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何かナタリーの疑いが張れるような、彼女を納得させられる理由はないかと思考を巡らせていると、大きなため息を吐きながら彼女は口を開いた。
「黒魔術の中にはね、生き返りの方法もあるのよ」
「生き、返り……?」
ナタリーから告げられた単語があまりにも不穏すぎて嫌な予感がした。
それは人が決して手を出してはいけない領域。
いくら私たち人間が魔法を使い大きく繁栄したとしても手をだしてはいけない領域というのは確実に存在する。それが本能的に分別できるのが普通の生物として正常な証拠だ。
人にはそれぞれ生まれてきた理由が存在する。
それは欲となって出てくるがそれが大きすぎれば罪となってしまう。
だから強欲は大罪なのだ。
それが強ければ強いほど、その罪は重くなっていく。
しかしそれが、天地を揺るがすほどの行為であるとすれば、その領域に足を踏み込むこと自体が大罪に該当する行為であるのは間違いない。
転生は神様に認められた貴い存在が受ける祝福であると言われている。つまり人が手を出してはいけない行為と考えられているものの中でも、最も触れてはいけない領域なのだ。
おそらくこの世で最も重い代償が必要であり、最も重い罪が掛けられる。
それは自分のみならず、他人をも巻き込むほどの。
それが黒魔術で行うことができるなんて。
やはり倫理に反していることばかりを扱っていると言われるだけある。
なんて。
なんて愚かな。
しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。
そんな言葉が彼女の口から出たのだ。
しかも前世の話をしているときに。
ああ、そういうこと。
でも、一体なぜそんな疑いを私に?
……いいえ。
そんな事、考えてみれば答えは自ずと出てくるじゃない。
「ねぇ、エスティ。貴方の前世は一体何者なの? 本当は普通の生まれ変わり方をしていない人なんじゃないの?」
私が前世について嘘を吐いていたこと、魔法がほとんど使えないこと、ヴァリタスとの婚約を破棄したいと強く願っていること。全ての事柄に納得のいく理由を考えたとしたら、その答えに辿りつくのはおかしなことではない。
でも、本当に私が悪人だと確信しているのならば彼女はこんな迂闊な事をするだろうか。
こんな人気のない場所に私を連れ出して、何をされるかわからない状況で。
例え私が魔法を使えなくても、手段を選ばない人間であれば彼女に危害を加えることはできるだろう。
そしてその恐ろしさを知らない彼女ではない。
少なくとも前世で平民として生きてきた彼女であればそういう人間がいることを私以上に知っているはずだ。まぁ、私も最悪の皇帝だったからこそそういう人間がいることを知っていたのだけど。
だからこそ、彼女のこの行動の危険さとそこに秘められた思いを理解できることができた。
まだ、彼女は信じているのだ。
私が倫理に反するようなことをしない人物なのだと。
まぁそうでなければ、ヴァリタスとの婚約破棄を願っている理由が無くなってしまうしね。
でも違う。
そうじゃない。
そうじゃないの……。
あの人は本当に、私よりもずっと綺麗で繊細な人なの……。
でも、誰も彼を信じてはくれない。
それがいつも悲しくて仕方ない。
彼女の疑いを晴らすには本当の事を言うのが一番良い方法だと分かっている。
でも信じてくれるとは思えない。
だって前世がリヴェリオならば、黒魔術を使って生まれ変わったと言っても誰も疑いはしない。
それはナタリーも同じではないだろうか。
あの歪められた歴史が本当だと思う人は多いから。
黒魔術の中にその方法があると知れば両親は確実に喜ぶ。
ほら、お前の前世は神様にまで反逆した愚かな大罪人なのだと。
お前を傷つけても誰も罪にはならないのだと。
そう思うのは誰も同じじゃないのだろうか。
でもきっと、私はそれで生まれ変わってしまっていた方がずっと幸せに生きられた。
だってそれって自分の欲を優先して生きられたってことでしょう?
そしてそれは生まれ変わった私にも引き継がれていたことだろう。
リヴェリオの性格が私に引き継がれたように。
なんて。
なんて羨ましい。
「とある令嬢から聞いたの」
ナタリーの言葉で現実に引き戻される。
彼女は真っ直ぐと私を見据えていた。
それはきっとまだ私を信じているのだという意志を感じさせる瞳だった。
まだ私は彼女に答えを言っていないのに。
やはり彼女は優しい。
「彼女との約束もあるから名前は言わないけれど、その子から教えてもらったの。セイラを虐めている主犯格は誰なのかって」
ナタリーはその人当りの良さから広い交友関係を確立している。
そして皆、彼女を信頼している。
それは彼女の明るさと気さくな人柄、そしてその優し気な雰囲気に魅了されるからだ。
彼女の頼みであるなら協力したいと思う人は数多くいるだろう。
きっと私も同じだから。
「夏休みに入る前、私は貴方に聞いたわ。虐めているのは貴方なのか? って。その時貴方はきっぱりと否定してくれたじゃない。なのに、なのにどうして……」
ナタリーの表情が苦痛に耐えるように歪んでいく。
もうこれ以上、こんな姿の彼女など見たくなかった。




