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鞄を置いて紅茶を少し飲んだ後、渋々シルビアの部屋を訪れた。3年前までは私の部屋から2つ先の部屋があの子の自室であったが、あの夏の事件があった後、遠くの部屋に移動させられていた。まぁ、移動させられたのは私の部屋なのだけどね。
当時は私が寮暮らしだったため、許可も取られず勝手に移動させられていた。
部屋の主が不在だったため、さぞかし動かしやすかったことだろう。
冬期休暇に入って帰省したときの私の驚きったらなかった。
大事なものなど元々ないし、何かが捨てられた形跡はなかったからどうでも良いとそのまま流したけれど。
私の自室のある3階から2階に降り、階段から2つ先の部屋がシルビアの自室だ。
広い屋敷といっても、そこまで距離があるわけではないからすぐについてしまった。
部屋の扉の前で一息つくと、扉をノックする。
コンコンと小気味の良い音が廊下に響いた。
しかし、部屋から返事はない。
全く、相変わらず甘やかしているわね。
相手が両親や来客を知らせにきた使用人とかだったらどうするのよ。
とはいえ、この屋敷の住人ならここで彼女に声ぐらいかけるのだろうけど。
まぁ、相手が私だと分かれば彼女は入れてくれないだろうし声を掛けずにこのまま入ってしまおう。
何も言わずガチャリと扉を開ける。
中を確認して、私は少しばかり驚いてしまった。
今は、まだ午後3時を回ったぐらいの時間。それに加え、まだ初秋の頃。日は高く、十分部屋の中を照らしてくれているはず。
それなのに、この部屋の中は明かりが必要なほど薄暗かったのだ。
どうやらカーテンをかっちりと閉めているのが原因らしい。
一体なにがどうなっているの?
茫然と立ち尽くすのも束の間、慌てて思考を巡らせる。
こんなところ、使用人にバレたりしたらあらぬ噂が立ってしまう。
シルビアとよく関わっている使用人や家令、メイド長ならばきっとこの事態をすでに知っているだろう。
しかし、それ以外の使用人ならば信用ならない。
地位が高い貴族であればあるほど、この手のネタは途轍もない娯楽の1つになってしまうだろう。
慌てて扉を閉めると、中から物凄い声の怒鳴り声が飛んできた。
「ちょっと!! 勝手に入るなんてどういうつもりなの!」
薄暗くまだ目が慣れていない私では、それがどこから発せられたものなのかすぐには分からなかった。
きょろきょろと辺りを見渡していると、またしても怒号が浴びせられる。
「声も掛けずに入ってくるなんて、なんて無礼なのかしら! あんたはクビよ! お父様に言いつけてやるんだから」
いつからこんなに口が悪くなったのだろう。
ようやく慣れてきた目でシルビアの居場所が分かった。
ベッドの上、布団に包まりながら物凄い形相でこちらを睨んでいる。
髪は乱れ、寝間着姿の彼女はまるで公爵令嬢とは思えない醜さだった。
しかし、使用人の服を着ているわけでもないのに姉の事がわからないとは。
「クビにしたければすればいいわ。そんなこと、貴方にはできないでしょうけど」
「な、なんですって」
シルビアのいるベッドを素通りし、窓の方へ向かう。
このままこの薄暗い空間にいたら眩暈がしそうで堪らなかった。
彼女に目もくれず、偉そうな態度の私に益々腹を立てたのか、シルビアは一層怒りを露わにした。
「私を誰だと思っているの! ベルフェリト公爵令嬢よ! どこの馬の骨とも知れないお前なんか、私の一言で終わりなんだから」
「あら、奇遇ね」
締め切られたカーテンを両手で持ち、思いっきり引っ張る。
シャーッという音がして、眩い光が部屋へと降り注いだ。
「生憎と、私もベルフェリト公爵の令嬢なの」
強い光に目を凝らしながらも、私の姿を認識したシルビアは目を見開いた。
逆行であっても、私が誰なのかわかったようだ。
「お、お姉さま……」
驚くシルビアを無視し、照らされた部屋の中を見て呆れた。
服やぬいぐるみが散乱しており、まるで令嬢の部屋とは思えない。
いつも使用人が片付けているのに、どうしてこんなにも部屋が散らかっているのだろうか。
まさか、癇癪でも起こしているのだろうか。
そう思うとため息もでなかった。
「本当にみっともないわね。シルビア」
私の言葉にショックでも受けたのか、顔を逸らすと吐き捨てるように言った。
「お姉さまにはわからないわ。私の事なんて放っておいてください!」
「そういうわけにはいかないわよ。お母さまが心配しているの。いい加減寮に戻ったら?」
私だってシルビアと関わるなんてできればしたくない。
昔あったこと、学院で言われたことだって傷ついていないわけではない。
でも、この子は妹だ。
そして私はこの子の姉なのだ。
母に頼まれたというのもあるが、シルビアの事を考えるとどうしても放っておくことができなかった。
だって上の兄弟とはそういうものであるべきだと思うから。
しかし、私の思いなど兄を除いたこの家族に真っ直ぐ届くことなどあり得ない。
そんなこと、私はよく知っていたはずなのに。
「はっ、そういうことですか。お母さまに頼まれたから私を説得に来たのですね。でも無駄ですよ。私を説得できても、お父様もお母さまも貴方を好きになったりしない!」
バシン――――。
思わず、シルビアの頬を打った。
別にこの子の言葉に傷ついたからではない。
図星だったからでもない。
だって私はもう、両親の愛を求めてはいない。
ただ、私はこの子が羨ましかった。
羨ましくて、仕方なかった。




