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私が引き籠っても、両親は悲しんだりしない。そもそも、私を閉じ込める人たちだからそんなことをしても意味なんてない。
でも、シルビアは違う。
シルビアが外に出なくなっただけで、両親は酷く心配している。
母の様子を見ていれば一目瞭然だ。
こんな化け物に助けを求めるくらいなのだから。
それぐらい、両親はシルビアを愛している。
なのに、どうしてその愛がわからないの?
愛を蔑ろにするこの子が羨ましくて仕方ない。
私が愛を求めても、誰も答えてくれなかった。
でも、貴方は拒絶しても与えてくれる人がいるのでしょう?
それの何が不満だというの?
「打ったわね、私を。いくらお姉さまでも、許さないわよ」
手で頬を抑えながら、先ほどと同じように憎悪を含んだ瞳で私を見つめる。
この子に映る私は、すでに姉ではないのかもしれない。
それぐらい、シルビアの憎悪は容赦のないものだった。
「許さないなら、どうするの?」
淡々と答える私に、少し身じろぎしながらもシルビアは言葉を止める気はないらしい。
「お父様に言いつけて、今度こそお姉さまを追い出してあげるわ」
今度こそ、か。
もしかして、前にも同じような話でもあったのだろうか。
今更そんなことを言われても、どうとも思わないけれど。
「いいわよ、追い出しても」
「は?」
私の答えが予想だにしないものだったからか、シルビアは信じられないとでもいうように驚いていた。
ああ、やっぱり。
この子は、どこまでも幸せの国のお姫様なのだろう。
この子の世界では、この子を愛さない人はいないのだ。
「ねぇシルビア。貴方はお父様にもお母さまにも愛されているわ。それはもう、目に入れても痛くないぐらいに愛しているのでしょうね。でもね、私は違う。私は両親に愛されていない。その逆ね。憎まれているわ。そんな私が、どうしてまだベルフェリトの家に置かれているのか、貴方に分かる?」
「なんでって、そんなの私にわかるわけ……」
目を泳がせながら困惑するシルビアに、答えが出せるとは思えなかった。
きっとこの子はこの国の貴族の在り方や政治についてあまり知らないのだろう。
だから、こんな初歩的なこともわからない。
「私がベルフェリトの長女だからよ」
「私が第2王子と婚約などしていなかったら、きっと今ここにはいないわ。そうでなければ、いつ襲われるかもわからない獣を屋敷で飼うなんて恐ろしいこと、あのお父様がするはずないもの。それぐらいあの婚約はベルフェリト家にとって、いいえ、この国にとっても重要な責務なの。そしてそれは、ベルフェリト家の長女でなければ勤まらない。そんな私を、貴方のわがまま1つで追い出せると本気で思っているの?」
「そんなっ」
酷くショックを受けたシルビアがそこにいた。
そんなに私を追い出せないことが嫌なのだろうか。
いや、もしかしたら自分が言って叶わないことがあることがショックなのかもしれない。
「私に貴方の気持ちがわからないのと同じように、貴方だって私の気持ちなんてわからない。私だって本当は早く出ていきたい。こんな家なんて捨てて自由に生きてみたい」
ずっと何かに縛られて生きている。
前世も今世も。
そのしがらみから解放されれば、私は幸せになれるのだろうか。
そう都合よくは思えないけれど。
それでも、今よりずっと幸福になれる気がする。
「お姉さまは、どうしてそんなに……」
ポツリと呟いたシルビアの声はよく聞き取れなかった。
いぶかし気な目を向けたが、俯いたシルビアは私の視線に気づかない。
「ねぇ、お姉さま。私たち家族が貴方に何をしたの? どうしてそんなに私たちを憎むの? この家の何が気に食わないの?」
顔を上げたシルビアは不安そうに私を見つめていた。
しかし、この子の言っていることの意味が私にはわからない。
憎い? 気に食わない?
そんなのこっちの台詞だ。
私がベルフェリトに何をしたというのだろう。
ただ前世が悪人と言われていた人だっただけで、私は何もしていない。
なのにお父様は私を憎んだ。
お母さまは私を蔑ろにした。
私はただ、生まれ変わっただけ。
ただそれだけで、私は否定された。
きっとリヴェリオは幸せになりたかったから転生したわけじゃない。
でも、私は幸せになりたかった。
だから、必死にその道を模索した。
誰もいない場所で、1人で幸せになりたかった。
ただ、それだけだったのに。
生きているだけで誰かに恨まれるなら。
私が今ここにいる意味は、一体何なのだろう。
どうして、私は生まれ変わったのだろう。
「シルビア、もし貴方の瞳が映す私がそんな風に映っているのだとしたら」
例え私の想いがこの子に理解されなくても構わない。
もう、家族を信じられるほど私は寂しさを知らないわけじゃないから。
「それは貴方たちが見たい私なのだと思うわ」
やはり、私にはこの子を説得するのは無理だろう。
何を言ってもかみ合うわけがないのだ。
ならば母には適当に言ってこれ以上関わらないでおこう。
そう思って部屋を出ようとしたときだった。
「待って、お姉さま!」
重い衝撃が腰のあたりに響く。
久しぶりに、この子の温もりを感じた。




