或る物書きの話
「え? ああ、あいつか。あいつは変わったやつだった。
どんな美味い酒を用意しても、肴をつけてやっても、そんなものより、ノートとペンが好きなやつだった。
物書きだから、漫画や小説なんかが好きなんじゃないかって当たりをつけて、文豪ものや今流行りの本を買っていっても、そんなものより、ノートとペンをもらった方が喜ぶやつだった。
あいつの小説なんて、読んだことねえよ。全部未完で置いてっちまったんだ。読んだやつ曰く、あまり面白くねえって話だがな。がはは。
あんなに一所懸命書いといて、ちっとも面白くねえとはお笑い草だぜ。こうして酒の肴にできるくらいは下らねえ話だな。おう、お前も飲め飲め。
……あ? 不謹慎だって? 知るかよ。
もう世を儚んだやつにかける情なんてありゃせんよ。意気地のないやつだと俺は思っている。
大体な……文豪にしたって、芸術家にしたって、生きているうちに認められる方が少ないだろうが。最近の電子書籍やらライトノベルやらでばかばか売れてるやつは運がいいだけだ。時代が人を認めるツールを増やしたからこそ認められるやつが増えたってだけの話さ。
そんなお鉢が自分に回ってこないからって、早々に諦めちまうなんてもったいないお化けが出るぜ。かっかっ。
いいか? ある本にはこう書いてある。『小説家というのは人生の集大成になるものです』とさ。
……だからって、お前さんは物書きを諦められるのか? 夢を逃がして世界に絶望して全てを投げ出すか?
俺なら、そんなことはしないね。更には勝手に自分の人生を集大成にしちまうなんて以ての外だ。そう思わねえか?
……そうだな。人は希望を持てないやつに簡単にこういう。『夢を諦めるな』『君にはまだまだ時間がある』──そんなこと、勝手に決めつけられてもなあ。急に病気になったり、事故でころっといっちまうことだってある。俺たちに本当に『明日』があるかどうかなんて、どこにも保証はない。
だけどな、生き急ぐのとそれを履き違えちゃならねえ。そこで終わらせたら、それっぽっちの人生で、全部無駄になっちまうかもしれない。
その方が怖いとは思わねえか?
あ? 何を言ってるかよくわかんねえって? お前もそこそこにぽんこつだな。
さっき、文豪や芸術家は生きているうちに認められることは少ないっつったが……
──死んでも認められないことだって、あるんだぜ?
ほらほら、そんな青ざめた顔すんなって。なんだ、他の酒がよかったか? じゃあ、とっときのやつ持ってきてやるよ。あいつは酒の趣味がよくてなあ。だが、もう飲むやつがいねえんだから、代わりに飲んでやろうぜ。
それがあいつにしてやれる、せめてもの手向けだろう。
ほら、飲め飲め」
それから彼が持ってきた酒は、喉を焼くような強さを持ち、信じられないほどの苦味を帯びていたが。
それが心地よいと感じられる程度には、自分は大人だったらしい。