうです!?」
「それはダメだよ」
「「なんで!?」」
セイにあっさり断られて、ショック! という顔になるカワウソたち。
「僕たちが付けるのは、あくまでも呼び分け程度のあだ名だからね。そこまで凝った名前にしたら、それはもう“名付け”になると思うんだよ」
「……言われてみれば」
「名前を考えるのに夢中で、前提を忘れちゃってましたね……」
しょんぼりしつつも「でもフェニはやめたってくれ」「クスもちょっと……」と上目遣いで訴えてくる。フェニの何がダメなんだ?
(っていうか、本当に種族名はフェニックスなのかな?)
唐突に気になり、セイは炎鳥に「種族名だけ【鑑定】させて欲しい」と頼んで、了解を得てから魔法を発動した。
──種族名[炎鳥 スザク]
「……アズキくん、キナコくん、種族名フェニックスじゃないよ。[スザク]だって」
「「朱雀!?」」
カワウソたちは声を揃えて驚き、そして小刻みに震え始めた。
泣いてる? いや違う、これは……怒ってる?
「なんで西洋風の世界にいきなり中華テイストぶっ込んでくんねん! もっと世界観を大事にしろや!!」
「朱雀って南方守護神なんですけど! ここ西ですよね!? もっと世界観大事にしてもらっていいです!?」
血を吐くような叫びだった。




