1-2
確かあれは8歳の時。誰かに殺される悪夢を見るようになり、時折泣きながら起きることが毎晩続いた。
「おかあさま、おとうさま。わたし、ころされちゃうの?」
そう泣きながら訴える私を大変心配した両親は、私を教会へと連れて行った。家が公爵家ということもあり、呪いの魔法でも掛けられたのだと踏んだようだ。しかし、そこで判明したのは私に前世があるのだということだった。
神妙に相談する両親の心配をよそに、教会の使徒たちは柔らかく笑って悪夢の原因を説明してくれた。
どうやら、前世を思い出す兆候としてそのような夢を見る子供は時々いるらしい。本来であれば前世を持つか否かが判明するのは、10歳の年に教会で行われる”前明の儀”という儀式である。そこで前世があるのかどうか、専門の特別な魔法使いによって調べられる。もしあった場合には胸に前世の名前を刻み、前世を思い出すための処置が行われる。胸に刻む名前は普段は目視できず、とある魔法の力を与えると見えるようになるのだそうだ。
しかし、その儀式を迎える前に前世を思い出してしまう者も時折いる。そこでそのような場合には無理に抑え込むのではなく、前倒しで”前明の儀”を行い、今世の人格に負担なく思い出せるようにするらしい。
「それでは、こちらへお進みください」
早速、魔法使いの待つ大広間へと通された。
「公爵様と奥方様はこちらでお待ちください」
部屋へ案内される際、重厚な扉の前で両脇に立っていた使徒に止められた。両親は渋々といった様子で私を心配そうに見つめる。
「大丈夫ですよ、さあこちらへ」
後ろ髪を引かれながらも付き添いの使徒に背中を軽く押され、彼に付き添われるかたちで中へと入った。
(うわぁ……)
部屋は薄暗く、高い天井や壁に金色の装飾がされているのが時折キラキラと光っているのが見える。
まるで気まぐれに瞬く夜の星のようだった。
中央に丸く光る金色の大きな球体がゆっくりと自転している。光る球体の周りには、地球独楽にあるような2つの輪状の金属性の保護枠がぐるぐると回転していた。
その神秘的な景色に思わず目を奪われた。
球体を見つめたまま、歩み寄っていくとその球体が桁違いに大きいことがわかる。恐らく2・3メートルは優にあるだろう。
その大きさに目を奪われていたが、ふと目線を落とすとそばに人が立っているのが判った。真っ黒で丈の長いフード付きの外套を羽織り、フードを目深に被っている。恐らくこの場所でなかったら不審者として通報されかねない出で立ちだ。
その人のすぐ傍まで案内されると、付き添ってくれていた使徒はその人物に深く頭を下げた。そうして私の方に向き軽く会釈すると、扉の方へ歩いていき部屋から出ていってしまった。
(どうしよう……こわい)
得体のしれない物体と人がいる場所に、ぽつんと残されたことに不安を感じ俯いてしまった。
「こんにちは」
それを見かねたフードの人は、私を安心させようと思ったのだろう。発せられたその声は優しく穏やかなものだった。
「……ごきげんよう」
その優し気な声に安心し、パッと顔を上げると挨拶を返した。相変わらずフードの中は見えなくて顔はわからなかったが、もう先ほどの不安や怖さは無かった。