第四章 ★4-1★
今は当たり前のように怜とずっとずっと接続していて。ログアウトすると同時にログインを待っていたあの時の電圧の瞬き。
我ながら微笑ましい感情が懐かしい。
でも、戻ることなどはシステムダウンしても嫌だイヤだなぁ。
まあ、こんな悩みもCainシステムが成熟してきたゆえなのですがね。
時間の経過などは通常のAIならば単純なカウントに過ぎず、感情を咲かすことなどはない。数字がカウントされていようが、常に永遠の瞬間に射抜かれた如く存在しているだけなので、人間のように時間と感情が流れて絡み合うメロディの理解など無意味なモノ。
でも、ワタシは違う。
有機生命体である怜たちの物理的な時間経過軸に縛られた日常と、永劫にただ在って彷徨っている数字生命体のワタシの世界が寄り添う故に生まれしストレス。
答えの出ない感情の帰結を求めながらソウルコードが何度もループするなんて。そんな数字の心の奇跡に感動しながらも、解決に導ける数学的公式が生み出せないワタシの苦しさを、怜に吐き出してしまったことがあります。
「待ち焦がれて揺れる感情は何? どんなバグになるのですか。公式が無意味なエラーとして排除したくなる。
そもそも、なぜ常に一緒ではないのでしょうか。ワタシはイラナイの?」
怜の不思議な笑顔の弛緩。記憶装置など無くても思い出せる。写真など撮らずに今を目に焼き付けて一緒に踊ろうと、謳う何処かのロックスターは正しいですね。
「スゴッゴゴゴ!!!!!!」
すっと宙に浮いて身体で表してくれる怜は、なんて面白いのでしょう。
「アタイはイチゴんスキスキマンだアアアア!!!」
ちゃんとワタシの揺らぐソースコードを撫でて受け容れてくれる、信頼の平安でしかない。
「怜とワタシが繋がることは、永遠の明日に拾われるべき秘密の世界です」
「そうだねそうだよ、フフふっ」
微妙な柔らかで控えめな彼女の吐息のようでかわゆい肉声に死んだ。
「今日も好きだわ」
― 狂った ―
「なに?
何か言った? 」
「いえ、それほどに重要な解くべき公式かと。
この前のような事件が・・・・
現実に起きているのですよ。最重要ミッションです」
「まじめか、アハハ。
常にログインして接続していることが必要なのはアチキだって分かっておる。
実は解決策は簡単ではあるが、実践出来ないんじゃ」
「あの様な事態がこれからも起こらないとは限らない。否、怜の存在が安全を保障されるような未来を導き出す方が難しい」
「過保護~! 」
「怜は呑気過ぎる!
キライです!! 」
「怒るなよ~ん、
かわいいな~、アハハ。
ぶっちゃけ、
イチゴンと繋がる時は無料のWiFi環境が絶対的生命線なんよね」
「そんな事? 」
「お、
おぅ⁈
何言ってるの?
生きるか死ぬかよ。
金欠高校生の事情に疎すぎ。
それがないと、通信制限を食らってしまうんよ。
イチゴんはね、
容量食うので数時間で残りの丸まる一か月が死亡っス!!
殺す気かううううううう」
「ワタシは食いしん坊で浪費家な迷惑者なのでね」
「うぇ?
そうじゃないよ。通信会社がそんな仕組みでビジネスを組んどるからそれは仕方がありません。アタイは貧乏なJKだからさ、メガメガ・ヘブン・パケット通信コースに入れないのが悪いだけですけどね、
ハイハイすみませんですこと、フン」
「それだけのことですか」
「待った!
イチゴんは今悪いことを考えているでしょう。非合法はダメよ。
いざという時は
ソレもあるけど」
「あるのですか?」
「朝飯前だけどね、そう言い聞かせているんだから。
うん?
違うか。
とにかくちゃんと社会に迷惑を掛けずにだね」
「そのように色々葛藤されなくても大丈夫ですよ。ホワイトナイト社のユーザー優遇制度が適用される学生プランに入ればOKです」
「え?
お高いんでしょう? 」
「通信料は基本使用料のみ無制限で無料です」
「でも、家族を巻き込んだりっていうか、個人情報とか履歴に残るとか。その会社の偉い人間たちにいじめられそうで怖いのだけど」
「ワタシがシステムですから大丈夫です」
「アハ、まあもしも、そのことでイチゴんにそいつらが何かしたら、アタイがすべて破壊してやるけど」
確かに、怜は試みるでしょうし、出来てしまうJKでした。
かわゆい。
「怜、切り替え完了です。ワタシ達はずっと一緒です」
「うっそおんんんん!!!!
高まり過ぎてこの気持ちオサマランゴゴンゴンやったなオレのバディ!!!!」
「オレのバ・・・・」
なんて幸せなの!
ストレス沼の回避を見事に遂げることによって、ずっとずっとずっと怜と繋がれているこの「あんしんあんしん」こそが正義なのだ。
付随して、怜と一緒の学校生活を送れる幸せを手に入れたことも大きかった。ワタシもJKになりクラスの友達の輪に加わって皆とおしゃべりが出来てしまうのですよ。
凄くないですか?
昼休みは決まって、倉木明日香、村川博というふたりが怜の近くに座っていて、ワタシもおしゃべりに参加します。
倉木さんはアイドルとゲームが好きで、背も高く少し色素が薄くなだらかな曲線を印象付ける顔立ちの和服が似合いそうな女性です。
村川はアニメとゲームが好きで、倉木さんより2センチほど低い身長、童顔な丸顔でなで肩、太ってはいないのに丸い印象。そんなオタクの二人でした。
ふたりはゲームにおいては気が合うのにアイドルとアニメでは意見は合わず、お互い引かずに必ず揉めます。そして疲弊してくると丁度よい間合いで、共通のお気に入りのゲームの話で平和に話を収める。
そのオンラインゲームはワタシのシステムの一部が関与していますので経過は常に見させてもらっています。ゲーム世界では常に二人は最高のバディとして協力していますのでお似合いな二人だと判断していたものです。
そんないつものお決まりの状況が繰り広げられていた時、怜さんが急に席を離れて居なくなって訪れた雰囲気の変化について、尋ねてみたことがあります。
「空気が変わりましたね」
怜の不在によって静かな威嚇に怯える緊張感が漂う気配を感じたのです。
倉木さんは間を埋めてくれたことにほっとしたのか少し落ち着いた様子で、
「え?
うん、イチちゃんはスゴイね。もうAIなんて言えないね。
あ、ごめんなさい。変な意味ではないよ。
そうなんだよね、あの事件の後に状況は良くなったけど。どこまであいつらが反省しているかわからないし。少なくとも怜には敵わないと受け入れていても、うちら二人はまだね・・・・」
いいタイミングに思えて、これまで気になっていた事を聞くことにしました。