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聖ウィリシアス大聖堂。
オルタリア王国最大の教会には、教皇のほかに聖女と呼ばれる特別な女性がいる。祈りを捧げ、人々の平和と幸せを願うその女性は教会の使徒や修道女たちだけでなく、全ての人々の憧れと尊敬の眼差しを向けられる対象だ。
天井の高い礼拝堂には、祈りを捧げるための主を模した銅像が奥に設置されている。背に施された大きなステンドグラスは、美しい光彩を放ちながら礼拝堂をほんのりと照らしている。
その銅像に跪き、手を合わせ祈りをささげる少女がいた。
セスリフィア。
彼女こそがこの国の聖女。
銀髪に白すぎる肌、それとは対照的に血のように深紅に染まった瞳はまるで白蛇のようだと揶揄されてきた過去がある。しかし、その罵倒を跳ねのける程の才能が彼女にはあった。
神聖力と呼ばれる魔力の一種がある。それは、人の傷や精神的な傷を癒すことができたり、自然に呼びかけることで天気や豊作を促す魔法を使う際に使用する、特別な力。
その恩恵を強く受けた彼女は弱冠14歳で聖女になった逸材だ。
それから約2年。
彼女の力はもはやこの国に無くてはならない存在となりつつあった。
「聖女様! 全くあなたの御言葉を待っている信徒が大勢いるのですよ! 早く支度をしてください」
「まったくぅ……。あなたは野暮な女性ですねぇ。私は今、この国の英雄様に祈りを捧げていたというのにぃ」
間延びした声は心底気だるそうで、迎えに来た修道女もやれやれとため息を溢している。
「また、バートン・クロネテス卿に、ですか?」
「本当に、あなたもこの国の方たちも、何もわかっていませんねぇ……。どうして今もこの国が滅亡せず、平穏無事に成り立っているのか。それが誰のおかげなのか、知ろうともしないのですか、らっ」
そう言って立ち上がると彼女は呼びにきた修道女にぐるりと半回転しながら振り向く。彼女を包む純白の修道服は他のものとは全く異なり、袖は手を完全に隠す程に長く、それとは反対に丈は膝上ほどしかなく短すぎる。他の修道女たちが纏っている真っ黒で全身を覆うような修道服とは完全に別物だ。
聖女が着る特別な修道服ではあるのだが、こと形に関しては彼女の我儘によってつくられたため、修道女立ちのあいだではとても破廉恥だと陰口を叩かれている。とはいえそんなことを気にするような彼女ではない。
「まぁでもそれは仕方のないことなのです! これは、教会内部でも重要な機密事項ですから、一般人が知っているなんてことがあったらそれこそこの教会の失態を知られるということに繋がりますしねぇ」
ふふん。と意味深に笑う彼女だが、その真意がわからない修道女にとってはまたおかしなことを言っているとしか思われていない。それさえも彼女の計算ではあるのだが。
「はやく会いたいですねぇ。我らが英雄様に」
不敵に笑う彼女の素顔を知ったとき、果たして彼女を慕う者たちはどんな感想を持つだろう。
そう思うと、できれば他の者たちと極力関わってほしくないと思う修道女であった。
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