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前世が判明してから2年。
10歳になった私は、前世についてざっとではあるが大体の事を思い出してしまっていた。
彼がどう人生を歩み、どのように死んでいったのか。とはいえ26年しか生きられなかった彼の人生を思い出すのにそこまで時間は掛からなかった。
大した人生じゃない。
王になり、裏切られ、殺された。
ただそれだけ。
薄暗い人生を照らしてくれた人など誰もいない。
まるで真っ暗な伽藍洞の中を闇雲に彷徨っていただけの人生のようだった。
今日もまた、朝の陽ざしで目が覚める。天蓋付きのベッドは両手を伸ばしてもあまりある大きさで、その寝心地だるやまるで天国のよう。
このまま2度寝に決め込むかと思った矢先、メイド長の渋い声にその夢は一気に砕かれた。
「お嬢様、本日は旦那様より大切なお客様が来られると伺っております。支度を致しますのでそちらにお掛け下さい」
渋々ベッドから起き上がるとメイドに促されるまま鏡台の前に座った。
陶器のような白い肌は朝日に照らされて一層美しく輝いている。寝ぐせのついた髪はブラシを一度通しただけで整い、そのウェーブ掛かった美しいブロンドは腰まで届いている。
人形のように整った顔立ちはどう見ても母譲り。そのまるで造られたような容姿から度々妖精に例えられた。
(こんなに可愛らしい令嬢なら引く手数多だろうなぁ)
ぼんやりと他人事のように考える。
こんなのはいつものことだ。
いくら綺麗で可愛くても今の私の容姿に毛ほどの興味もない。忙しなく動き回る周りのメイドとは反対に、私の心はいつも凪の海のように落ち着いていた。
何もかもが違う。私の前世と。唯一同じなのは大きく開かれた天色の瞳のみ。
昔は母のように綺麗な女性になるのに憧れた。
美しく優しい女神のような母が大好きだった。
家族が大好きなのは今でも変わらない。
でも、それ以上を望まなくなった。
裏切りの記憶が戻ってからは、それまで頻繁に参加していたお茶会やパーティーに必要以上に出向かなくなった。
人と関わりを持つのが怖い。
いつかまた裏切られると思うと足がすくんで、うまく言葉が出なくなる。
いつの間にか愛想笑いしかできないようになっていた。
恐らく巷では笑うことしかできないつまらない令嬢とでも噂されていることだろう。
(まぁ関係ないけどね。誰がなんと思おうと)
そう関係ない。
前世の私の周りの人々が私の心をそう扱ったように。
(そういえば、今日はお客様が来るって言ってたわね……)
一体誰だろう。
心なしか緊張しているメイドたちの様子を見るに、おそらく相当位の高い客人だろう。
もしかしたら公爵か、それ以上の。
また面倒な付き合いをしなければならないかもしれないと思うと憂鬱になる。
晴れやかな見た目とは裏腹に、私の心は淀んでいた。
「初めまして、ベルフェリト公爵令嬢。オルタリア王国第2王子ヴァリタス・クロネテスと申します」
支度が終わってしばらくすると、庭に来るように呼ばれた。
そこに現れた客人に思わず逃げ出しそうになる。
(まさか客人が王子だなんて)
思いもしない相手に動揺が隠しきれない。
どういうこと?
なぜこの国の第2王子が私の、公爵家の邸にわざわざ出向くようなことを?
(それにクロネテスって……)
聞き覚えのある名前に冷や汗が出る。
混乱する私を後目に父は私の背中をふわりと押した。ハッとして、今私のすべきことを思い出す。
「初めまして、ヴァリタス王子殿下。エスティ・ベルフェリトと申します。お会いできて光栄です」
スカートの裾を少しつまみ上げ、深々と頭を垂れる。
顔を上げるとニコニコした笑顔で彼、第2王子ヴァリタス殿下は笑っていた。
彼も金髪ではあるけれど、私とは違いまっすぐに整えられている。
幼さの中に芯のある強い瞳が彼の将来を暗示しているようだ。
(噂には聞いていたけれど、この方もなかなかの美形ね)
王家の方々はそろって美形だと噂されいるのは耳にしたことがある。遠目に国王陛下夫妻を見たときにそれは知っていたが、やはりそのご子息である王子もその容姿端麗な血を色濃く継いでいるようだ。
そして、代々受け継がれるその深紅の瞳はおそらく彼譲りだろう。
(一番関わりたくない相手と関わってしまいましたわ)
うんざりだとでもいうようにため息を溢したかったが、王子の手前それはやめておいた。