3-2
ゆっくりとしたペースでステップを踏む。
ひらひらとドレスが揺れるのがきれいでつい下を向いて見とれてしまう。
いや、だってね。
顔が近いんだもの。
体は密着するし、腰に手は当てられるし。
こんなのドキドキしないほうがおかしいと思わない?
いやいや、待て待て私。
相手は彼の生まれ変わり。
そして私の前世は男!
そう思えばこんなダンスはただの余興に思える……はず。
最近私はおかしいのだ。ただヴァリタスと話をしている時などは別に前と変わらない。早く帰りたいなぁとか、早く婚約破棄してくれないかなぁなんて思っている。しかし、体や顔が近づいたり触れたりすると途端に動機が激しくなり胸が苦しくなる。
こんな感覚私は知らない。
自分を殺した者を前に昔の恐怖を思い出して気が動転しているだけなのか、それとも顔がきれいすぎて頭がおかしくなっているのか。とうとう心だけでなく体までも拒絶反応を起こしはじめたということなのか。たぶん絶対そうだ。
だから彼に近づきたくないのに。
「エスティ、ちゃんと私を見てください」
彼が耳元で囁くように言うものだから、咄嗟に顔を見てしまった。
瞬間バチリと彼と目が合う。
眩しい。というか美しい。
昔は幼さが目立って可愛らしいという印象が強かった顔立ちは、今や綺麗に整い完璧にイケメンに変わっていた。ボボボっと私の顔が火が出る程熱くなったのが分かった。
「!」
そんな私のおかしな反応に彼が気づかない訳もなく。驚いたあと、自分から顔を見たいと言い出したくせにフイっと顔を背けてしまった。心なしか頬が少し赤く見える。
そんなに私の顔は酷いですか。そうですか。
後半のダンスはそれはもうひどいものだった。ゆったりとした音楽とダンスだったのに、何度もヴァリタスの足を踏むわ、バランスを崩して転びそうになるわ。ヴァリタスがフォローしていてくれたものの、傍からみてもその酷さは目立っていたものだろう。ダンスが終わり、すり抜けるように彼の腕から逃げた。
彼から離れ、歩いている最中に浴びせられた嘲笑と陰口がチクチクと私を指していて痛い。
もうやだ。
できることなら今後絶対ヴァリタスとダンスを踊りたくない。
「ごきげんようエスティ様。先ほどのダンス、とっても素敵だったわよ」
「ナタリー様……。それ本気でおっしゃているの?」
できるだけ目立たないよう、ホールの端に移動し壁際で気配を消していたにも関わらずどうやら友人はすぐさま私を見つけてしまったようだ。揶揄う彼女に同じく軽口で返す。
ナタリーとは3年前に知り合って以来、何でも話せる仲となっていた。家の地位に開きがあるためこういう人が多い場所では敬語や敬称を付けるけれど、二人で会うときなどではそこらへんの庶民同士の会話とさほど変わらないほどお互い気が置けない仲だ。
「そういえば、また同じクラスでしたね。また1年宜しくお願いいたします」
「えぇ、よろしくね」
彼女とは中等科の1年生の時と3年生の時、同じクラスだった。1年の夏休みに知り合った彼女が同じ学年で同じクラスだったときの衝撃はすごかったが、彼女は夏休み明け以前からそのことは知っていたらしい。ならば教えてくれてもよかったのに。と、すねはしたが彼女の少し悪戯好きな性格は嫌いではない。
「それにしても!」と前置きして彼女の瞳にキラキラとした輝きが灯るのを見て、またもやあの病気が出たのだと察しため息が出そうになる。先ほどのように私とヴァリタスが一緒に何かをしているのを見ると、彼女の妄想、というか興奮が爆発してしまう。これだけは直してほしいものだが、これはなかなか治らない難病なのだろう。
「農民の娘と王子の恋……! 萌える!!」
ほら、始まった。
「その前に、1回死んでるのだけどね」
「ダンスが踊れない彼女に対して王子が手取り足取り教えちゃったりなんかしちゃって……」
「いやいや、ちゃんと社交界にデビューする前に講師の方に教えてもらってますから」
「それでそれで、つい体がよろけて庇った彼と体が密着しちゃって……」
「それは講師の方と何度か……。相手は女性でしたけどね」
「彼の顔が近づいて言うのです。『危ないよ、気を付けて』って……。そして顔が徐々に近づいていって……! きゃーなんてハ・レ・ン・チ!!」
妄想が入ると本当に私も周りの言葉も聞こえなくなるのだから。呆れる私など全く気にせず、というか眼中になく頬に手を当てると小さく叫びながら嬉しそうにニヤニヤしている。傍から見たら絶対気持ち悪いと思われるわ、この子。
しかし、人付き合いがうまく人望の厚い彼女がそんなヘマをしたところで好感が下がることはないのだろう。逆になにが彼女をそんな風にするのか、興味を持たれてお仲間を増やすだけ。実際に何度かそんな場面を見ているし。
見た目は本当にお姉さんって感じのしっかりした綺麗な令嬢なのに。本当、もったいないというかなんというか。
「エスティ、こんなところにいたのですか」
私よりももっと呆れたような声が聞こえそちらを向くと、先ほど別れたはずのヴァリタスがいつの間にか私の傍まで来ていた。相も変わらず気配を消して私に近づくのがうまい人だ。
もう慣れたから驚きはしないけど。




