方針の変更と二人の休日っ!!
少し遅くなりましたが、本日分の更新です!
よろしくお願いします!
「ただいまー……。
シキぃ……つーかーれーたー……」
鍵を開けて扉を開く音とともに、ぐでーっという効果音の聞こえてきそうなほどダルそうな声音が聞こえてくる。
「お疲れ様。
疲れているところで悪いが、スマホを出してくれるか」
挨拶もそこそこに、シキはサグメからスマホを受け取ると、早速昼間に教えてもらった瑠衣の連絡先を追加していく。
「ほへ?何してるの?」
頭にはてなマークを浮かべている彼女に、連絡先追加の作業が終わったシキはスマホを返しながら口を開いた。
「昼間、お前にチラシを渡してきた瑠衣さんと会ってきた。
彼女はお前の指導役をしてくれるらしい。
少しだが、いろいろ話してみたが、あそこまで熱意を持っていて、鬼に寄り添ってくれそうな人間がいるとは想像しても見なかった。
予想外ではあるが、とても心強い協力者だ。
失礼のない範囲で、存分に教わったり相談に乗ってもらったりするといい」
「えっ、瑠衣さんに会ってきたの!?
いいなぁー、あたしも会いたかった……」
シキが瑠衣と会ってるとは露知らず、厳しすぎるトレーナーの言葉にも耐え、何とか本日分のトレーニングをこなしてきたサグメは、瑠衣と会ってきたというシキが羨ましかったようだ。
「今度、お礼と親交を深めるのを兼ねて三人で食事に行く予定だから、その時に思いっきり話せばいいだろう」
「本当っ!?
今からたのしみだなー!!」
瑠衣も含めた三人での食事会という予定を聞いたサグメは、一気に疲れを忘れたようで、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ああ、本当だ。
ところで、今日のトレーニングはどうだった?」
だが、今日のボイストレーニング教室のことに話題を向けられた途端に、疲れが一気に戻ってきたらしく、顔がどんよりと曇ってしまう。
「……うん。
なんか、機構の人が紹介したにしてはどうも鬼嫌いなトレーナーさんだったというか……」
「……ふむ」
「なんか、向いてない、とか角のせいで台無しだとか……」
サグメの口からは、明らかに差別としか言いようのない言葉を受けたという話が語られている。
鬼の生活を支援する機構が紹介するのは、極力そういった人物がいない施設や組織であり、全くいないわけではない。
しかし、それにしてもあからさますぎる差別的発言だ、と彼には感じられた。
「…………機構の手違いか……?
それにしても酷すぎるな。
本当は基礎をその教室で習ってから瑠衣さんに頼む予定だったが、変更しよう」
ほんの少しだけ思案したシキは、すぐさま方針変更を決めたらしい。
確かに、誰であってもそこまで嫌悪感という私情を交えて罵倒される人物に指導を受けたい、と思う者はいないであろう。
シキとしては、トレーニングも大事だが、それ以前にサグメの安全や健康の方が大事な物であり、精神的に傷つけてくる人物には預けられない。
素早い決断は、当然の帰結といえる結論に至っている。
「変更……?」
「すぐにでも、瑠衣さんにレッスンを一任しよう。
俺が手続きとかはしておくから、サグメ、お前はもうその教室には行かなくていい」
今日、瑠衣と会って話をしておいて良かった、とシキは思っていた。
まさか、こんなに早く彼女と連絡を取ることになるとは思ってもいなかったが。
彼女との伝手がなければ、ここまで素早く方針変更をすることもできなかったかもしれない。
早速、交換した連絡先を活用し、すぐに連絡を入れるシキ。
すぐに帰ってきた返事は、もちろんOKである。
瑠衣の仕事の都合上、数日間予定が空いてしまうらしいが、空いたら空いたで、やるべきことはたくさんあるし、それを考えるのはシキの仕事である。
一日でもここまで辟易としているサグメを、無理に同じボイストレーニング教室へ通わせ続ける、という選択肢はもはや彼の中にはなく、別の予定をすでに頭の中で組み立て始めていた。
******
今日も今日とて、サグメはアイドル活動を────
「へっくしょんっ!!!…………んにゃあ……」
────していなかったのであった。
盛大にくしゃみをしたサグメは今、シキと共に住んでいるアパートの一室にいた。
「そんな寒そうな格好してるからだろ、サグメ」
「なんでよぉ……あっ、ほら、きっと誰かに噂されてるんだよ!
んと、くしゃみ一回は噂してる誰かがいるってよく言うじゃん!」
呆れ顔をしたシキからされた指摘なんて何のその、である。
サグメはくしゃみ一つさえも、ポジティブに捉えているらしい。
そんな二人は今日、休みも兼ねつつ室内でできる作業をしている。
具体的に何をしているのか、といえば────、
「サグメ、加工を重ねるのはこれくらいがいいか?」
「んー、もうちょいかけてもいい気がする!」
今日は、今週行ったサグメの活動を動画としてまとめていたのである。
昨日のボイストレーニング教室事件のおかげで、予定が数日空いてしまったため、精神的に疲労が溜まってしまっただろうサグメに配慮したシキが、急遽、今日を休日としたのである。
といっても、外に出ることなく自然と二人ともそれぞれ作業をする形に落ち着いているのだが。
動画制作に関しては、シキが編集して加工までやっているのでサグメは確認をしているだけである。
彼は人間の作ったパソコンの扱いにも慣れているが、彼女は今もまだ機械関係は上手く扱えないのだ。
むしろ、不慣れすぎて触っただけで壊す説すらあるだろう。
「わかった、もう少し不透明度を上げてみよう。
……ところで、お前の方の作業はどうなってるんだ?」
サグメの意見を聞いたので再び作業に戻ろうとしたシキであったが、ふとサグメの手元に目が留まったので敢えて聞くことにしたらしい。
先程からシキが作業している傍らでサグメも何かしていたのは、彼にもわかっていたのだが、肝心の何をしているのかまではよく見ていなかったのである。
シキ自身、サグメが珍しくやけに静かだなと思っていたし、それほど彼女が熱中できる作業が何なのか気になったというのもあったようだ。
「ん?
今ねー、フリルつけてるのっ!!」
「……まあアイドル活動向けの衣装だから良いんだろうが……」
「見てみて、可愛いでしょ!
着物ドレスみたいな感じで!」
楽しそうに言うサグメと呆れ顔のシキ。
どうやら、サグメは自分の有する家庭的なスキルの中でも一番得意な裁縫を生かして、自分の新しい衣装を縫っていたらしい。
鬼達の間では普段着である着物を、少しばかり洋風に改造した感じの仕上がりになりそうだが。
元は洋服の着方さえわからなかったサグメも、人間社会に出てきて早1か月。
シキがアイドルの映像を見せたり洋服の雑誌を見せたりした結果、サグメの身なりはすっかり人間の年頃の少女と変わらない感じになっていた。
もちろん、今作っている衣装も鬼に馴染みある着物っぽさを残しつつ、現代の人間アイドルっぽさも取り入れており、サグメなりに衣装の研究はしているらしい。
ということも見て取れるため、今のサグメを強く指摘できないシキなのであった。
「ところでそんな所もフリル必要か……?」
「必要だよっ!
だってここにないと寂しいじゃん……」
「ところで、そのフリルとか布って、ちゃんと後で使う量も考えて裁断したりしたか?」
「んー、たぶん?」
「はぁ……まあいいや、あとで経費の計算して余裕そうなら買い足しとくか……」
こてん、と首を傾げ、「んむむむ……」と思い出そうとしている顔はとても可愛らしい。
シキからみても可愛いと思うほどには可愛い。
が、しかし、見かけや仕草で誤魔化されるほどシキは甘くない。
特に、そこまで裕福なわけでもない鬼の里で、貴重な資金を決死の思いで仕送りしてくれているサクヤ長老を始めとした鬼達の希望と、未来のための大命を背負っているのだ。
経費は無駄遣いできないし、失敗するわけにはいかない。
ここ1か月近く、サグメと一緒に人間社会で生活してみて、シキはため息の連続だった。
まだ、こうして休日は基本的に家でまったりしていることも多いので、そうした面での無駄遣いはあまりないのが救いなのだが。
良くも悪くも箱入り娘だった彼女は、金勘定も大雑把すぎたし、どうにも無駄の多い出費をしようとするのをよく見てきた。
ある程度はこういう傾向があるだろう事を予想していたが、シキの予想の最悪なパターンか、もしくはそれ以上の浪費をしている現状を見るに、今後もやはりシキ自身が手綱を握っていくしかなさそうだ。
人間社会での経験が全くない上に、基本が物々交換で成り立つ鬼の里での生活では、貨幣の価値や金銭感覚が身についてるわけもなかったからだ。
当然といえばそうだと頷くしかないのだが、シキにとってはとても頭の痛い問題となっているため、「なぜ、鬼の里にも貨幣制度を入れなかった……」と、長老たちへの恨めしさを内心、毒づいている日々である。
そんな先の思いやられる二人生活に、ついため息が出てしまうシキだった。
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