前編
美形な幼馴染みと平凡な異性の恋物語が結構ある。
中学生のわたしは何時もそうした物語を斜に構えて見てきた。
別段そうした物語に不満は無いが、自分で読むと白けてしまう。
なぜならわたしにも結構な美形の幼馴染みがいて、わたしの容姿が平凡だからである。
わたしは中肉中背で胸が少しは大きいぐらいが特徴と言えば特徴だが、それだって巨乳という程じゃない。
水着を見て「予想よりも大きい」と言われた事もあるが、まあその程度だ。
小学校から大過なく過ごしていた……が中学に上がる頃に少し変わった。
隣の家の同年の男の子が美男子の部類だったのだ。ただ顔が整っている程度ならともかく、小学の頃からテニススクールに通い、県ではそれなりに強かったのだ。
県でベスト8にギリギリ入れるぐらいな程度だと本人は言っていたが、ルックスの良さと社交性の高さもあって一躍人気者に躍り出た――だから彼にはコンプレックスを抱いた……訳でもない。
正直に言えば隣家の男の子なぞどうでも良かった。隣家の異性な幼馴染みなぞ、中学まで成長してしまえば他人である。
そう公言してきたし、偽りでも無いから後ろめたい事なぞ皆無だ。兄妹のように育ったなんて少女漫画もない。
母達は仲が良かったから、小さい頃は良く我が家に遊びに来ていたが、特にそれ以上でもない。幼い頃は姉と弟は適当に仲が良かったようだが。
彼はアウトドア派であり、わたしはインドア派だ。だのに成績は奴のが上……圧倒的に、である。だからそこで完全に縁が切れるとも思ったが、特にどうといった感慨はなかった。
特に幼馴染みと関係なく、わたしは中学にして大学まで行くのを諦めた。中の下だから頑張れば行けない事もないだろう。だがそれはキッチリ予習復習を重ねて、塾にも通ってのそれだった。今の倍は頑張らねば無理だろう。
仮に行けたとしてもレベルはお察しだし、そうして行った先でもそこまで好成績はとれまい。さらには教授だのと良好な関係も築けるかどうか。
ならば高校を出てから専門学校に行くか商業高校かを志望した。
そうした学校は、職業選択の範囲が狭まる。だから、わたしのような流されやすいタイプは、かえって絞れて楽とも思えた。
資格でもとって適当な会社に紛れ込み、手に職でもつければ御の字。そうじゃ無くても狭い選択肢の中でも自分によりよい環境を探そうと一生懸命だった。
我が家は正社員の共働きだから、困窮はしてなくて余裕のある方だ。けれど有り余っている訳では無論ない。大学にまで行っても就職をしくじればアウトだ。
3人姉弟の真ん中は割とぞんざいに扱われる事もあって、早く自立の道を探していた。
まだ中学入学の時、卒業していない姉の制服や鞄をお下がりされた。そうして姉は中三で新品の制服や鞄を買ってもらっていた。そのように2つ上の姉のお下がりを無理矢理にでも渡されれば、愛情を疑いもする。
とにかく母はわたしに新品を買うのを忌避していた。精々下着と色違いではある体操着くらいで、ほぼ全てがお下がりだった。
姉はわたしよりかは成績が良かったが、殊更良かったわけでもない。中の上程度だったろう。スポーツも特に出来るでもないし、当時は訳が分からなかった。
「……家庭科部って言っても御飯作って試食するだけってのは潤いが無いね」
部長がつまらなそうに言いだしたのは、中学三年の初夏の頃でもある。
私がその頃に所属していた家庭科部は、文字通り家庭科の延長線上の部だ。
掃除洗濯に簡単な被服……勿論料理も。だが女子だけ十数名の微妙な部だ。
我が校は文化系・体育会系何れも活動は盛んでは無い。だが全員参加が建前であり、一応は何処かしらの部活に参加せねばならない。
だが運動音痴で勉強も苦手な私は、なるべく役に立つ部活を探していた。
塾は週2の緩い部類だし習い事はしていない。共働きの母ではあるが、台所に子供が手を出す事を極端に嫌う人でもある。姉には教える事もあったが私には教えてくれなかった。
だが高校を卒業後は独立する腹づもりの私は、体裁だけでも出来るようになれば良いと選んだ。
大会だのが無いのも選んだ理由ではある。非常に内向けな部活だったのだ。
何でも数年前の今は転任した家庭科の先生が主体で立ち上げて、今だに維持しているそうな。その詳しい事情までは知らないが。
「……何よ潤いって。少女漫画よろしく作ったものを差し入れにでも行くの? 部長が付き合っている男の子がいたなんて知らなかったけれど」
副部長のわたしが一応は付き合いで言ってあげた。
特に意味のある会話なんかじゃ無い。肉じゃがとお赤飯と味噌汁という取り留めのないメニューを土曜の部活で作った――確かに潤いはない。
料理は週末、デザートは週一。家庭科の先生が顧問だけあって結構頻繁に活動していた。
「バレンタインの頃って切羽詰まってるでしょ? だから男の子に差し入れるデザートを作るわよ」
部長は面白い事が好きで結構イベントを仕掛けた。とはいえ十人程度の弱小部だ。
それが騒動になる事もあるまい。
「先生それで良いんですか?」
五十路の女の先生は苦笑しつつ聞いていた。
「実際に渡すのはともかく中坊が好みのデザートってのも有りか。分かったレシピは適当に作成しとこう」
ノリの良い先生だったのである。
部長の恋のアレコレなぞ別に興味がある訳でもないが忌避するほどでもない。
だから適当に聞き流していた。
チョコレートケーキを作ることに決まった時、少し驚いたがそのまま流した。
別に誰かにあげなければならないわけでもない。父は甘いものは苦手だし、姉や弟とは部活で作ったお菓子を差し入れるほど仲が良いわけでもない。
別に放課後に自分で食べてしまっても良かろう。
実際、地味な娘ばかりの目立たない部活である。
先生もややこしい手順の本格的なそれでなく、中学生でも作れる簡単レシピだった。
実際特に大した失敗もなく、中学生が作ったオヤツとしては上出来な物が出来た。
「なんだ、ああ言っておいて彼氏にあげたり告白するやつはいないのか」
些か意地の悪い笑みで先生は言ってくれたが、大半の娘は苦笑1つで聞き流していた。
「……告白に行ってくる」
黙って聞いていた部長がやおら立ち上がると、そこからはチョコケーキ片手に一直線に教室を出て行った。
呆然と彼女を見送ったが別段冷やかす気にもなれない。そうして我に返ると自分で作ったケーキを食べた。
「「……まあ人それぞれだ」」
先生とわたしがハモった事で皆が少し笑い、部員たちも紅茶を啜りケーキをぱくつきだした。先輩後輩を問わずに仲は良かったのである。後々までOB会をやるほどには。
部長は1時間ほど帰らず、真っ赤な顔で帰ってきたので少し冷やかすが、想い人に告白して受け容れてもらえたとかで皆で祝福した。
その帰り、珍しく幼馴染みの男の子に会った。
別段見かけるのは珍しくもない。だが帰りが一緒なのは珍しかった。
「……チョコケーキ作ったんだって。なんで俺に持ってきてくれなかったの?」
と言われて呆然としたが。
「……あんたがあたしの事好きって……ないわよね」
そう聞いた瞬間微妙な顔をされた。
「いやお前が俺の事を好きだ……ろ?」
なんだそりゃ。
「……いや別に。小さい頃だって、あんたは姉さんや弟とだけ遊んでいたし。あんたは外に行きたい派だけど、私は外いくの面倒だから滅多に遊んだ事無いでしょ。だから性格合わないと思う。そんなのがチョコケーキなんて渡しに行ったら面倒じゃない? ゴメンよ、そんな事でからかわれたりして苛められるのは」
虐めはともかく弄られるぐらいはするだろう。だがわたしだって痛くもない腹を探られるのは願い下げだ。
なまじ、こいつが人気あるのだから、何処をどう曲解されるか判ったもんじゃない。
「お前は俺に気があるのかと思っていた。いやそうじゃないならそれで良いんだが」
こいつがわたしに気があるとも思えないが、それなら余計にそんな勘違いをしたのかは謎である。
「……用は済んだの? ならあたしは文房具買わなきゃだからここで」
今一つ釈然としない男を置き去りにして。文房具店に向かった。買い物なんて別にないが、これ以上は面倒だから逃げたに他ならない。
だが正直わたしと幼馴染みな男の子の話はこれで終わった。
やはり彼がわたしに想いを寄せている等の話はなかった。仮にあっても、あそこで終わった話である。
だから私も忘れてしまった。
それが問題(?)になったのは一週間ばかり後である。
「……あんたって娘は何て情の無い……」
なんでか母から怒られていた。
要するに隣家の男の子にケーキをあげなかったことを母に詰られている。何でわたしが……以外思うところもない。
いやだって隣家の男の子にケーキをあげなかっただけで、なんでガチ説教されてんの? だ。
「……部活でチョコケーキ作って完成品の割り当ては自分の分だけ。部員の中で差し入れに行った娘が1人いたけれど、告白のセット付きだよ。だいたい自分の部活で作ったものを自分で食べて何が悪いの」
そう聞いたら頬をはたかれて「屁理屈を言うな。なんて言い訳ばかりの子なんだろう」と、玄関から放りだされた。
さすがにこれは訳が分からなかった。
幸い同じ町内にある祖母の家は、徒歩で行ける距離だ……お金も掛からない。
溜息一つ吐いて、祖母の家に向かった。
「なんだい、それは」
母方の祖母は困惑したような表情を隠せないでいた。
殊更わたしを可愛がってくれたわけでもないが、それでも姉弟や従兄弟たちと差別された事もない。母にされた事を告げると疑問を呈された。
「あたしだって訳が分からないよ」
母も父もわたしに関心は薄く、それ程お金を使いたくないのも見えている。
塾だのはだしてくれたが、習い事を積極的に進められた事はない。母が望んだそれに通い、年齢的に区切りが付いたから止めただけである。
制服等の件である程度の見切りを付けてはいたが、問答無用で放り出される何が、わたしに有ったのか。
好かれている実感はなかったが、さりとて一定以上嫌われている実感はもっとなかった。
取り敢えず土曜だけはあって、二日三日は祖父母の家で過ごすつもりが、日曜には着替えと勉強道具が次々と届いて、暫くの滞在が決まった。
そうして祖母の家から学校に通っていると、なんかもう面倒になって家に帰らなくなってしまった。
「なんで最近は家に帰らないの?」
人気のない廊下で幼馴染みの彼が尋ねてきた。
「よく分からないけれど追い出された……ってあんた、家の母に何か言ったの?」
母に追い出された理由なんて、それぐらいしか心当たりがなかった。一々部活の報告なんてしなかったし。
「いや俺んちの母親に、勘違いして恥ずかしいって言っただけ。実際何でかお前は俺の事……って思ってたから」
何でそう思っているのか謎だ。単なる隣家の住人同士なだけだろう。
嫌いではないが、恋愛的に好きな訳でもない。
「……そうしたら母さんも茶飲み話でそう言ったと……なんかマズかったか」
なんか不思議そうな顔で尋ねられるが、答えようもない。
「念のため聞いておくけど、あんたはあたしのこと好きとか本当にないよね」
念のためというかだ、自意識過剰みたいで気持ち悪いから避けていた話題だった。
「……うん、好きか嫌いかで言えば、そりゃ好きな方だけれど……その程度。でも姉でも妹でもないけれど、側に居る異性だからいなくなるのは、ちょっと寂しいかなっては思った」
家族の延長線上というか、ちょっとだけ特殊な立ち位置の友人程度か――いやそれは別にどうでも良いが。
「……いや多分あんたはこの件には関係ないよ。多分ね、ちょっと面倒な家族喧嘩なだけ。ゴメンね変に絡んじゃって」
そう言って祖母の家に帰った。
これでこの幼馴染みの男の子との縁は切れた……元からあったかは別として。
目立つ分学校では見かけるものの、特に側による事もなくて、彼の中学卒業後の進路は知らない。
そのまま実家とも疎遠となり、偶然にでも彼の消息を知る機会はなくなった――特にそれを気にした事もないけれど。