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進んでは立ち止まり、振り返って確認する。カモの親子の真似事を繰り返し、ようやく家に帰ることができた。
先ほど老婆に着いて行った女の子が出てきたと思うと、少女の長い袖を掴み、お風呂お風呂とまるでままごとをしているかのように楽しそうに少女を浴室に引っ張っていった。少女は体を強張らせ彼の目をじっと見つめた。何が起こるのか判らない、といった不安を含んだ眼差しを彼に向けた。
彼は笑ってみせると、少女の固まった肩は少し解れたように見えた。
女の子が少女を世話している間、彼は老婆に話をした。
彼女が木箱から出てきたこと、対話ができないこと、まるで生まれたての子供のような、そんな感覚を覚えたこと。
老婆は終始眉間に皺を寄せていた。
短く唸り、老婆は口を開いた。
開いて、何か発しようとしてやめた。
おばあちゃん、何か知ってるのと彼が問おうとした刹那、少女を風呂に入れていたはずの女の子が老婆の目の前に飛び出し、口をぱくぱくと開閉した。
老婆はゆっくりながら急いで浴室に向かった。
彼はそれを眺めることしかできなかった。
半時は経っただろうか、家の中にいる者が一つの部屋に集まった。
女の子の母親も手伝いに来ていたようで、彼は母親と目が合うと挨拶を交わした。
少女は老婆の横で気持ち良さそうに船を漕いでいる。
老婆は彼の目を見て口を開いた。
"人間じゃない"
彼はその言葉を一度飲み込み、噛み砕いて理解しようとしたが出来ずにただ首を傾げる事しかできなかった。
老婆はそっと横で寝ている少女の耳元の髪をかき上げた。
少女の耳はヒトのそれの形をしていなかった。
代わりに緑色の、少し下を向いた鋭角三角形がそこにあった。