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「エスティ嬢も前世をお持ちなのでしょう」
喉が詰まった。何とか紅茶を吐き出さなかった私を誰か褒めて欲しい。
というか、私は前世を持っていると彼に伝えていない。恐らく父もそんなことを彼に教えるとは思えない。
「な、なぜそれを?」
「私、人の魔力を感知することができまして。前世のある方は他の方々と違いますから、すぐわかるのです」
なんだそれは?
いくら魔力が強くてもそんな風に人の魔力を探知できるなんて芸当ができるのは、本当に一握りの人間だけだ。それも相当の使い手。しかも前世があるかどうかも判断できるなんて、”前明の儀”ができるような魔法使いしか聞いた事がない。魔法使いのエリート中のエリートだ。
「それで、エスティ嬢の前世はどのような方だったのですか?」
しかし、今は彼が魔法使いのエリートになれる可能性を思案している場合ではない。
どうしよう。
前世があるあるこがバレているならばどうにかして、それが誰なのかは隠さなければならない。
(えぇっと、何が良い? どういう前世なら誤魔化せる?)
タイムリミットはもうすぐそこまで来ている。こういう時は長く口を噤めば噤むほど変に思われかねない。今は小さな不信感も彼に抱かせたくない。
「む、村娘! 農家の娘だったのです。お恥ずかしくて言えなかったのですわ」
おほほほ、と笑って見せる。口をついて出た嘘はどう考えても失敗だ。
(一体私は何を口走っているのでしょう)
もう笑うしかなかった。きっと彼は私を疑うに違いない。
「農民の娘ですか……。それはまた珍しいですね」
きっと困った顔が返ってくると思っていた私の予想とは裏腹に、あまり気にしていないような反応が意外すぎてこっちが困った顔になりそうだ。
「転生者というのは我らが神に清い魂だと認められた者のみが与えられる栄光。本来ならば歴史に名を残すような英雄や聖女様、敬謙な牧師様などが転生されることが多いのに。きっとエスティ嬢の前世は相当主に尽くしていたのでしょうね」
(な、なにを言っているんだろう彼は)
しかし、どうやら彼なりに私の前世を解釈してくれたみたいだ。ならばその設定に乗るしかなかろう。ええい、こうなったらやけだ。
「そうなのですよ。私、主に祈るのが好きで好きで。もう祈るのが趣味みたいな娘だったのです。毎日、朝夕と近くの教会に出向いてはとても熱心に主に祈りを捧げていましたわ。もしかしたら、その姿を主が気に入ってくださったのかもしれませんね」
あ~失敗した。今度こそ失敗した~。思わずとんでも設定にしてしまった~。
なんだ祈るのが趣味て。そんな女いたら絶対頭おかしいって噂になるわ。しかも、聞く人が聞けばなんて強欲の塊だろうと思われるに違いない。
もうなんでもいいや。
おかしい女と思うなら思えばいい。
そんな女が私の前世なのよ。
(あれ? でもこれってチャンスでなくて?)
頭のおかしい農村の娘が前世の私。対してこの国に知らない人がいないほどの大英雄を前世に持つ第2王子。
どうみても釣り合わない。きっと彼もそう思うのではないだろうか。
もしこれがきっかけで私を気に入らないと彼が国王陛下に進言してくれれば。もしかしたら、婚約解消も夢じゃないかもしれない。思わず巡ってきたチャンスに、徐々に冷静さを取り戻していく。
「なるほど、だから転生できたのですね」
そんな私の思いも届かず、私の考えた頭のおかしい女に彼は笑って納得した。
あれ?もしかしてこの王子、ちょっと頭がおかしい人のなのかな?
(それとも私に興味がないのか……)
冷静になった頭は思いの他、的を射た答えを導き出した。
そもそもそんな前世の話を聞いても引かずに笑って受け応えるあたり、相当器量が大きいか全く興味が無いかのどちらかだろう。そして10歳という歳とこの生まれから察するに恐らく後者。
しかし、彼が私に毛ほども興味が無くても私にとってはこの婚約は大問題。今後の人生で大きな障害になりかねないものなのだ。だから、この設定を生かしてどうにかして婚約を解消する術を模索すれば案外うまくいくかもしれない。そう考えると少しだけ気が楽になった。
さぁっと少し強い風が私たちの横を通りすぎる。少しだけ晴れやかになった私の心に吹いた風のようで心地が良かった。