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それから3年後。
私は13歳になっていた。
この3年間私は何をしていたのかというと。
前世が農民の娘だと嘘をついたために、辻褄合わせのため今度は農民について調べていた。
例にももれず、父と使用人に頼み込み資料を用意してもらう。しかし、農民の資料は身近すぎるのかあまり有効なものは見つからなかった。それに加えて女性がどのように暮らしていたのか、なんてピンポイントで記録している記事などというとほとんどない。
結局資料だけでは大した情報を得ることはできなかった。とはいえ、資料だけではまかなえないだろうということは初めからわかっていた。
と、いうことで公爵邸がある街から少し離れた村に繰り出し取材を行ったのだが。
「最近の女性は働き者なのね」
「そうですね、孤児の私がこの屋敷でお嬢様付きのメイドとして働けるぐらいですから」
付き添いで来ていたメイドのミリアが淡々と告げる事実は、確かにその通り。昨今の女性は15を過ぎると殆どが街に繰り出し働いているのだ。
職も様々で、工場での薬品づくりや縫製、果ては喫茶店の給仕係などに女性が進出していた。一応嫁いできた女性が何人かいたのだが、皆一様に子供の世話や育児に追われており大して参考になりそうなことは聞けなかった。
まぁ、育児に没頭できる環境があるのは良い事なのだが。
私が知りたいのは少女ぐらいの年の生態であって、そこまでいくと現実味が無くなってしまうような気がしてならない。それに今の時代の若い女性がそこまで社会進出しているのなら、これ以上取材を行っても意味はないだろう。転生しているということは、少なくとも今の時代より30年以上は昔の女性を参考にしなければならないのだから。
少しでもヒントを求めたが全くの無駄足になってしまったことにため息が漏れた。
「これではなんの参考にもなりませんわね。わざわざお父様の言いつけを破ってまでここに来ましたのに」
日が高く登った空を見上げながら呟く。日傘を指していてもその日差しの強さは十分防げているとは言えない。
貴族とばれない様にシンプルな純白のワンピースを着てきたのだが、如何せん肌が露出していて日焼けが心配になる。焼けるのも嫌だが、私の場合は赤くなって次第に痛みを伴うからあまり強い太陽の下に晒したくない。痛いのは大の苦手なのだ。
「そうですねぇ」
共に空を見上げた彼女は少しぼうっとしたあと私の意見に賛同する。全く感情の籠っていな声に、さらに体から力が抜けた。しかしこれは彼女の通常運転。文句を言ってもしょうがない。
「結局ただお忍びで外出しただけになってしまいましたわ」
「私とデートしていると思えばよろしいのでは?」
「……相変わらず意味不明なことを口走って、あなたは」
確かに世の男性ならミリアとデートできるなら跳ねて喜ぶだろう。この国ではめったにいない、髪は短く整えられているものの美しい濡羽色で瞳も同じく漆黒。その可愛らしい見た目とは裏腹に始終表情を変えないところがミステリアスで魅力的だと、いつしか使用人が噂していたのを耳にしたことがある。
女性から見てもどこか儚げなその面影は確かに魅力的ではあるだろう。しかし、私は女。たとえ前世が男だったとしても、根本が女性として育ってきたからか同性にそのような興味は微塵もない。そして、彼女が見た目と表情に反して冗談好きなのも相まっているのかもしれない。
いや、本当よ。嘘じゃない、嘘じゃない。
確かに初めて会った時すこしドキリとしたけれども。
3年前出会ったときの彼女は、自身の魔法を使って栗色の髪と瞳に変えていた。その事実を知ったとき、私が面倒ならもとのもので生活しても構わないと提案したのだ。
初めは少し戻すのを躊躇っていたが、どうやら色を変えるのは結構魔力を使いうらしい。そして、面倒なのだそうだ。きっとそれが決め手となったのだろうが、それ以来ずっと黒髪と瞳のまま生活している。
メイド長やほかの使用人も最初こそ小言を言っていたが全く聞き入れない私と彼女の態度に次第に説得を諦めていった。だってこんなに美しいものを隠すなんて勿体ないもの。
取材を諦めたあとも田んぼの周りを歩きながらなにか使えそうなネタはないか探していた。しかし、うだるような暑さに流石に嫌になった私とミリアはこれ以上の収穫はなさそうだと判断し、止めていた馬車まで戻ると屋敷に帰ることにした。