現実は甘くなかった……!!
もう2月ですね……。
段々と卒業制作展の本番が近づいてきます……。
それではお話の方をどうぞ!
「……ふぅ。
えーっと、人間の皆さん、初めましてっ!
あたし、天野サグメ、16歳。
今日が初めてのライブなので、緊張もしてるし、まだまだなところもあるけど、楽しんでいってくださいね!!」
声を出し、自己紹介をしたサグメの表情は、明るいものであり、緊張しているという言葉とは裏腹に希望に満ち溢れていた。
通り過ぎようとする人の中には、彼女の声に興味を引かれて、顔を向けて少し足を止めている人もいる。
しかし、彼女の頭部にある角が視界へと入った途端、すぐにその興味は負の感情へと転換されてしまう。
故に、厳しい視線のみが彼女へと向けられていて、アウェーであるという事実が叩きつけられる。
しかし、この程度の視線で心が折れることはない。
こうなることは予想していたし、覚悟の上。
サグメは、めげずに明るい口調でこれから歌う曲名を紹介する。
まだ彼女独自の曲は作れていないので、有名なアーティストの曲をカバーする程度のことしかできない。
何事も、まずは偉大なる先人達の作品を真似から始めるものであり、歌も踊りもそうした例に漏れない。
故に、サグメは堂々として歌い、踊る。
その歌も、踊りも、まだまだ拙さの多いに残るものであるが、彼女の楽しそうな表情と、明るい声音には確かにアイドルの卵として光るものを感じられる。
それでも、通りすがりの人々は、彼女が「鬼」だという時点でまともに聴こうとせず、足早に立ち去っていく。
「……やはり、そう上手くはいかない、か」
様子を見ていたシキは苦い表情で言葉を零す。
もちろん、彼もこうなることは予想していたし、そのために今こうしてビデオカメラで動画を撮影している。
ライブの様子を撮影し、動画として加工を行い、ネット上のSNSや動画投稿サイトへと投稿して宣伝をしようと考えているのだ。
最近は必須ツールになっているSNSや動画投稿サイトへ載せることで、少しでも注目されることが最初の一手である。
注目を集め、話題となり、まずは天野サグメというアイドルの存在を多くの人間に認知してもらう。
その後、どこかの事務所へ入り込み、人間のアイドルに交じって活動し、鬼に対する印象を少しずつ変えていく。
もちろん、彼女一人で完全に人間の鬼に対する意識を変える事は不可能かもしれないが、キッカケくらいは作り出せるだろう、とシキは踏んでいる。
とにもかくにも、まずは認知を広げ、地道に路上ライブやライブハウスでの活動をして足場作りをしっかりせねばならない。
どういう加工をしようか、ということを頭の中で思案しながら、サグメの映像を撮り続けるシキであった。
******
そのライブをやっているところを、たまたま見ていた三人の人間がいた。
一人は、高校生くらいの女子。
その視線に嫌悪感はなく、故にサグメの拙い歌と踊りに光るものを的確に感じ取っていた。
彼女は、近々行われる予定のとあるオーディションへ、彼女を誘うことに決めた。
二人目は、小学校高学年くらいの男の子。
その隣には、友人の小学校中学年くらいの女の子。
たまたま通りがかった二人は、サグメが頑張っているその姿に、好感を持った。
普段、男の子はいじめられていたが、その歌声を聞いていると不思議と勇気をもらえるような気がしたのだ。
女の子は、そんな男の子が少し顔を明るくしたのを見て、元気になる歌を届けてくれた鬼の少女へ感謝をした。
サグメがここでライブをしたことで、人間の意識が変わるきっかけのキッカケがこの場で生まれた。
この後のサグメとシキの活動を助けていく三人の人間として。
******
「全然、聴いてくれなかったなぁ……」
「仕方ねぇだろ、俺ら鬼は人間にとって大昔からの悪の象徴であり、差別対象なんだからな」
しょんぼりと呟くサグメに、渋い表情で返答するシキ。
ライブが一通り終わった後、二人は速やかに撤収作業をして拠点へと戻ってきていた。
そこそこな広さのある部屋では、早速シキがノートパソコンで作業をしていた。
今日は晩御飯を帰宅途中の駅にあったレストランで済ませてきたため、炊事当番がなくなったサグメは、手持ち無沙汰な状態らしく、退屈そうな顔で彼の正面に陣取り、作業する姿を見つめている。
「でもさぁ、シキ。
今の時代的には、差別はよくないって風潮なんでしょう?
それに、一部の鬼が悪さをしてたのだって、かなり大昔なんだし……」
まだ、たかが16歳である彼女にとって、もはや大昔の鬼と人間の確執なんて遠い時代の話であり、どうでも良いと感じているらしい。
被差別身分も、未だに身分解放を宣言されていないのは鬼だけであり、それ以外の被差別身分は明治時代にはすでに解放された。
昨今の時代的にも、差別を忌避する風潮が人間の中で高まっており、人間の中の差別を排そうという動きが大きな力を持っている。
しかし、そうした動きが高まる一方、過激化しすぎてしまい、今まで差別されていた側が今度は他の主義主張を事実上差別する事態も起こっているらしく、世の中はとても難しいものだ。
そうした話を、人間社会の常識を叩き込まれる中、シキから聞いたサグメは、変だなと感じていた。
差別は良くないと言いながら、自分達の考え以外を認めず他の考えを排斥しようとする過激派もおかしければ、そもそも人間は身分解放宣言をされているのに、未だに鬼は身分解放を許されず、公然と差別されているのもおかしい。
どこかモヤモヤとしている彼女に対し、シキはもう人間はそういう生き物なのだと割り切ることにしていた。
それは、彼が人間に対して希望を抱いていないということであり、逆にサグメは人間に対して希望を抱いていることの証左である。
両者の違いは、おそらく、幼い頃から人間社会に触れてきたかどうかによって引き起こされているのだろう。
「あのなぁ、サグメ。
いくら年月が経とうとも、大半の勧善懲悪ものの悪役が鬼にされてたら、消えるはずのものも消えないだろ?」
ため息交じりなシキの指摘通り、差別対象であり、伝承上の悪役として定着していた鬼は、勧善懲悪ものの話を作るのにはうってつけの存在だった。
話の受け手から、いかに憎悪を抱かれるよう描いてもどこからも文句を言われず、笑いをとるために貶めても何も抗議されない。
これほど扱いやすい存在がいれば、悪役の大半として鬼が起用されてしまうのも致し方ないのかもしれない。
そういう市井の状況を利用して、どの時代の中央権力も鬼を人間共通の敵や悪、差別していい存在として定義づけることで人間同士の争いを緩和しようとしていた。
自然、鬼が悪役の物語が多くなり、現代まで受け継がれている。
「てか、ご先祖様はちょっと角が生えてるくらいで、それ以外は人間と同じだったのに、角くらいで化け物扱いって悲しいなぁ……」
「そのちょっとが、人間にとってはちょっとじゃないんだろ」
一時期は、確かに力で人間をねじ伏せようとしたり、一部が人間への私怨によって凶行に及んだりもした。
その対応は決して褒められたものではないし、現代までこの差別問題がこじれる遠因にはなっている。
「少なくとも、人助けが人攫いに勘違いされる程度には、今も昔も変わらず怖く、そして嫌悪する対象として見えているんだろ」
「まあ、今の鬼は身体能力とかも高いから、確かに角だけの違いではないけどさ……」
「自分の能力より高いものを恐れるのは、人も鬼も同じだ。
……鬼は、人間の集団という力に怯えているんだからな」
少し暗くなりかけた雰囲気を霧散させるかのようにふぅっと息を吐いたシキは、ずっと見つめていたパソコンから目を離し、椅子の背に体を預けた。
ひとまず映像の簡単な加工を終え、彼は加工ソフトを閉じて画面上のメモを見る。
メモには、直近に行われるオーディションの情報や、動画投稿サイトでどういう傾向の曲が好かれているのか、というリサーチ結果が書かれている。
これらは全てシキが調べ上げたものである。
サグメを指導していた1か月間、指導だけでなく、人間に交じって聞き込みを行ったり、インターネットを通じて情報を集めてきたのだ。
結果的にわかったことは、今日のライブからも分かる通り、後ろ盾となる事務所やグループがなければアイドル活動はなかなかに難しい、ということだった。
どこかの有名な事務所やグループに所属したメジャーなアイドルではなく、サグメのように個人で活動していたりするアイドルは一般的に「地下アイドル」と言われるらしい。
大抵の地下アイドルの場合には、事務所がバックにいることが多いらしい。
もちろん、まだサグメにはバックについている事務所はない。
鬼である彼女を受け入れてくれる事務所が早々ないことは、素人であるサグメ本人でさえも承知している。
先程、サクヤ長老からの電話で、人間界での鬼の生活を支援する機構が伝手を使って事務所を紹介してくれるという話は聞いた。
だが、いくら機構に紹介してもらえるといっても、それに胡坐をかいて頼りきりになるわけにもいかない。
一応、自力でも探しておくべきだろう。
「ところで、お風呂掃除はしたのか?」
ふと気づいたような風を装って、シキはサグメに帰り道で指示しておいたことを確認してみる。
ずっとパソコンとにらめっこしていたせいで、彼女が退屈していたのは理解していたが、その前に彼女へはお風呂掃除という仕事を任せていたのである。
なるべく、手持ち無沙汰にならないように配慮はしていたのだった。
「お風呂掃除?」
こてん、と可愛らしく首を傾げたサグメに、一瞬流されそうになりかけるシキだが、鋼の精神で平静を保つ。
そんな仕草に惑わされる程、彼も甘くするつもりはない。
サクヤからサポートを任せてもらった以上、彼女へ甘くするのは信頼してくれている周囲の鬼への冒涜だ。
私生活においても、どこへ出しても恥ずかしくない自立した鬼へ、何が何でも育て上げるつもりで、彼女のサポートと指導をしていくのだ。
自分に言い聞かせたシキは、厳しい表情を作ってサグメを見つめる。
「むぅ……やらないとダメ?」
サグメ自身、決して生活スキルは低くない。
鬼の里ではもっと不便な設備で日々の炊事や家事全般を行う役割を振られていた。
人間の生活設備にもすっかり慣れており、お風呂掃除だって5分もあれば終わる。
だが、今日はライブで何だかんだ疲れてしまい、正直このまま寝たい気分だった。
体としては、鬼の名に恥じない丈夫さなので、まだまだピンピンしているが、精神的にはやはり疲れている。
むしろ、いくら元気や根性が取り柄の彼女であっても、人間が大好きな彼女であっても。
否。
人間が大好きな彼女だからこそ、というべきだろうか。
数多の人間から向けられる、嫌悪、憎悪、悪意、忌避感といった負の感情の視線に、少し参ってしまっていた。
人間を嫌な気持ちにさせたくてライブをしたわけではないし、鬼の自分達について少しでも知ってほしいだけ。
しかし、一方的に「鬼である」というだけで、あのような視線を多く向けられるという現状を叩きつけられたサグメは、とても悲しさや寂しさを感じ、また、本当に自分が「人間が持つ鬼のイメージを変える」という大役をこなせるのか不安になった。
先程までシキに少し後ろ向きな話題を振っていたのも、彼女としては珍しい、落ち込んだ状態によるものだろう。
彼もそれは察していたが、だからこそあえて普段通りの生活をさせよう、と考えたのだが、いくら甘やかすつもりはなく、彼女のためを思った指示だったとはいえ、さすがに初めての路上ライブが終わった直後に当番をさせるのは判断ミスだったと理解したらしい。
表情を少し和らげ、サグメの頭にポン、と手を乗せる。
柔らかい黒髪を通して彼女の体温が指先に伝わってくるのを感じながら、彼はその頭を優しく撫でる。
撫でられるとは思ってなかったらしいサグメは、少しの間固まっていたが、すぐにシキの手に安心感を感じたのか、肩を震わせて泣き始めた。
それは、悲しい涙だけではなく、悔しい涙でもあり。
そして、決意の涙でもあった。
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