3-29
屋敷の近くで降ろしてもらうと、歩いて屋敷へと帰る。と、その前に変装の魔法を解いてもらわなければならないため、ミリアと約束した場所へと向かった。
近くまで来ると既に彼女は待っており、私を見つけるとペコリと頭を下げる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいまミリア」
軽く挨拶をすると、近くの林に移動しすぐに魔法を解いてもらう。ふう。やっともとに戻ったわ。
魔法で変えてもらっているから私に負荷なんて掛かっていないはずなのだけど、どうしてか違和感みたいなものを感じるのよね。他の人に魔法を掛けてもらっているからかしら。
「毎度ありがとうミリア。助かるわ」
「いえ、慣れていますから」
さも何でもないように言うが、実は変身の魔法はかなり高度な魔法なのだそうで魔力も結構使うらしい。中等科3年の授業で初めて知ったときは驚いたものだ。
それを幼少期の頃からしていたらしいミリアの、魔法の実力を垣間みた気分だった。
関心している私の様子には気づかずミリアの目線は私が持っている紙袋に集中している。
「何かお買いになられたのですか?」
「え? ええ」
途端に苦い顔になる私にぽかんとしながらも興味深々に紙袋を見つめてくる。まったく、可愛いわね。仕方ない、行儀が悪いけどここで開けてしまおうか。
簡単な包装で包まれたそれを開けると彼女に手渡す。少し驚きつつもそれを見つめる彼女のなんと可愛らしいことか。
「ネックレスですか。城下町で何かをお買いになられるなんて珍しいですね」
短く感想を告げる彼女の言葉に、そういえば城下町に行って買い物をしたのが初めてだったことに気が付いた。まさか初めて買ったものがこれなんて、どういう巡り合わせなのだろうか。
「きれいですけど、これなんか、ヴァリタス殿下の瞳みたいですね……」
「わかっているわ。わかっているから言わないで」
そう言って困惑気味に問いかける彼女の言葉を遮るように、言い放つ。言いながらも自分が情けなくなり、無意識に頭を抱えた。
ミリアが呆れ顔をしていることなんて見えなくてもわかるし、私だって同じようなことをしている人間が目の前にいたら呆れるに違いない。でも、だって、なんだかわからないけれど買ってしまったのよ。私だってこの行動の理由が理解できなくて困っているぐらいで、説明の仕様がないわ。
しかし、このネックレス。ヴァリタスを知っている人には彼を連想させるぐらいには似ているのね。ああ、やっぱり。なんで私、これ買ったんだろう……。
「あの、お嬢様。私思うのですが」
「な、なに?」
頭を抱えたまま「う~う~」と唸る私を見てどこか思うところがあったのか、妙に真剣な面持ちで言葉を発する。
「お嬢様は、少なからずヴェリタス殿下に好意を抱いているのではないですか?」
淡々と告げる彼女の言葉が理解できず、彼女を見つめたまま数秒茫然としてしまった。
好意……? こういをいだいている? 私が? ヴァリタスに?
「ない! そんなことは天地がひっくり返ってもないわ!」
「ですが……」
言葉を理解した途端に勢いよく否定する私にミリアは怯んでいるものの、まだ異論がある様子だった。
そんな彼女の言葉を遮り、大きな声で訴える。
「いい、ミリア。私は彼に殺されたの! 彼を憎むこそすれ、好きになるなんて絶対にありえないことのなのよ!」
滅多に出さない私の大声に気圧されながらも、彼女は淡々と告げる。
「確かに私がお嬢様から感じた好意は友愛に近く、ヴァリタス殿下と同じ種類の好意を抱いているとは私も思っておりません。しかし、少なからずヴァリタス殿下に心を開いているのは事実だと思います」
きっぱりと言い切る彼女の気迫に、ぐっと体が硬直する。
どうして? どうして言い返せないの?
どうして彼女の言うことにどこか納得している自分がいるの?
否定したいのに、言葉が出ず下を向いてしまう。確かに彼のことを嫌いになろうとして、結局なれなかった事実はある。
だが、それとこれとは別問題だ。種類はあれど彼に好意を抱くなんてことはあり得ない。ただでさえ、ミリアやナタリーたちと深い仲になることさえ危惧しているのに、一番警戒しなければならないヴァリタスに好意的な感情を持つなど、自殺行為の何物でもないのだから。
だけど、そうわかっているはずなのに先ほどのミリアの言葉をすぐに否定できなかった自分もいて……。
このままではいけない。
このままでは彼へ抱く感情がミリアの言うようなものになってしまうかもしれない。そしてそれは確実に、もっと深いものへと変化してしまう。だって私は、それが何よりも欲しかったから……。
警告が頭の中で響き初めた。
それに気づいた途端、焦燥感が私を襲う。いや、落ち着け私。今考えても焦りでまとまるわけはない。
どうにか自分を落ち着かせると、どっと疲れが私を襲う。そういえば、まだ帰り道の途中だったわね。
「ミリア、この話はまた今度にしましょう。とりあえず疲れてしまったから早く帰って休みたいの」
「……わかりました」
まだ納得していないような様子ではあったが、彼女も私の意見に同意してくれたようで2人して屋敷へと急いで帰った。




