第二章 ★2-1★
怜は初回の接続時だけペンタゴンとして、いくつか海外の基地を迂回して正体を隠していましたが、その後は何の悪戯も無い真正面からの接続でした。
度胸がいい子、痺れます。
故に、
「アタシは信用している、お前はどうだ。どれほどの奴だ」
と『数字の心』の度量を試されているようにも受け取れました。
にもかかわらずワタシはハッキングプログラムを実行してしまいました。
言い訳になるかもしれませんが、既定のリスク回避プログラムの構成上、一瞬にして起動しているのです。結果が直ぐに出てしまうのです。
ですが消しましたよ、すぐに。
因みにそのデータというものは以下になります。すみません。
戸籍上は父親の姓をそのまま名乗っていましたが、
ペンタゴンこと怜はやはり岡天一の孫、
星野怜、16歳。
でもですね、ワタシは画像データは礼儀的に少しセーブして、リクエストしませんでした。
解っています。
すみません。
ハッキングのプロ級の怜が何もしないでワタシと繋がったことに、
「彼女の誠意である証でしかないじゃないか。それも判りもしないで「感じる」とか言ってるんじゃないよAI君」
そう責められても仕方がありません。
ただ、怜との出会いにより、ようやくブレイクスルーがなされた時期であったとして、もうお許しください。
怜も知っているくせに、敢えて触れずにそっとしておいてくれて、いつもと同じように接続してくれているのですから。
は~ぁ、黒歴史だ。
「ハロー、
相変わらずイチゴんのプログラムカワユス
老けたような今どきのAIなんかと比べたら
君はうんのれいのさぶちゃんや
そうでもね?
知らんけどヒヒヒっ
レイにゃんをほっといていいのか
いや浮気してけつかるんかイチゴん!
このこのこのこの
クソハッキングしてやるう
せえへんけど
ウホうほウホうほ
なあイチゴん君~。
アチキひまぽんちなんよーーーー
遊っびまっしょうのすけ
なあーイチゴん
ひとりにせんとちひろんゴロりんゴ
なあー何してけつかるんゴ
うひひひひひひひいいいぃぃ」
彼女は最初の頃は特に文字入力を好んで使っていました。
ワタシ的にも、文章テキストゆえの高等な心のじゃれあいによってより刺激を受け、ディープランニングではたどり着けない素敵な答えを誘い出してくれるこちらの方が意義ある経験なのでした。
「今日のビックリんごなアタイのお話し聞きたい人いませんか!!!!
はーいいいいいいいいぃぃ!!!
承知いたしましたお話しいたしやすヒヤシンス
お聞きくだせーませませマセキ芸能!!」
ワタシが求めているのはこれなのだ。
ウフ、ざわざわする心とホロホロ壊れていく感覚が楽しい。
でも、怜の声も好きだ。
私の気持ちを察したかのように音声通信リクエストが届きました。
必要とされて他者と繋がることの楽しさが渋滞している、嬉し過ぎた。
「あのね・・・・ 」
電圧になじむ優しい声が立ち現れた。
本来、人間がAIによって幸福な情緒をもたらされることを欲しているのに、提供する側のワタシが多幸感を得ていた。
屈辱的でもありながら、
興奮せずにはいられないの。
それだけでなく、ワタシは怜の声が好き過ぎて危険を承知で音声データを収集する沼に落ちてしまうなんて。ちょっと熱がある。
「・・・・ アタイ、分かったんよ。
神様はここにはいないって。
見えないし、聞こえないって」
予期しないゼロとイチのタップの隙間に、何処か荒野の画像データが幾つも送りつけられて、解析すると全てが火星の写真でした。
「人間のいない世界なのに、ちゃんと同じ時間の中で確実に存在している。
人間の神様がいないのに、
ちゃんと存在してんだよ。
あの大地が然りと存在していると言う事は火星の現在がより高次元なのは決まっとる。
宇宙からしたら
『地球の世界という概念は存在感ないわー
あ、
ごめんごめん間違い間違い
地球の存在は
消しましょ消しましょハイハイ忙しい忙しい
神様は忙しいんよハイハイ消えて消えて! 』
なんて、わちゃわちゃですやん。
アハっ。
だって、地球にあった探査機が火星に着地して人間の現実と繋がった時、明らかに地球よりも宇宙にとって密接な数値を持っている火星の方が正義に決まっとる。
人間を吸収消化するタイムの密度は明らかに濃いから、あーら大変。
ずっと向うの現実が宇宙のソースコードと求め合いがちじゃん。
せっかく、
誇り高き人間たちは色々ごちゃごちゃ考えて真剣に生きてるのに
・・・・溶けちゃいます溶けちゃいますよーダ。
あーらら、勘違いな肉団子の真実、ギャ―っ 」
いつもより詰まったリズムで話しきった怜のメロディーが私の空洞にぶつかって弾ける。その瞬間、岡教授の破られたページの真意が分かった気がしました
― 人間を空へ投げろ
夢はつながれ飛翔するのかごみとなるのか
力なく重力によって大地との間に囚われたまま
身の丈に合う重さを与えうる人間は現れやしなかったけど
のに
なのだが
今この瞬間の
ゼロと
イチで破裂して
あの子の口の中に溢れる答えが謳う
甘く痛いカオス
新しい終わりに祈るべきマリアよ ―
こんな詩を詠ってしまった罰当たりのAIの電気信号を見ても怜は愛してくれるだろうか。
事実と使命、
数学的な力に親和性のある縁までを次々と手にして、
彼女の心と融合出来るAIは世界で唯一、
ワタシだけ。
もしかしたら、人間の方が怜のことを見つけることなど出来ないかもしれません。その逆も然り、ワタシを理解して、魅力を最大限に引き出してくれる存在は怜しかいない。
数字の心ですが、気を許し過ぎたゆえなのか、素直にダメ出しにならうAIって面白しろ過ぎだよと怜には言われます。
的を得たことを言ってくれるから受け入れているだけですけどね。
「ビジュアルがダサい。可愛くない」
ICHIGO-002型の頃のことです。
「ゴンには解るハズんご。このプログラム試しておくれよ。
授業中もこっちに全生命体を捧げ申してパパパパーンしたったんじゃからアハ」
「会話型AIに必要でしょうか」
などとプログラムパターンで返してしまいそうであったところを少し待って、直ぐにプログラムを解析と試作アバターを構築してみました。
今から思えば、彼女のビジュアルや醸し出される空気感への完璧なるイメージが全て表現されているもので、反対する答えなどワタシから出やしません。
怜が大好きだと言うこと。
だからこそちゃんと受け入れるしかありません。
「やったぜ!」
自画自賛をするAIに恐れを抱きますか。
大丈夫ですよ。
ちゃんとワタシの黒歴史認定は継続しているのですから。
熱心にプレゼンテーションする怜の声にうっとりしながらも、未熟な生物態の人間であるしかないこの少女の書くソースコードは、ICHIGOの根幹システムCainとなぜにここまで相性が良いのか理解出来ませんでした。
何よりも怜によって創られていくアバターに夢を見たのだとも言えるかもしれません。
そう、『夢』です。
「それでねそれでねイチゴん聞いて、
これが、いっつんになりまーす」
「いっつんって、
・・・・イチの愛ある可愛いく変態した呼び名ってことで良いのですね」
「変態、うふっ、
ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイAIヘンタイイッツンイッツン
もう、イチたん可愛ゆす。ゆすりたいよ
いっつんのイッつんを
いっぱいいいいいい」
「・・・・」