(1) 死ぬ前にやりたいことリスト
もう19年も生きてきたわけだし、だいたいわかったよな。このまま生きてたところで、どうせいいことなんてないさ……。
僕は歩道橋の上から車のヘッドライトの行列を眺めながら呟いた。
植木で秋の虫が鳴いている。空には満月。涼しい夜の風が僕の前髪を揺らした。
ジーパンのポケットからスマホをとりだした。適当に操作していくとメモには死ぬ前にやりたい10のことというリストが残っていた。
こんなものいつ書いただんだっけな。覚えてない。ずいぶん前だ。たしか映画を見て、マネして書き出してみたんだ。
・彼女をつくる
これは、一番に浮かんだ。うん、まあ、そういうことだ。説明するまでもない。このメモをいつ書いたのか覚えてないが、いまだに叶っていない。
・沖縄に行く
・でっかいハンバーガーを喰う
・スカイダイビング
なんか、この辺は、あれだな。テレビかなんかで「おっ、いいな」って思ったやつだ。内容はもう忘れちまったけど。でも、スカイダイビングなんて本当に僕が書いたのか? ジェットコースターですら苦手なのに……。
・ちゃんと大学を卒業する
妙に現実的だな。いつしか大学も行かなくてなっちまったし、今さら行く気もないし、これも叶わない。
・親孝行
田舎から仕送りまでしてくれて申し訳ないと思って入れた。
・ヒーローになる
ああ、これは覚えてる。小さい頃、テレビの戦隊ヒーローに憧れていた。僕にも、そういうことを恥ずかしげもなく言えた可愛い子供時代もあったってことだ。
小学生のときに「将来の夢」という作文を書かされて「何もありません」って一行だけ書いてだしたら、職員室に呼び出された。
「人間は夢を持たないといけません。悲しい人生を送ることになりますよ? どんなに辛いことがあっても夢があれば頑張れるんです」
先生、それは逆ですよ?
今なら言える。
リストの最後にあった言葉。
・小説家になる
ヒーローになるのは冗談だから人前でも言える。でも、これだけは誰にも言えなかった。だから他人が見ないこのリストにも最後に書いていた。
夢は叶わない現実が見えてくると重荷になってくる。
だから、先生、逆ですよ。夢があるから人生つらくなるんです。
才能もないし、面白いことも言えない、特別な生い立ちでもない、僕なんかが小説家になりたいと思うことは、貧弱なチビがプロレスラーを目指すようなもの。怪我するだけだ。身体の怪我は治るけど、こころの傷は癒えない。
だから、僕はもうこの歩道橋から飛び下りて……。
「そこ、どいてもらえる?」
振り返るとブレザーの女の子が立っていた。髪はロングヘアーで化粧はしていない。高校生ぐらいなんてすっぴんが一番可愛い。目は切れ長で美人顔だ。こんな彼女でもいたら……なんて思ったのは一瞬だけ。
「どけって言ってんだよ! オラ!」
「え、え?」
彼女は僕を追い払うようにキック。ローファーの爪先が太腿にあたった。
「いたたたっ、なにすんだよ」
「あたしはね、今日、ここからって決めてたんだよ。お前がそこにいると飛べねえんだよ」
「飛ぶってこの歩道橋から?」
「そうだよ。冬雪が飛べないっていうから、あたしが飛んでやるんだ」
その女子高生は歩道橋に足を上げた。パンツは白、というのはともかく、
「あ、危ないよ!」
「あたし達は飛ぶんだ」
歩道橋の上から僕を見下ろして、彼女は微笑んだ。
と、背中から倒れる。僕は反射的に彼女の足に飛びついた。初めて触る女の子の脚、というのはともかく、重力に引っ張られて僕の体も浮いた。
「お、落ちてる!?」
僕は彼女に巻き込まれて歩道橋から落下した。
死ぬことは終わりだと思ってた。眠りに落ちるように静かに終わるのだと思っていた。
だけど、それはとんでもない勘違いだった……。