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「えぇ~、お兄様も行くのですか? なら私も行きたいです!」
「シルビア! お前はまた何を我儘言ってるんだ」
ため息を漏らしながら叱る兄に対し、シルビアは唇を尖らせ反論する。
「私はお姉様と一緒にいたいだけで、お兄様なんてどうでもいいです」
プイっとそっぽを向くシルビアの姿は本当に可愛らしい。
しかしそれはそれ、これはこれ。いくらシルビアが駄々をこねてもできることとできないことはある。
「シルビア、あなたは招待状貰ってないでしょう? だから参加はできないのよ」
「なんで? なんでお姉様まで怒るの?」
ただ優しく諭しただけなのだが。兄がいくら怒鳴っても威勢の良かったシルビアは、私の一言でみるみる瞳を潤ませていく。私があまりシルビアにきつくあたってこなかったのが原因なのだろうが、こういうところは厄介だ。ここは甘やかしたい欲を押さえつけ、彼女の今後のための躾だと自分に言い聞かせる。
「いい? シルビア。そうやって我儘を言ってもできないものはできないのよ」
「いや! 嫌嫌嫌嫌! どうしてみんなして私をいじめるの?」
「これはいじめではないのよ。あのね、シルビア――――」
「どうした?何かあったのか?」
私の言葉が言い終わる前に、後ろで低く問いかける声が聞こえた。振り返るとそこには父が玄関の扉の前にいた。恐らく帰宅したのだろう。
「お父様……」
15時に返ってくるという予定の父がなぜここにいるのか。少し困惑ぎみに父を呼んだ。
「おとーさまー!!」
そんな私の気持ちなどお構いなしに、泣きそうな顔でシルビアは父に飛びつく。父はシルビアの歓迎に途端に笑顔になると、彼女を思いきり受け止めた。
「ただいま、シルビア。どうしたんだ? 泣きそうな顔をして」
「お父様、聞いてください! お兄様とお姉様が私を虐めるのです」
私たちの方を指さし、父に甘える彼女は甘えん坊そのもの。父はシルビアが可愛くて仕方ないのか緩み切った顔になる。そのへにゃへにゃな笑顔はどこから見ても子煩悩な父親そのものだ。
「お帰りなさい、父上。またシルビアの我儘ですよ」
「なんだシルビア。また兄を困らせたのか」
(え?)
尚も笑顔な父は柔らかな声色でシルビアを叱る。しかし、私は父のその言葉にドキリとした。
今あからさまにお兄様だけ庇った?
父のその変化に少しだけ嫌な考えが頭に浮かぶ。
(いいえ、そんなはずはないわ)
きっといつも兄が叱っているから、その癖が出ただけ。そう自分に言い聞かせた。
「父上、帰りは15時ではなかったのですか?」
「あぁ、それがな。会議が1つなくなったから、帰ってきたんだ」
何より家族が大好きな父は仕事がなければすぐさま帰宅するという徹底ぶり。
「そういえば、なぜ皆玄関に集まっているんだい?」
ドキリとする。私一人だけならばまだしも、今は兄がいる。きっと父に私が外出したのを教えてしまうに違いない。
(これ以上、お父様に行動を縛られるなんて)
耐えられない。しかし、こうなってしまったのは私の落ち度だ。受け入れるしかない。
だが、どうしても下を向いて落ち込んでしまう。
「偶々ですよ。外で魔法の練習をしていた私を、もうすぐ昼食だからとエスティが呼んできてくれたんです。ついでに、エスティ宛ての王家主催のパーティーの招待状を持っていたのでエスティに渡したら、いきなりシルビアが来て行きたいと駄々をこねてしまいまして」
「そうか」
兄の嘘に父は納得したように頷く。兄がまさか父に嘘を付くとは思わず、驚いてしまう。
(お兄様……?)
兄の意図がわからない。あの真面目な兄が父に嘘を付くなんて。
ぐぅ~。
困惑している私の思考をその音が停止させる。大きなお腹の音が突然玄関ホールに響いた。
音を出した犯人はお腹を押さえながら、尚も甘えたような顔と声で父にすり寄る。
「お父様~。私お腹が減ってしまいました」
「そうかそうか。なら食堂に行って昼食にしよう」
そういうと、父とシルビアは並んで歩きだした。前を横切って食堂に向かう二人を見送くると、兄の方へ目線を向けた。
「お兄様、どうして……?」
困惑気味な私に、兄は少し困ったように笑う。
「エスティ、そんな苦しそうな顔をするな」
どこか辛そうに言う兄の言葉は、私を案じているような答えだった。それが私を安心させる。
(やっぱり、家族だものね)
そうだ、家族とはこういうものなのだ。
たとえどんな人であろうと家族は温かく支えあうもの。
きっと先ほどの父の態度は私の悪い癖でそう思えてしまっただけ。
兄の優しさに触れ、家族を疑ってしまった自分を反省する。と、同時に安心できた。
ほっとした私は、歩き出した兄と共に食堂へと向かった。