嘘と本当
「大嘘つきの爺さんってさ、良く出てくるだろ?」
絵本の挿し絵を描いていた僕に、唐突に彼はそう言った。僕としては、曖昧に頷くしかなかった。急に現実に引き戻されて、頭が働いていなかったとも言える。
さっきまで猫と戯れていたのに、急に静かにしたらこれ。いつも急な男だ、彼は。
「やっぱりさぁ、お前もそういうのって分かるもんか?」
「そういうのって?」
「だからさ、こいつは嘘つきだっ!っていうのだよ。」
何がやっぱりなのだろうか。僕が絵本作家だから?けれど話は別の人が書いている。あの先生は、僕にはない文才って奴があるんだと思う。
僕は描いている。聞いた文章に、形とイメージを付けているに過ぎない。子供にはそれが大切なのだが。
「よっし、決まりだな!試そう!」
「唐突だね。」
やっと言えたその言葉は、今の言葉には随分と適切だろう。しかし、彼がそれで止まるなら、今この場でパソコンを取り出していない筈だ。現実は取り出している。
カタカタっと小気味の良い音が響き、1つのアプリが立ち上がった。その手際は、流石に経理の仕事の人だな、と思う。でも、経理って何をしているかまでは、想像出来なかったが。
「こいつだよ、こいつ。ダチがさ、このアプリの嘘を見破れってんだ。1つだけあるらしくてさ、これがまたバンバン的中!1つも嘘なし!」
「どんな質問があるの?」
「このPC全部の機能が使われてその場を把握すんだとさ、だから何言うかは良くわかんね。」
「そうなんだ...。」
立ち上がったアプリの、startを押すと音が流れて文字となる。『私は嘘つきである』、と。そして画面に次の文字が浮かんだ。
『ここは部屋である。』
「えっと、どうするの?」
「クリックする度に出てくるんだよ。んで、1つ嘘。そいつを見破れば勝ち!」
「その場で質問、変わるみたいだけど。」
「言ったろ?なんかセンサーでもあんじゃね?あとは、ほら。GPSとか、カメラとか?」
適当だ。本当に適当だ。足に頭を擦り付ける彼女の毛並みを堪能して、少し落ち着く。外は風が強そうだ、音が僅かに聞こえた。
そうこうしている間に、クリックをする。『ここは部屋である』の下に次の文字が出てくる。
『ここに男性三名がいる。』
「おっ?いや、こんな簡単に見つかるかぁ?」
「あぁ、それなら先生かも。玄関の右に部屋があったでしょ?あそこで執筆中の筈だよ。」
「ちくしょう、ダメだったか。」
むしろこの家に来るなんて、隣のマンションの彼と、先生と、母さん位だろう。あと、甥の拓也君かな。最近サッカーの試合で優勝したらしい。彼は心が強いから。
そんな僕の回想なんて、彼には全くの無関係らしい。カチリと音がして、次の文字が浮かんだ。
『明日、拓也が来る。』
「明日?」
「まじか...ここまでは珍しいな。」
「どうやって分かってるのかな?」
「すっかり信じてんな?これが嘘だったら教えてくれよ?」
「わかった。」
明日は電話。しっかりとメモをとっておく。そしてカチリ。マイペースだ。やはり文字が浮かぶ。
『次の絵は猫である。』
「えっ...。」
「おっ、外れたか?」
「いや、確かに次のページは猫が走るシーンだよ...。」
「なんだよ、期待させんなよな。」
それよりも、僕はこのアプリが怖くなってきた。なんで分かるんだろうか?
やはりカチリ。彼は考えたり、疑うって事をしないのかな?そして文字。
『三日前に見つかった死体は、名前を立花五月という。』
「これは?」
「ニュースになってたな。続報を待つしかねぇな。...嫌な事、思い出させんなぁ。」
珍しくしょげたと思えば、すぐにカチリ。そして文字。何をしに来たのだろうか、この男は。
もっぱら、息抜きにうちの猫と遊びに来たのかも知れない。彼女の愛らしさは、この家に来る人を皆都虜にする。
『現在の外の気温は十二度。』
「これ、何処かの回線をハッキング?してるのかな?」
「よし、計れ計れ。」
11,9℃。嘘とは言えない範囲だろう。だんだんと飽きてきた。とはいえ、自分から止めようとは中々言い出せない。
僕はカチリという音を聞きながら、早く嘘が出ないかな、もう出ていないかな、と考えた。
『二日前に大家に嘘をついて、家賃を滞納した。』
「げっ、バレてんのか?」
「君は...。」
「いや、給料日には払うって。マジマジ。」
さっさと消したかったのか、カチリという音も、若干乱暴に聞こえた。すぐに次の文字が浮かんだ。
『この中の一人、今日はコンビニ弁当を食べる。』
「んだそれ、嘘にできんじゃねぇか。」
「そうだね、これかな?」
「かもなぁ。まぁ最後に一回。」
既に暗唱できそうな、カチリという音。今さらだけど、このマウス、少し古いタイプかな?手作り感がいい。僕は好きだ。
『一人、鍵をかけず家を出た。』
「僕じゃ無いね。」
「たりめぇだな。...やっば、俺かも。最近コソドロ増えてるよな。」
「えっ?うん。忍び込むのが得意なのかもね。留守じゃなくても、盗られる位手際が良いって。」
「くそっ!1つたりとも、とられてたまるか!」
猛然と走り出した彼を追って、僕も家をでる。隣のマンションは、今日も静かだ。
「あっ、待ってよ。パソコン...行っちゃった。」
まぁすぐに返せるし、と僕は一人納得する。少し冷える風に、僕は身を震わせた。
ちなみにその後、いつの間にか出ていた先生が、コンビニ弁当を買ってきてた。僕と先生の夕食になった。僕は猫と戯れながら、先生の構想を聞いていた。
「で?拓坊は来たか?」
『うん、来たよ。後、コンビニ弁当も食べた。それと、パソコン持っていこうか?』
「全部当たりかぁ...PCは俺が行くよ。」
掛け金五万、パーらしい。永津にアプリの開発代金を、まるまるカモられた形かよ、ちくしょう。分かれば倍額はデカかったんだ...家賃どうしよ。
『その事なんだけど...もしかしてさ、嘘ついてたかもよ?』
「なにっ!?」
『だって、最初に嘘つきって。その後全部本当なら...』
「それだっ!!」
やりぃ!十万ゲットぉ!たった数分の問答で見破るたぁ、最初からアイツに任せりゃよかった!
ネタバレ
さて、全て本当でした。ならば最初から1つずつ見ていけば、すぐに違和感に気づけるはず。
だって、「ここは部屋」であり...それに、ゲーム中は外の音が聞こえる程静かだったのに、扉の開閉音なんてしてませんから。
ならばあの一文は...