番外 44_魔槞環について_【風の遺跡】1 別名バーナダンジョン
水の遺跡から帰ってきてすぐ、セイは庭に取り急ぎ魔法で大きな穴を掘って、やはり魔法で洗浄してから、水魔法で魔海水を溜め、池もどきを作った。
魔法が便利過ぎて怖い……元の世界に戻ったら使えなくなるのだから、魔法ありきの生活に慣れてしまわないよう、気をつけないと。セイは「これは今だけの特別な力だ」と、自分に言い聞かせた。
郊外にあるこの家に入居した時から、敷地全体に目隠しと防御の結界を張ってあったが、コテンが池の回りに更に重ね掛けした。厳重に守った池に、チビ海竜とスライムたちを一旦放す。みんな元気にクルクルと泳ぎ始めた。
(でも、この池では小さ過ぎるよね。海竜の成長速度もよく分かんないし、もっとのびのび泳がせてあげたいしなー)
というわけで、セイたちはこの家を紹介してくれた従魔士ギルドへ行く事にした。
裏の森(木が少なくて、セイの知る“森”とは全然違うけれど、この世界ではこれを森と呼ぶのだ)も借りられないか、そこも好きにリフォームしても大丈夫そうか、“相談可能な日程”の相談をしに行くのだ。
チビ海竜に「お留守番頼むね」と言ったら、「うぎゃう!」という微妙な返事……まあ、アズキくんが魔道具作りがしたいから残る、ついでに様子も見とくって言ってくれてるし、大丈夫かな。
結果から言うと、大丈夫では無かった。
従魔士ギルド本部へは、いわゆる「相談日の予約」だけのつもりで行ったので、早く帰る予定だった。しかし、夕方に突然行ったにも関わらず、本部長直々に「今からでも大丈夫よ」と笑顔で迎えられ、本部職員からも、彼らの従魔たちからも熱烈に歓迎されて、つい長居してしまったのもマズかった。
帰ったら池が全壊していた。
「アズキくん、大丈夫!?」
「……どえらい目に合うた」
庭の木にぐったりともたれかかっていたアズキに声を掛ければ、呟くような声で返事が。怪我はないもよう。アズキの後ろに、魔槞環化したスライムたちが重なっている。全員無事だ。
セイたちが出た後、チビ海竜はとにかく元気が有り余ってる様子で、そりゃもう楽しそうに全力で遊び、アズキ目線で言えば、暴れまくったそうだ。
ダンジョンの魔獣たちは、外では他の魔獣たちと同じく、攻撃を受ければ怪我をするし、死ぬ事もあると聞いていたアズキは、チビ海竜本人にも怪我をさせずに、スライムたちを守って必死で頑張った、と。……ほんとうにお疲れ様、遅くなってごめん。
犯人のチビ海竜は、(カワウソたちの例えによると)「太いフラフープ」サイズの魔槞環になって、水の無くなった池の底で小刻みにカタカタ震えている。
怒られることをしたって分かっているのか、遺跡のリヴァイアサンが『そこはかとなく意思が通じる』と言っていたから、遠隔で怒られたのか。
だが、これは自分たちが悪かったのだと、セイは判断した。
よく考えれば、チビ海竜は生まれたばかりの幼竜だ。海竜の分身だから赤ちゃんでは無いにしても、物の道理も、力加減も知らなくて当然だったのに、放置してしまった。
魔槞環状態なら大人しくしていただろうに、元の姿に戻って泳いでいいよと促したのもセイたちだ。ちなみに、カワウソたちとコテンも海竜の姿を見たがったので、みんな同罪である。
「チビくん、怒ってないよ。怪我は無い?」
「……うぎゃ」
「あ、元に戻るのはちょっと待って、水を溜めるから。──【土魔法、土、砂、ゴム化】【強化魔法】【洗浄魔法】【水魔法、魔海水満水】」
コテンが池の周囲に張った結界の形に地面が抉れたので、先程よりも広くなった池。チビが強くぶつかっても大丈夫なように、池の地面と側面を土のままゴムっぽい質感に変化させて強化、魔界の海の水を魚ごと転移させた。
「セイくん……しれっと、えげつないオリジナル魔法を作りましたね……」
「セイ! 後で俺にもゴム化したヤツくれ!!」
アズキの叫びを聞いて、もしかしたら土だけじゃなくて、アレもゴム化出来るかも……とある考えが掠めていったが、とりあえず今はチビだ。
チビは海竜姿に戻って、すぐに目にも止まらない速さでグルグル泳ぎ始めた。スライムたちも元気に……水と同化していて見辛いけれど、自由に泳いでいる気配がする。
それを見守りつつ、セイたちは話し合いを始めた。
「これはもう、留守番の時は魔槞環になって貰うしかないね……」
魔槞環状態が不自由に見えるので、どうしても可哀想に思ってしまうが、動物を育てる時に、幼い間は安全の為にケージに入れて育てるのと同じだと考えよう。それなら抵抗なんて無い。
しかし仲間たちから異論が出た。
「俺としては魔槞環状態にしといても、チビ一人だけ家に置いとくのは怖いわ」
「魔槞環になってもガタガタ揺れたり、頭だけ出したりしてますしね。何が原因で魔獣に戻るか分かりませんし、戻ったら悪意なく暴れるでしょうし……」
「一応結界でガッチガチに守ってはいるけどさぁ、魔槞環って、すっごい熱烈なコレクターがいるって言うし、そういう意味でも、家に一人置きっ放しは怖くない?」
「コテンくんの結界があれば、防犯での心配は全くしてないよ」
「……んん。あ、そ」
照れて長い耳をピルピル振るコテンの頭を、セイは撫でた。可愛いなぁ。
コテンが言ったコレクターについては、つい今さっき、従魔ギルドで聞いてきた内容だ。
裏の森をあっさり借りられて──従魔士ギルドの所有地だった──好き勝手に変えてよし、新しい建物を建てても良いよ! そんな許可を貰い、その後の雑談の中で、キナコがさりげなく職員に話を振って、魔槞環についての情報収集してきたのだ。
・◇・
魔槞環コレクターは、魔環型魔道具のコレクターが可愛く思えるほど、ヤバイらしい。
なんと言っても、コレクターの筆頭がこの国の王子だ。権力という理不尽な暴力でもって、なりふり構わない収集の仕方をしていると、職員が苦々しく語っていた。
冒険者がダンジョンで入手した魔槞環を問答無用で取り上げ、魔道具店にあった商品も献上させ、それどころか道を歩いている人が着けている魔環も、魔槞環に似ていれば全て役人が奪っていくのだとか。しかも違ったとしても、返ってこない。
元から少ないのに王子に奪われて、魔槞環の価値は高騰。他のコレクターがとんでもない高値を付けて欲しがるので、裏社会の組織も容赦のない狙い方をするのだとか。
「魔槞環と魔力環、どっちも腕輪型ですよね。どうやって見分けるんですか?」
キナコが質問した。見分け方は、色の入り方の違いらしい。
色が斑なのが、魔力環や従魔環。
全部一色で染まっているのが、魔槞環。
(でも、スライムくんのもチビ海竜くんのも、ベタ塗り一色では無いような……?)
何か条件があるのかも知れない。きっとキナコが検証好きのアズキに伝えるだろうから、任せておこう。
「“無害”は全部一色の魔力環を作れそうだな。絶対に間違われるから、気をつけろよ〜」
職員が笑って言うのに、キナコとコテンが「そういう事はもっと早く言えよ」と顔に書いて、冷たい眼差しを送った。声に出して言わないのは、今日は頼み事をしに来た立場だからだ。外見はカワウソと小狐だけれども、この二匹はそういう気の使い方をする。
セイは素直に「そうなんだ、気をつけよ」としか思わなかった。ただ、ふと、魔術士塔を脱走するきっかけになった事件を思い出した。
(塔の人に「白い腕環を王子に献上しろ」って言われたの、あれってなんだったんだろって……まあそんなに気にしてなかったけど……。つまり、シロちゃんを魔槞環と勘違いしてたからだったのか)
今になって理由が判明して、ちょっとだけスッキリした。
白い腕輪としか言われなかったし、シロを渡せるわけがないので、白い“木製の”腕環を置いて去ったのだ。元からシロのダミーとして着けていた腕環だったから、見た目はそっくり。綺麗なだけで、なんの能力も効果も無い。
受け取った王子側は魔槞環じゃないと知って、さぞかしガッカリしたことだろう。知ったこっちゃ無いが。
ただ、あんなことがあったからと、腕環は出来るだけ袖の中に隠して過ごしていた。それで正解だったようだ。
(でも他人に奪われちゃうのは、魔獣が可哀想だよなぁ……)
魔獣が気に入った人間と一緒に居たくて魔槞環になると知っているセイは、切ない気持ちになった。
「ほらぁ、やっぱり“無害”は魔槞環を嫌がるよなぁ!」
「だから言いたくなかったんだよ。忘れてくれ、“無害”」
悲しそうな表情になったセイを見て、職員たちが頭を抱えた。うん? なんの話?
詳しく聞けば、「“無害”は【魔槞環】という存在自体を嫌がるだろうから、あえて教えていなかった」と言う。
こんな狭い所に閉じ込めるのは可哀想って言いそう。……いや、それは思わないなぁ。
魔獣を円環から一切出さずに【魔力環】として、ただ魔力を取るだけという使い方をする人間もいるから、中に“生きた魔獣”がいるの道具扱いかと、めちゃくちゃ嫌がりそう。……あー、それは確かに嫌だね。
顔をしかめたセイに、職員が魔槞環を解放しろなんて言わないでくれと縋ってきた。「従魔士ギルドにいる魔槞環はみんな契約者に懐いているし、普段大事にしないで魔力供給源としてだけ使うような酷い事はしてないから!」「王子から守り通してる大事な魔槞環なんで!」「魔獣を自由にしろって抗議するのはやめてくれ〜!」 おっさんたちが半泣きで拝んでくる。昔、そういう活動をしている団体とめちゃくちゃ揉めた事があるそうだ。
セイが従魔士ギルドに対して、短絡的に、無理やり魔槞環を解放しろと迫ることはないと、約束したのだった。
・◇・
その内容をアズキにも話したところ。
「実は俺も、セイは魔槞環を嫌がるやろなーって、最初に思たんやけど」
遺跡でスライムとチビ海竜の魔槞環を見た時に、セイが「そんな狭い所に閉じ込めるのは可哀想」って言うと思った、反対しなかったので、とても意外だったと言ってきた。聞いていたキナコも「ぼくも意外でしたー」と同意してきた。あれ、そうだったんだ?
セイは、そんな事は全く考えていなかった。
(だって、魔槞環の中って、狭くないし)
はっきりと目に見えるわけではないが、感覚的に分かる──魔槞環はただの【入り口】で、中は結構、広々空間だ。
どういう仕組みなのかとても不思議だけど、“実際にそうなっているもの”が目の前にあるのだから、否定しても意味がない。
そもそも尻尾が分身になったり、輪っかが脱皮するなんて変わった生態をしているのだから。
元の世界の幻獣たちもみんな摩訶不思議な能力を持っているので、セイには慣れもあった。どんな非常識な内容であっても、現実に、目の前にあるのならあっさりと受け入れられる。
そんなわけで「狭い所に閉じ込めるなんてひどい」とは思わなかったけれど……
「めちゃくちゃ暇だったら可哀想だなとは思ったよ、魔槞環状態だと動けないし、何も出来ないし。でも人魚さんに聞いたら、中にいる魔獣本人は『気持ち良く半分寝てるみたいな感じ』って言ったから、じゃあまだ良いかなって。それでもずっと入れっぱなしは抵抗あるけどね」
大体、魔槞環になった時にはもう、元の大きさよりも小さくなっているのだから。はじめから、ぴったりきっちりなサイズ感じゃないのは分かってたわけだし……と、そこまで考えたところで、閃くものがあった。
(もしかしたら、もっと小さく出来るかも?)
セイはスライムを一匹呼んで、協力を頼んだのだった。
・◇・◇・◇・
数日後、セイたちはバーナ・ダンジョンに来ていた。
すぐに行けなかったのは、交換用の魔道具が無かったからだ。アズキが女性人魚にチヤホヤされて調子に乗り、盛大に放出したせいだ。新しく作らなければならない……にも関わらず、彼は新しく入手した素材を使った、新魔道具の発明に夢中になってしまったのだ。
しかし、セイもアズキに時間のかかる頼み事をしたので、文句は言えない。
バーナ・ダンジョンは水の遺跡と違い、沢山の冒険者で賑わっていた。そして、あちらこちらで揉めていた。主に【交換箱】のせいである。
でも騒がしい分、人に紛れて侵入しやすい。セイたちはギルドを通さずに内緒で来ている。姿を消して大人数パーティーの後ろにこっそりと付いて一緒に入り、中で離れて【フェンリルのヒゲ】を使って最下層へ。
今日はロウサンは別行動だ。狼型魔獣の多いダンジョンに連れて行く勇気が無かった。魔犬、魔狼たちが大混乱、阿鼻叫喚地獄絵図になるのを恐れたのだ。
最下層に飛ぶと、着いたのはエリアの真ん中辺りのようだった。前後左右見回しても、どこも壁が遠い。
水の遺跡と同じでめちゃくちゃ広くて、天井も高かった。葉の無い黒っぽい大木が奥にそびえ立っていて、やはり葉の無い木がそこらに生えている。土や砂の丘、それと長方形の岩壁が、至る所にあった。高さが途中までの柱や岩壁には、蔦なのかロープなのか、何本も紐がちぎれて垂れ下がっている。
セイたちのすぐ横に、湖というには小さく、池というには大きい範囲のへこんだ場所があり、底に薄く泥水が溜まっていた。
乾いた風が、砂を巻き上げ吹き抜けていく。
木の影から、ちらちらと犬の尻尾や耳が見える……隠れてるつもりのようだ。怖い匂いがするけど、気になる! という葛藤が、雰囲気で感じられた。
『お主らか。よく来た』
奥から威厳たっぷりにフェンリルが歩いて来て、突然ピタリと止まった。鼻をクンクン鳴らして、辺りを見回すフェンリル。
『──何故、【水のトカゲ】本体の匂いがするのだ?』
さすが、鼻が良いなぁ。セイは自分の腕に嵌めている薄青色のバングルを、軽く撫でた。




