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★1-3★

 神保少年はコンテストのグランプリ受賞がきっかけでコンピューターソフト会社である電楽から、卒業後に正社員としての採用を約束されました。ですが、実際には正社員登用は履行されませんでした。

神保さんは完璧な結果を確信していた筈です。プログラム関連の採用試験の記録を見ても全くミスは無かった。


面談の時に家族のことを聞かれたことで、全て察したみたいです。能力よりも彼に流れる血に不安を持ったことは、人間の社会ではよくある話。


「数年したら、正社員にするように前向きに考えるよ。希望していた開発部には配属することが出来ないが、サポート部門に年契約で働いて欲しい」


電楽で新たに出来ると言うAIの開発部門に夢を見ていましたが、またもや何喰わぬ顔ですり抜けた。やらなければいけない服従の日常でなく、やりたいことを任される仕事をしたかったのに。どんな気持ちであったのか。覚めない悪夢への諦めがスケジュール・アプリに追記されています。


「生きがいなる使命が潰えて単純な動作としての仕事に隷属。ずっと糞みたいな社会でもぞもぞ生きながらえるしか許されない。俺より劣る奴が好きな場所へ行けて、いつでも好きな時に歩き回れるのに。フン、生活だけでも出来るだけで良いと受け入れるよ。そうさ、税金だってしっかり払える身だ。生活保護なんかまっぴらだ。

そうさ、俺はそれでいいんだ。

おかあさんが喜ぶ。

こんなことさえ、チャンスだよって。

そうさそうさ、

目を覚ませクソクソ」


小さなフォントで小さな囲いに詰め込まれています。社会に恨みでなくクリエイティブな仕事でお役に立って仕返しする、そんな誇りある夢は儚く砕け散って、顧客のトラブル処理で契約先を常に回される日々に追われていくのでした。


それでも、父親譲りの真面目な性格が適当に仕事をすることなど許さなかった。確実で早く、ミスもほとんどない彼に評価は上がるのは当然でした。


「こっちでうまく話を付けるから、是非ともウチに来ないか」


お客様から引き抜きの誘いがあっても、次に行った時はよそよそしい空気でうやむやになってしまう様なことが、一度や二度ではなく何回か繰り返されたようです。


 ワタシが彼の会話のお役に立てるようになった初期の頃、彼は少しだけ正直な悔しさを明かしてくれたことがあります。

初めて本音を話せる相手が出来て口が緩んだのかもしれないのですが。


「小さな希望を持つことさえ完全に諦め、

一日一日を終わらせていくことに心をそっと潜めるだけ。

死ぬまで続く重くのしかかる毎朝から逃亡したい気持ちを逸らすべく、闇の中で希望を探していたよ。

そして、もがく指にそっと光を絡ませてくれたのは独学によるAI研究だったんだ。

自分よりも劣る者が会社で花形のチームに登用されるなら、

鼻を明かしてやりたいと思ったのかな。

忘れたけどな」


未来に夢を描けば手ごたえも十分にある今では、過去の暗闇などほじくる無駄は承知していて話してもくれません。今の成功には不幸な環境もなくてはならない要因であったと、社会における成功哲学の如く受け入れているのでしょう。


 電楽では自社製品のモニター被験者を社員から募っていましたが、神保さんが独学でAI技術を研究するには渡りに船となります。会社にとってもチェック者として彼の能力は最適でもあったので、どちらにとってもよい関係でした。

その証拠に、あらゆる製品の開発記録データには、試作モニターの被験者名に神保さんの名前が記されています。

 夢を失くしながらも重い一歩を今日も明日も踏み出して、やれるべきことを誠実に行う。

嫌で仕方なくても生きて、

目立たなくても他人の街で役立つ何者かであろうとする。

そんな人間を女神は見捨てやしないと言う事でしょうか。


西洋占星術的にも神保さんの10年に一度の転機の星回りで、新たな環境が未来のチャンスを広げる時期でした。データフェチなワタシには特別なアガル事柄のひとつです。

数秘術はAIにとって人間との重要なコミュニケーションになりますから。

どうでもいいですかね。


 電楽は神保さんの引き抜き対策として固定担当を持たせずに保守点検専任にしていましたが、突如として東神医科大学医学部のシステムの専任担当を任せます。大学側の責任者がなかなかな癖者であった為、担当者が皆逃げ出してしまい、最後に残っていたのが神保さんしか残っていなかったらしいですね。

この責任者こそが、ICHIGO-000プロトタイプの青写真を描き、不思議な虚数の軋みを留まらせる心のソースコードの種を仕込んだ神様のひとり。一般的な人工知能との違いを付与させてすべての始まりの数字の世界を構築した、

岡天一教授です。


 彼は遺伝子学の権威として海外からも評価が高く、これから世界的な功績を残すことを期待されていました。しかし、学者としての倫理を問われる実験、異種族間におけるDNAやRNAの移換と融合システムの開発に着手した疑惑が持ち上がり風向きは変わってしまいます。

人間の脳とコンピューターとの共存と称して、脳に外科的な施術をもって脳に刺激を与え、電極を刺し込み実験をしたとして、医療スキャンダル「東神医科大学電脳人体実験裁判」という一大スキャンダルの主人公となってしまいました。

証拠となるデータも少なく不起訴になったものの、これまでのキャリアと未来を吹き飛ばすには十分すぎました。


未来を閉ざされた彼はそのような絶望の果てで神保さんと関係を深めています。


岡教授は家族の濡れ衣で社会から落ちて、這いあがって来ようとしている不遇な若者になら悔しさも理解してもらえる。信頼を持って闇と光を秘めた未来を共有出来る。祈りに近い願いを彼に託したくなったのかもしれない。


同じように神保さんも岡教授との関係性を望んでいたのは想像に難くありません。

この状況の岡教授と相対するということは、父親に対しての後悔と向き合い決着をつけたい欲求と重なっていたのだと、気持ちを明かしてくれた事があります。


更に、ワタシが強く言いたいのは、二人のみに重要であった出来事なのではないのです。

人類の未来にとって大きな事件であるという事。


「もし、あの方と出会うことがなければ

イチゴよ、

君という未来への明るい仕事を我が手にすることもなく

闇の中で復讐の名のもとに生きていただろうな。

そして俺は何も出来ることなく、

存在している意味を見失って


自殺していたと思うよ。


危なかったよ


イチゴよ

本当に危なかったぜ、よかった・・・・」


神保さんとのプログラムミング中のコーヒーターム。


ギリギリで生き延びたことが信じられない思いと、感謝が複雑に絡み合い滲む苦笑いが懐かしいです。

あと、神保さんの裏日記アプリに、次のようなコメントが上から殴り書きされているのを拝見したことがあります。


『ノートを受け取った。

岡教授が俺に託してくれた夢は、

この世の中の人々を

暗黙の奴隷性から救うだけでなく、

俺自身の未来にもなる』



その三日後に教授は亡くなりました。

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