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話を聞いてくれとお願いしたものの、私はまだ覚悟を決め切れていなかった。
そもそも彼を誘うなどということは手紙や人伝てで行ったことはあるが、こうして対面してお誘いするのは初めてなのだ。恐らく今から私が提案することに対して、彼が否定的な意見言うことはないだろうと薄っすら理解している。とはいえ、初めてすることには多少なりとも緊張してしまうもので……。
ゴクリと生唾を飲み、覚悟を決めると思いっきり口を開いた。
「実は今度の市井見学会の時、私たちと一緒に周ってほしいのです!」
「へっ?」
思い切って言った私とは反対に、ヴァリタスは何かを覚悟していたこともありその言葉を聞いた途端ポカンとしていた。思わず口から零れた声は、まるでいつもの彼からは聞けないような間抜けなものだった。
その反応の薄さに少しずつ不安な気持ちが溢れてくる。
「ヴァリタス様のような真面目な方がこんな提案を受け入れることに良い感情を持っていないことはわかっています。しかし、どうしてもヴァリタス様と街を散策してみたいのです」
不安で彼の顔を見ることができず、目を瞑ったままそう早口でまくし立てる。
「……ほんとう、ですか?」
「……え?」
静かに呟く彼の言葉がいまいち理解できず、ゆっくりと顔を上げて彼の瞳を見据えると思わず失礼な形で聞き返してしまった。しかし、いまさら散々彼を巻き込んで迷惑行為を繰り返してきたためか、そんな私の態度を気にすることもなく相も変わらず淡々とした口調で再度私に問いかける。
「エスティが私と街を周りたいというのは、本当ですか?」
「は、はい。その通りです」
やはり真面目な彼からすればとんでもない要求だったのかもしれない。いくら私に好意を持っていたとしても、やはり決まりを破ることを王族がすることには抵抗があったに違いない。
楽天的に考えていた私が迂闊だった。
独りでに落ち込む私とは対照的に彼の顔まみるみるうちに綻んでいく。そしてそれは次に発せられた言葉にも十二分に現れていた。
「嬉しい! 嬉しいです! まさかこうしてエスティとお茶をできたばかりでなくそんな素敵な提案までしてもらえるなんて!」
大きな声でそう言うと、前のめりになってその笑顔を私に近づけた。
「本当の本当に、今度の市井見学会で私と周ってくれるのですか? 嘘ではなく?」
「ほ、本当ですよ。そもそも嘘を付く理由がありません」
彼の気迫に負けそうになりながらもなんとか言い返す。
「約束ですよ、エスティ。直前になって取り下げなんて言っても聞きませんからね」
そういうと今日一番嬉しそうな笑顔で私に笑いかけた。
まるで最愛の人にやっと会えたような、そんな幸せそうな笑顔で。
そんな彼を見て、チクリと胸が痛む。
彼はおそらく私が少ないながらも好意的な感情を持って誘ってくれたのだと思っているのだろう。
しかし、真相はただ自分の計画のために彼を誘っているのだ。
ただ、自分の幸せのために。
可哀想なヴァリタス。
婚約者が私でなければ、彼の好意は無意味なものに終わることもなかっただろうに。せめて彼が絵に描いたような傲慢な王子であったならば、きっと傷つくこともなかったのだろうが……。彼は前世と変わらず、とても優しい青年だ。
私たちの行く末がどんな形になろうとも、一番傷つくのはヴァリタスだろう。
だからこそ、彼には一番傷つかない方法で私たちの関係を終わりらせなければならない。
それがせめてもの、彼への償いだろうから。
だがそう思うと同時に、ある疑問が頭をよぎる。
どうして彼はそこまで私の事を好きなのだろう。
今思い返してみても、
散々ナタリーやベリエル殿下に聞いてこいと言われても、恥ずかしさが先立ってそこまで気になってはいなかった。第一いつか消えてなくなるものに執着など持たない私の性格上、そんなことを気にすることもなかったから。
しかし、確かにここまでくると多少なりとも気になってくるのは事実で。もともと聞こうと思っていたことでもあるため、この流れで聞いてしまおうと彼に疑問を投げかけた。
「あの、ヴァリタスさま?」
「ん? なんだい?」
今までで一番ではないかと言われるほど上機嫌な彼に軽い気持ちで問いかけた。
「ヴァリタス様はどうしてそこまで私の事を、その……、思って下さるのですか?」
ピシリッ――――
まるで何かがひび割れたような音が聞こえてきたような気がした。
私がそう言葉にした瞬間、いままで柔らかな雰囲気に包まれていたはずなのに、突然空気が変わったのだ。
まるで氷のように冷たく。
そしてそれは間違いなく、目の前にいるヴァリタスから発せられた空気だった。
なんで?
どうして?
ただ当たり前の疑問を聞いただけなのに、どうしてこうも空気が重くなったのだろう。
その雰囲気に飲み込まれ、体が硬直してしまう。
彼が静かに口を動かすのさえ、今の私にとっては恐怖以外の何ものでもなかった。




