2-19
大した話題もないはずなのに、結局2時間近く彼と一緒にいる羽目になった。とはいえ、大抵彼が話をしているところに私が頷くだけというパターンで会話は流れていったのだけれど。
学院での話を中心に、友人、勉強、寮生活などなど。本当に嬉しそうに話をするものだから、どうにも邪険にできない。
しかし、さすがはこの国の第2王子。自慢などとは意識していないはずなのにどの話題でもその充実っぷりが伺える。それに加え、勉強でも魔法でも「先生がどのように教えてくれて、このようにしたらうまくいった」と言うような、一見つまらなそうな話のはずなのになぜか話に引き込まれてしまう。まさか話術まで習得しているとは、本当に末恐ろしい王子である。
「と、そろそろ君を帰さなければ。ベルフェリト公が心配してしまうね」
いつの間にか外は茜色に染まっている。こんなに時間が経つのが早いのは久しぶりだ。
実際問題私を心配する家族など今や兄しかいないのだが、そんなことを言えるはずもなく彼の言葉に同意した。
「そうですね。それではこの辺りで失礼しますわ」
立ち上がり、部屋を出て行こうとする私に付いていく形でヴァリタスも立ち上げる。
「馬車まで見送るよ」
「そうですか? ありがとうございます」
内心拒絶したい気持ちを必死に抑え、お礼を言うと連れだって馬車へ向かった。
「じゃあね、エスティ」
私が馬車に乗り込む直前、そう言うと彼は私の手を取り軽く手の甲に口づけた。その声と表情には、物寂しそうな印象を受ける。全く今生の別れでもあるまいに、一体どうしたのだろう。今までこんな顔をしたことがないから、少し心配になる。
しかし、ここでまた彼を気遣うようなこと言ってはまた彼との間を縮めてしまいかねない。
「もう、どうしたんですか? もう子供ではないんですから、私が帰るぐらいで一々そんな寂しそうな顔をしないでくださいな」
努めて明るく、少しおちゃらけた口調で別れを告げる。彼はまた少しだけ困ったように笑いながらも、「そうですね」と返すと私をまっすぐ見つめた。
「ではエスティ。また」
「えぇ、ヴァリタス様。お元気でお過ごしくださいね」
「うん。君もね」
明るく振舞っているが、やはりすこし無理をしているようだ。しかし、そんな彼に振り向きもせず馬車に乗り込むとすぐに発車させた。
もう昔のように顔を出して手を振ることはしない。
それはレディとしてはしたないことだから。
本当はそれだけではないのだかきっともう2度とそんなことをすることはないのだろう。
私も少しずつ変わってしまうのか。
彼といるのは正直心地良い。私に少なからず好意を持っているのだって嫌だといったら嘘になる。しかし、ずっと一緒にいればいずれ彼に私の本当の前世がバレてしまうのは必然。
だとしたら、やはり早めにこの縁を切るべきなのだ。
私の前世がバレる前に。私が彼を大切な人だと思ってしまう前に。
そうすれば、もうあんなに深く傷つくこともない。
あんな辛い思いはもうたくさんなのだから。
目を瞑り、両手を胸の前でキュっと握ると腰を曲げて前かがみになった。
そうして、自分の目的を思い出す。
私は必ず彼と婚約破棄して平穏な生活を手にいれる。
誰にも邪魔されず、誰にも干渉されない生活を手に入れるのだ。
そのためなら、家族も友人もいらない。
私は私一人いれば十分なのだ。
もう一度目を開けると、少しだけ気持ちが楽になったような気がした。




