少女が人間社会で食べるのは……!!/拠点についた二人!!
オムライス。
それは、とろとろ玉子で甘いチキンライスを包んだ、魔性の魅力を持つ料理。
多くの人は、その抗いがたい魔性の魅力に吸い寄せられ、そのとろとろの玉子のように心をとろけさせる。
目の前に出されたその料理を見て、サグメはこれ以上ないという程、瞳を輝かせていた。
幼い頃に、島にいる人間の職員から話を聞いてからというもの、ずっとこの目の前の料理に憧れていたのだ。
女もまた、多くの人間と同じようにこの料理の魅力に憑りつかれた一人なのである。
「ねぇねぇ、もう食べてもいいかな、いいかな?」
もう待ちきれない子どものように、早く食べたいと催促をする。
サグメの催促を受けて、仕方ないなと思いつつ、うなづいて許可を出す。
「わーいっ!いっただっきまーすっ!」
歓声を上げつつ、スプーンで一口分を掬い上げて口へ運ぶ。
「……っ!!」
次の瞬間、サグメは体中に電流が走ったような衝撃を受けた。
料理で、こんなに衝撃を受けたのは生まれて初めてだった。
仲間がお土産としてくれたり、鬼ヶ島の駐在している人間の職員からもらったお菓子など、目じゃなかった。
それほど、玉子の味も食感も。
チキンライスとのハーモニーも。
彼女にとっては、これまた生まれて初めて体験した、頬が落ちるという形容詞の相応しい感覚であり、それだけ、彼女が想像していた以上に美味しいと感じるものだった。
「……なにこれ、こんなに美味しいものがあったなんて……」
ポツリと呟いたその言葉を最後に、サグメは黙々と目の前の料理を食べ進めた。
正面からその様子を見守りつつ、自身も久々の人間社会の料理を口にしたシキは、表情にこそあまり出さなかったが、内心ではその味にとても感嘆していた。
交わされた言葉は少なく、とても静かだったが。
しかし、二人は十分に舌鼓を打ち、洋食屋を後にしたのであった。
******
再びアパートに戻ってきた二人は、ようやく拠点となる部屋へと足を踏み入れた。
「わぁ……」
感嘆の声を上げるサグメ。
鬼の里ではでこぼこな板材の床がほとんどだったが、今立っているのはそうではなかった。
つるつるだが、どこか暖かみのある木目調の床材に、白い壁紙。
部屋を落ち着いた雰囲気にまとめ上げているベージュ色のカーテン。
テーブルをはじめとした家財道具は木製の部分と機能性を重視した樹脂製の部分とが見事に調和したデザインをしており、システムキッチンを完備している。
彼女の身長程の大きさの窓は、人間社会の至る所で使用されている透明なガラスで、晴れた日にはよく日光を部屋の中へ取り込むことができそうだ。
駆け出しのアイドルが住むには少し充実しすぎのような気もする部屋だが、おそらくはこれが、長老がシキへ言った「鬼全体でのバックアップ」というものの一つなのだろう。
ご丁寧にサグメとシキそれぞれの部屋まで準備されているあたり、相当な力の入れようであることは間違いない。
サグメの部屋は、ピンクを基調としたカラーリングでまとめられており、薄めのピンクや濃いめのピンク、そしてオレンジで塗装された家具が設置されている。
カーテンや床においてあるクッションもピンクで統一されており、紫のラグが部屋が甘くなりすぎないように引き締めるアクセントとなっている。
可愛らしく、且つ甘くなりすぎない調和のとれた色合いは、おそらく普段からピンク系の服が多いサグメならばかなり気に入ること間違いないしである、とシキは思った。
シキ自身の部屋はというと、青や緑、紺をベースとした落ち着いた配色であり、彼の好みを良く把握しているサクヤ長老が手配したとあれば納得の仕上がりになっている。
また、彼がよく使うパソコンが使用しやすいパソコン用のデスクと電源も確保されており、Wi‐Fiのルーターも彼の部屋に設置されていた。
シキのこれからの行動をよく読み取った良い部屋の設備配置である、とさすがの彼もつい感心してしまった。
その他、トイレと浴室が別に設置されていたり、浴室暖房まで完備されていたり、鬼達の支援の本気度を覗わせる至れり尽くせりであった。
一通りの部屋を見終わった彼がリビングへ戻ると、窓のガラスの近くで何かをしているサグメがいた。
ガラスにもだいぶ慣れてきたようだが、それでもやはり、透明でつるっとしている質感には惹かれるものがあるらしい。
顔を近づけて、はぁっと息を吹きかけて曇らせては、指で上からなぞって意味のない模様を描いてみたりしている。
シキとしては、ガラスに指紋がついて汚れてしまい、掃除する手間が増えるためにあまりしてほしくない行動であり、頭を抱えたくなっていた。
「あんまりガラスを汚すなよ。
……汚した分、あとで掃除してもらうからな」
溜息とともに放たれたシキの言葉に、サグメは肩をビクッと震わせた。
どうやら、初日からは掃除をしたくないらしい。
「っ!
ひゅーひゅー……」
「へったくそな口笛で誤魔化しても無駄だからな」
お世辞にも上手とは言えない口笛に誤魔化されるほど、彼も甘くはない。
むしろ、長老から彼女のことを頼まれた以上、信頼してくれた長老のためにも、彼女に希望を託している全員の鬼のためにも、(正真正銘の鬼なのだが)心を鬼にしてしっかりと教育するつもりでいた。
「むぅぅ……わかったよ。
掃除すればいいんでしょ、掃除すれば……」
シキの顔をちらりと見たサグメは、その表情から誤魔化すのは無理だと判断し、観念したように声を上げた。
「そもそもなるべく汚さないように、大人らしい振る舞いをすれば済む話だろう」
「うっ……そうやって子ども扱いしてぇ……シキのいじわる」
至極真っ当なことを真面目くさって言う彼に、拗ねたような声音で不満を主張してみるサグメ。
その彼女の様子に、仕方ないなという表情で溜息を一つ吐く。
思い返せば、まだ彼女は人間社会に出てきた初日であり、これからしっかりと教育すればいい、と思い直すことにしたのだ。
瞬間、彼の頭の中では明日から始める彼女への指導の進め方について、頭の中でシミュレーションされ始めていた。
「はぁ……今日のところはまあいい。
明日からしばらくの指導で、そういう振る舞いを人間界の常識とともに身に着けてもらうからな」
「わかりましたよーっだ……」
今日のところは矛を収め、明日からビシバシしごくぞ宣言をしてキッチンの方へ移動するシキ。
とりあえず彼が話を終わらせるという意思表示をしてきたので、それ以上続けてもまたチクチクと刺さる小言を言われるだけなのはわかっていたし、彼が譲歩をしてくれたことにも気づいていたので、サグメも不承不承、話を終わらせることに賛成したのだった。
毎回お読みくださり、ありがとうございます。
次話は、26日の18時に公開予定です。
25日に卒業制作の最終審査がありますが、それを無事乗り越えてまたこちらでお会いできるよう、精一杯頑張りたいと思います。




