少女は初めて路上ライブをしてみる!!
なんと、私の卒業制作に、ゼミ内での優秀賞まで頂いてしまいました……!
本当にありがとうございます!
それでは、お話の方をどうぞ!!!
────1か月後。
未だ不慣れなこともあるものの、すっかり拠点となるアパートでの生活にも慣れてきたサグメは、今日も気持ちの良い朝を迎えていた。
そろそろ羽毛布団の感触に慣れてもよさそうなものだが、今も飽きずに虜となっているらしい。
「……今日の朝食当番はお前だぞ、サグメ」
少々ジト目気味なシキが、サグメの体にかかった掛布団を引きはがしにかかる。
「んー……もうちょっと……」
「今日からは、路上ライブの活動も始めるんだ。
電車移動もするから、早く起きないとスケジュールが後ろに押していく。
その分、夕食後のデザートの時間が……」
頭の痛くなるような、シキの説教が始まることを察知したサグメは仕方なく、起き上がることにした。
特に、一週間前あたりから設けられるようになった夕食後のデザートタイムは、すでに彼女にとって至福のひと時となっている。
それがなくなるのは、彼女にとって絶望するしかない状況であり、何としてもデザートタイムは確保したかったのである。
「……はぁ、まあ起きてくれたからいいか。
特に最近、勉強も頑張ってたからな……」
シキとしては、あまりデザートにはまってほしくもないのだが。
これからアイドルとして活動する以上、体型の維持は必須になっていく。
今までの生活ならば、不必要に太ることはなかったが、人間社会に溢れる栄養が豊富すぎる食事やカロリーの高いデザートに囲まれて長期間過ごさねばならない。
そのため、彼女の体型がこれからどう変化していくのかは、人間社会に慣れているシキでも非常に予想がし辛い。
彼の方でも栄養価のコントロールを行っていく所存ではあるが、それが精神的苦痛になっても本末転倒であるため、今のところはデザートというご褒美を許可しているのが現状だ。
そのため、早めにストレス発散になる別の趣味や楽しみを、彼女が自発的に見つけてほしい、と考えているシキであった。
「シキー、朝ごはんのスクランブルエッグって、どの油使うんだっけー?」
「今そっちに行くから待ってろ。
とりあえず、卵といておけ」
キッチンへ移動したシキは、サグメにスクランブルエッグをはじめとした朝食メニューの作り方を指導し始めたのであった。
******
「わぁ……」
二人は、少し都内を離れ、千葉県の柏駅へと来ていた。
路上ライブを行う際には、注意しなければならない点がある。
それは、無許可で行った場合は道路交通法違反となってしまうことだ。
歩道のような公道や公有地で行いたい場合には警察に、駅前のような私有地で行いたい場合にはその土地の地主に許可をもらわないといけない。
しかし、日本ではあまり路上ライブという行為が文化としては浸透しきっていない為、許可されない場合も多く、無許可で行っているケースが多いという実情があるらしい。
あまりにも悪質であったり、周囲からの苦情があれば、当然注意されたり、罰則や罰金を科されることもある。
鬼のイメージアップのために活動しようというのに、こうした決まりを守らないのはイメージを悪化させるだけであり、本末転倒である。
そういうわけで、申請してお金を支払えば路上ライブが行う許可を得られる柏駅に来たのだ。
シキも、都内を離れるのはあまり経験のないことだったため、途中途中で道や電車の乗り換えを調べながらの移動となった。
サグメはというと、初日以来、二回目の電車移動がかなり長時間となったのにもかかわらず、元気が有り余った様子で、ボックス席の窓から見える景色の変化を飽きずに眺めていた。
東京と茨城方面を結ぶこの快速電車は、途中、各駅停車では停まる駅をいくつも通過するため、駅間が比較的長い区間があり、茨城方面への交通を支える主要な路線となっている。
柏駅は比較的都心に近いとはいえ、やはり都心に比べるとビルは減り、住宅やそれらの大きさに等しい規模の建物が一気に増える。
縦に長い建物が多い東京とは違って、横に広がっている建物が気持ち増えるような印象を受ける。
そうした景色の変化を楽しんだサグメは、シキの後をついて駅に降り立ち、路上ライブを行う東口を出たところにあるダブルデッキに来た。
行きかう人の視線は相変わらずだが、少し離れた位置で路上ライブを行っている人がいるため、そちらへ気を引かれる人も多いらしく、それまでの駅や電車内よりは少し緩和されている。
柏駅のある千葉県柏市は、音楽が発達しているといえる。
市立の高校は吹奏楽コンクールの全日本大会常連であり、音楽での町おこしを実行する組織もある。
そうしたこの市町村では、柏駅の東口前にあるダブルデッキという場所を路上ライブ可能な場所と指定している。
利用するには、手続きによる登録と利用料を支払うことが必須であり、守らなければならない規則もある。
しかし、それさえ遵守すれば安全に且つ気軽に、そして堂々と路上ライブを行うことができるのである。
駆け出しのサグメが、ライブハウスで行う前段階としてライブを行うために利用するにはうってつけの場所だ。
早速、サグメとシキは、空いているスペースで使えそうな場所に、指定の範囲を出ないように気を付けつつ機材を設営する。
アンプのような大掛かりな機械は禁止されているため、今回使用するのはラジカセとスピーカー、マイクといった簡易的な機材のみ。
「シキー、この端子ってここに差し込めばいいの?」
「そうだ。
それが終わったら、こっちの端子をその隣に差し込んでくれ」
「わかったー」
シキの指示に従って、慣れない機材に少々苦戦しつつ、準備をするサグメ。
簡易的な機材だけであることが幸いし、数分で機材の設置を完了させた彼女は、次に名前やイラストが描かれたポスター風のA4サイズの紙を鞄から取り出し、乗せるための譜面台を組み立て始める。
よくある譜面台のため、シキに組み立て方を事前に指導されていた彼女にも簡単に組み立てられる。
ちなみに、ポスターはシキのお手製だ。
彼はパソコンだけでなく、デザイン系のソフトを扱う技量や絵心も持ち合わせていたらしい。
制作者である彼としては、まだ改良の余地があるし拙い出来だと感じているのだが、パソコンとかを扱えないサグメにとっては、とても素晴らしいものとして見えているらしい。
シキによって、初めてポスターがお披露目されたその場で、喜びのあまり彼へと抱き着いてしまったほどだ。
(その時、彼は密かに、ポスターをもっと改良して完成させ、彼女を喜ばせようと心に誓ったらしい。)
最後の仕上げとして、これまたシキのお手製の名刺をポスターの手前へと立てかけ、設営が完了した。
いよいよ、駆け出しの素人ではあるが、サグメのアイドルとしての初ライブである。
────ここから、彼女のアイドル生活が幕を上げるのだ。
普段は冷静な顔をしていて感情をあまり顔に出さないシキが、珍しく緊張した面持ちでスピーカーやマイクの電源へ指を添える。
サグメが立ち位置につき、シキの方へ視線を向けてコクリと頷いた。
カチッという音とともに、それぞれの機材へ電源が入る。
無事に点いたことを確認したシキは、すぐに三脚の上に設置したビデオカメラの方へ移動する。
シキがビデオを操作し始めたのを受けて、サグメはマイクを手に、口を開く。
スーッと息を吸い込んで、ひと吐きしてから目を開く。
「……ふぅ。
えーっと、人間の皆さん、初めましてっ!
あたし、天野サグメ、16歳。
今日が初めてのライブなので、緊張もしてるし、まだまだなところもあるけど、楽しんでいってくださいね!!」
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
次話は明後日の18時投稿予定です!!