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彼の人生を知っていれば同じようにならないと踏んだ私は、彼について徹底的に調べることにした。父や使用人に頼み、彼が記録されている本を片っ端から読んだ。彼を調べていけばいくほど、彼のした行いに恐怖を覚えた。記録が正しいなら、この世にある非道をすべて行ったような人物だった。
両親や魔法使いがあそこまで恐れるのも納得がいく。
(こんな、こんな人が私の前世だなんて……)
恐ろしくて堪らなかった。
それから前世の記憶が戻る事に恐怖を抱くようになった。
きっかけが夢だったこともあり、また夢を見たら思い出すのではと怖くなった私は夜眠れなくなった。不眠症と闘いながら前世の記憶を思い出さまいと抗っても運命は残酷だった。日常のふとした瞬間に昔どこかで同じことをしたような感覚、デジャブを感じるようになった。それを感じ取ると、濁流のように前世の記憶が蘇った。
そうやって思い出したくないという私の願いとは裏腹に前世の記憶は徐々に思い出されていった。
しかしある程度記憶が戻ってくると、ある違和感を覚えるようになった。
その違和感を払拭したくて記録を見返しながら記憶と照合して確かめた。すると、ある事実に気づく。それは記憶とは異なることがいくつも記録されているということだった。
(これも、これも、この作戦も。私、指示した覚えない……)
初めは思い出していない記憶の中にあるのかと思った。しかし、思い出すほどに記憶の中の私と記録されている私とでは差異がどんどんひらいていく。
記録されている私は、両親を殺し、欲望のために隣国を侵略し、贅沢の限りを尽くして多くの国民から怒りをかった悪逆皇帝。
逆に記憶の中の私は、家族と国民を愛し、争いを好まず、国民が苦しんでいると知れば心を痛め、病弱なくせに質素な生活をして、最後にすべてに裏切られ殺された、哀れな愚皇帝。
(おかしい、この記録絶対におかしいよ)
真実とは全く異なった、歪められた前世の私がそこにいた。しかし、どの記録を見ても正しい私はどこにもいない。
影さえも。
(あぁ、そうか……)
そうして分かった。私は悪逆皇帝でなければならなかったのだ。
国民にとっても、そして後世の人々にとっても――――。
それが救いだから。
(くだらない)
たった一人に罪を背負わせて、殺して、それを幸福の始まりだと信じる何もかも。
莫迦らしい。
それに希望を寄せた国民も前世の私も。
結局前世の私は全く幸せじゃなかったじゃないか。
大切な人が誰か一人いてくれれば幸せだったのに。
そんな人さえ一人もいなかったじゃないか。
(だったら私は……)
この今世で幸せになってやる。
友人も愛する他人もいらない。
いつか裏切られる不安なんてもう感じたくない。
誰か一人がいなくても。
たった一人で。
私は幸せになる。




